「JI」90年4月号 「許し合うということ」 ラファエル様
三月号から同様のテーマで男女と夫婦間の愛情のあり方についてお話ししたいと思います。
これは天上界の人物ではなく、ある外国人が語っていたのをふと心に留めていたものです。
(千乃裕子様とは関わりのない人物です。)
彼は"愛は許しである"と言いました。
それは彼の人間としての、又、宗教上の経験から出た言葉でしたでしょうが、
深くは気に留めていなかったのです。
今になって思い返してみて聖書の教えとしての"互いに許し合いなさい"という言葉が
如何に対人関係を円滑に進め、愛に於ては不可欠の優しい感情であるかがよく判ります。
"許し合うこと"なしに人間間の軋轢はなくならず、
昨日は敵であっても、戦いが終れば友人として人間らしい感情の交流が出来る ー
そのような人間関係を求めるものでなければ、
人間は太古の原始生活から何等進歩してこなかったことになります。
"思い遣り"の次に"許し"がなければ男女間であれ、夫婦間であれ、友人、同志、
即ち正法者間のいざこざはなくならず、信頼も愛も生まれないでしょう。
マルクス・レーニンの社会主義の破綻も"許し"がない所から生じたのです。
"許し"がなければ、人間は殺し合うだけに終るというよい見本です。
動物でもやらない"憎しみの為の殺人"を限りなく続けるのが人間なのです。
高等な知能は犯罪の為にしか用いない人間 ー
それでは何の為に進化したのか全く判りません。
話は変わりますが、この度の衆議院選挙に於いて自民党が安定多数を得たのは、
本当に喜ばしい限りです。
やはり日本の国民は理解を正しくすれば、
現在の共産圏や社会主義国のように一旦政権を共産党や社会党に与えて、
国民の半数以上が虐殺されたり、国外へ亡命したり、
極貧と地獄の苦しみを経て、漸く目覚めるのではなく
"君子危うきに近寄らず"の自覚を持って人生を確実に歩んでいる人々が多いのを知りました。
既に敗戦が国内の共産勢力の陰謀であったことを知り、
二度とその轍を踏むまいと心に決していたのでしょう。
素晴らしい成果でした。
この日本人の叡智が何時までも存続することを天は願い、
又、その繁栄はそれなくしては齎されなかったことを感慨深く思い返しております。
(九十年三月十日 口述筆記 千乃裕子)