「JI」83年1月号 「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様
(「天上界メッセージ集(84年7月初版)」161頁掲載)
あなた方へのメッセージは常に何らかの教訓を含み、
私達の世界へ招じ入れる為の道を示すものであることは、既に解っておられると思います。
一人一人の心をより良く精錬し、この世の苦難をも味わって、磨かれた、強く、
且つ弾性に富む魂を自らの財産としてほしいと、何時も願っているからです。
又、そういった人を天のメンバーとして望んでいるのです。
一九八三年が明けて年頭のメッセージとして、今年は正法の為に一助となる、
役立つとはどのような態度を言うのかを改めて考えてみて頂きたいと思います。
よく、私は少しもお役に立っていない、
正法流布のお手伝いもしていないという手紙が千乃裕子の許に届きます。
そう言うならば、言うだけでなく、集いに或いは出版社に申し出て、どんな形でもよい、
手伝って頂く方が、言い訳やお詫びよりも嬉しいと昨年ガブリエルが申しましたが、
今日は逆の立場の人について評したく思います。
正法者と言っても千差万別、誰もが理想的なタイプではなく、それぞれに欠点、弱点があり、
偽我を持ち、且つその偽我にさえ気付いていない人が多いのは悲しいことです。
そして又、その偽我を指摘されても認めたがらない人が
積極的な人格に多いことも歎かわしい事実です。
積極的であることは、正法に役立つ面が大きいということでありながら、
往々にしてその人物が優秀で才能に溢れる人である場合、
正法を自己のみの活動及び発表の場としてしまい、
他の人の存在を認めさせない雰囲気にしているのです。
それがどの場合も十二分に正法にプラスとなる満足すべき働きであり、発表であれば良い。
しかし、他に私達が起用したい人物が居て、
その人の活動の方がより満足すべきものである場合、
積極的な人物の存在が却ってマイナスになるのです。
過去に背反のリーダーとなった人物は、やはりこのような優秀で才能に溢れ、
且つ積極的な人物であったことを思い出す時、
その欠陥とする所は、天が充分にその人を起用し、
その人のみを主として用いなかったことを不満とした故であるのでしょう。
しかし、各人が今後も心して頂きたいのは、
天も正法も一人一人のそれぞれの才能や器を公平に求めるのであって、
求められた人はその求められたものに最善を尽して天と正法に寄与して頂きたい。
反面求めないのに自分を押し付けるのは、
それを私達が受け入れなかった場合にどうしてもあなた方を傷付けずには居られないので、
私達を困った立場に追いやるのです。
あなた方の熱意は嬉しい。
しかし、私達は他の人の働きが正法に大変プラスになるのであれば、
その人も同じく用いたいのです。
厳しく戒めるならば、このような心情は自己顕示という偽我であって、
天が起用しないからといって不満を持つのは、充分に謙譲ではない、
研磨を怠る人物であるということです。
(八十三年一月一日 口述筆記 千乃裕子)