「JI」85年8月号 「虚栄の世界に生き、価値なきものを評価し、
         天の価値を理解し得ない社会へと人を導く左翼(悪霊)」 
ラファエル様
(「天上界メッセージ集・続(86年1月初版)」56頁掲載)

 先月に引き続いて、同じ内容で少し追加したいことが出来ました。
 先月お話ししたのは謙譲とはどういうことであるか、でした。
 あなた方読者はもとより、正法者の中にもまだ、それがどういう心の状態でり、
心構えであるか解らない人がいるのは歎かわしいと思います。

 しかしお教えしなければ解らないままに、
自他にあるがままの自分を認めさせて一生を過すならば、
死後に天狗界に追いやられるという破目になるのですよ。
 やはり素直に自分で自分を評価し、自己顕示や自己過信癖を改めて欲しいものだと思います。
 そういった人達は第三者の立場からは直ぐ判り、醜いものとの印象しか残しません。

 向上するということは、それとは全く別物で、真に学問や技術を師に就いて学び、
身に付けたければ、それを阻むものは何もありません。
 しかし、それを為したからと言って、優秀なレベルでそれらを自分のものとすることは、
本人の能力、才能、知能の如何によります。
 世で言う悪平等は学問や技術の世界にはありません。
 それぞれに持つ生来の能力を充分に伸ばす。それで満足するべきなのです。

 多才な人も世の中には居ります。しかしそうでないからと言って、
自分を隠し、人に偽って才子だと思わせる必要もないのです。
 必要以上に虚勢を張り、本人は隠している積りでも、目のある人はちゃんと見抜いています。
 自己を偽って、人に才子だと思わせることは醜い虚栄心なのです。

 丁度猪飼るい子(注。天に背反した者)氏がそのような性格でした。
 自分には如何に能力があるか、如何に優れているかを力説し、振舞ってみせましたが、
凡(およ)そ内容の貧弱なものしか作り出せませんでした。
 どのように甘やかされ、甘言の中に育ってきたかがはっきり判る人物でした。
 あれこそ虚栄心の権化とも言うべき性格なのです。
 饒舌と気の強さは他を圧するものでしたが。

 優秀な人間を嫉(ねた)み、足を引っ張ろうとする傾向、
逆に能力が足踏みする、或いは能力のない人間をスターダムに押し上げる
風潮が、
左翼や、左傾のマスコミによって、長年培われてきていますが、
最近の文学界、テレビ界、政界、果てはスポーツの分野まで蔓延っているのは情ない限りです。
 悪平等のパターンで、特定の選手のみ褒めちぎり、
他は優秀であれば、却ってあら捜しをする
ような評論家が最近、他を牛耳っているようですが、
不愉快な現象ですね。
 これは価値なき者に価値を与える愚か者の行為です。

 そういうことでは、何が真の智恵であり、どのような人が優れているのか、
賢者であるかを判断する基準が失われてしまうのです。
 そのような世界では天の真理や価値基準への正しい評価が失われ、

人々は最早、向上する能力も意欲も失ってしまうでしょう。
 優秀な者も愚かに成り果てます。

 彼等自身も価値基準を失ってしまうのです。

 それが左翼の目指すものであり、悪霊の喜ぶ社会なのですよ。
 天はそのような人々と関わりを持つ積りはありません。
 心して自己への"謙譲"という研磨を怠らぬようにして下さい。
 言葉だけでは駄目です。
 背反者もそうやって偽りの謙虚な言動から傲慢な背信へと一足飛びに変心したのです。
 天は偽りも愚かも必要とはしません。
 天への道は厳しい物であることを忘れないで下さい。
 私達は冷徹な目を以て常にあなた方を評価していることを ー 。
                  (八十五年七月二十九日 口述筆記 千乃裕子)

天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法