「JI」88年4月号 「偽我を温存、奨励する三次元の社会を正しく認識する為に」
         ラファエル様

 ガブリエル様に引き継いで、今月は私が八正道について少しお話したいと思います。
 集いの議題で取り上げられ討論されたことへの助言と回答として必要に思えたので。
 まず正見、正思については、性格的に偏見や独善で物事を処理する傾向のある人には
会得することが難しい
道であるかも判りませんね。
 人によっては自分が人にどう見えているか、印象を与えているかと考える方が、
人にどのようにして上げれば良いかと思いを巡らすよりも
重要である性格特性に育ってしまっている人も居り、
愛を与えるよりも、与えてほしい。
 尽くすよりも尽してほしい(その中に愛を感じたい)と
まだ偽我を持ったままの人も多いでしょう。

 特にこれが世間一般の通念として、求める人には与え、自己を顕示したり、
他人の目に確認を求める者にはそれを寛大に与えるのが
慈愛であるように、優しさであるように、"偽我"を温存、奨励する三次元の社会では、
正見、正思を会得しにくい
ことでしょう。

 正語についても同じことです。
 正見、正思を以て評価し、先に述べた良き方向に向ける為に正しく忠告し、助言し、
或いは批判して反省を促すこと、悪口とは違います。

 悪口とは相手を陥れる為の歪曲が多く、言われる人の評価が正しくなされず、
偏見を以て非難する。復讐的に讒言する。
 或いはどうでも良い事をあげつらい、特定の人物の評価を下げる為に虚言を用いて中傷する ー
これを悪口と言います。
 所謂左翼がマスコミなどを介し、良識的な政治家や政党を支持する人々、
国家や民族の側に立つ人々、正しい形での、教育や家庭を保とうとする人々を中傷する、
それを言うのです。

 厳しさと愛と、正しさと慈悲とは区別が付けにくいものです。
 定義付けするよりも、寧ろやはり健全な生活、精神のあり方と、
天と地との調和を求める方向に一人一人が努力し、
協力する事を善しとし、それから外れるものを是正する。
 努力も協力もせず、破壊と破滅を齎そうとする者、社会の秩序を乱し、
神の法(モーセ様の十戒)に背く者は厳しく対し、悔いて改めるなら許す。
 そのような心構えでいるならば、何を是とし、何を非とするかがよく見えて来ると思います。

 共産主義思想もこの点に於て、世界の秩序を喜ばずに、
民族と国家と家庭を否定し、国民と国を守る軍隊を否定し、
社会の体制を根本から忽
(ゆるがせ)にする不穏な主義である限り、
天は容認することはありません。
 色々と欺瞞に満ちた言葉と主張で人々を欺きますが、根本理念が変わらぬ限り、
共産主義は、神と対立する悪魔の甘言であり、思想でしかないのです。

 偽我が判らない人には悪魔の甘言は見抜けないことでもあるでしょう。
 まず偽我とは何かをしっかり理解し、自らの生活に改めていく必要があると思います。

 第二に、ミカエル様の現象テープで「霊について」という内容のものがあり、
霊は形として見えないとあり、姿を表す方法が説明していない、と言う人が居りましたが、
人間の目には見えないけれども、霊体写真に捉えることは出来ます。
 普通の写真では霊が望まぬ限り、空気のように透明で映像には出ない ー
ということはJI誌のどれかで説明してある筈ですがテープの中にも同様な表現がある筈です。
 又、姿を表す方法もJI誌で説明してあります。
 何かを媒体として映写スクリーンに映す方法や、
人間の網膜に働きかけて脳裏に映像を描かせる ー 夢に見るように ー 
そのどちらかであることはテープ中でも触れ、JI誌にも説明してある筈です。
 エネルギーの大小によって変化が色々表れることも少し違った表現で言及してあります。
 詰りJI誌他の研究不足だと思いますよ。

 科学的な法則から少しも外れるものではなく、
それを外れては奇蹟も現象も行えないことを改めてお知らせしておきましょう。
 四次元の現象は三次元の法則に沿ったものであり、同質、同一のものなのです。

 水滴に光を当てれば虹色になる。虹の現れる原理も同じです。
                 (八十八年三月一日 口述筆記 千乃裕子)

天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法