現象テープ№25 「天国語の語源について」
80年6月29日 ラファエル様現象(霊媒 土田展子)
(「慈悲と愛」80年9月号&「天上界メッセージ集(84年7月初版)」115頁掲載)
私はラファエルでございます。
今日は皆様、お招き下さって有難うございました。
今日は簡単な法話をする積りでやって参りましたが、
話題を変えて、天国語の語源を話したく思います。
天上界に帰って使われることがあるかも知れませんので、皆様もよく聞いておいて下さい。
天国の言葉では、その言葉の中に沢山の意味が含まれます。
しかし、その中でも一番大事な言葉は『愛』という言葉。
『愛』という言葉は、今の地球上の国々の中では、
たった一つの言葉で表されることが多いのですが、
私達の世界では様々な意味に於て『愛』という言葉を使い分けます。
例えばどういう場合でしょう。
「私はあなたを愛しています」そういう場合は、どういうのでしょうか。
「ル・セルメス・ディア」こう言います。とても美しい響きです。
私達の言葉の中に「エル」という言葉があります。
「エル」というのは御存知のように天使の中で使われる言葉です。
「エル」という意味は「エ」という音の中に『照らす者』という意味を含みます。
「ル」という言葉の中には、『正しき者』という意味を含むのです。
転じて「エル」という言葉によって、正義を照らす者、正義というものを表します。
ですから私達天使は、悪と闘う者、正義を守る者として、
「エル」という名前を付けられたのです。
私達が三億何千万年か前に、この地上に降り立った時には、みんなでこのような言葉を使い、
楽しく歌い、又笑って暮しておりました。
地球上には今後如何なることが起るのであろうか。
どんなにいい人間が芽生えてくるのであろうか。
その人間は如何なる性質を持つ者であろうか。
恐らく私達と同じように自由を愛し、平和を好む人類であることは分かっておりましたが。
しかし今の人類に要求されているのは何でしょう。
それは自分自身の知性に対して、抑制作用を持たなければならないということです。
知性は善の場合に於てのみ善行とされます。
悪の場合に使われたものは、無効としかならないのです。
平和の為の悪というのは一番恐ろしいのです。
しかし戦いの意味も、あなた方日本人の中に於ては、
争いはすべて悪というふうに片付けられておりますが、決してそうではありません。
悪に対して決して負けてはいけないのです。
善に勝つ悪など存在してはいけません。又、存在させるものであってはならないのです。
善は常に悪に勝たなければなりません。
いかな私達と雖(いえど)もそのことは要求されるのです。
私達天の者は何故勤めが厳しいか。
何故行いが正しくなければいけないか。
それは常に悪に対して強くなければならないからです。
機関誌にも書かれていました通り、
悪に敗けるということは、悪に敗ける条件反射の結果なのです。
絶えず悪に囲まれ悪に慣らされていたならば、その人は悪に染まってしまう。
如何に善の心を持とうとしてもそれは無理なのです。
常に善の方を向き、善の心を持っていなければなりません。
抽象的な言い方ですが、それは自分自身の悟りの中に於てしか分からないのです。
あなた方も死後は皆様が「エル」の付く名前の方になるようお願いしたいのです。
「エル」とは悪と戦う者、正義を守る者としての意味が含まれているのです。
決して姿、形が美しい、無感動にものを磨くような意味ではありません。
私達がそのように扱われるのを大変憤慨しているのです。
天上の者は姿は美しく、優しく、愛らしく、可愛らしく、
何も分からない童子の姿ではないのです。
『愛』という言葉も同じ。
『愛』という言葉も正義と同じ戦いを意味します。
すべての事に於て、愛も慈悲も自由も平和も正義も、戦って勝ち取らねばならないのです。
戦いの意味を正しく理解して下さい。
それはやたらにケンカというような低い次元ではないのです。
そして常に人を愛する心、自分より他の者の幸せを優先する心が大切です。
そういう時私達は、「ル・セルメス・ディア」という言葉を使います。
あなた方も覚えておいて下さい。
私達天国の言葉の中で一番美しい言葉、「セルメス」という言葉。
この「セルメス」という言葉は、ベー・エルデの星で宝石から由来したものです。
この宝石は大変美しく、例えて言うならば、地球の真珠のようなものに似ていますが、
七色の光を放ち、そして陽に当てることによって、それは赤にも紫にも変わります。
とても美しく、その宝石を手に入れるにはその人の心掛けが必要なのです。
それは探せば採れるというものではありません。
何処の中に埋もれているとも限らないのです。何処に在るかは誰にも分かりません。
ふとした時に見つかるものなのです。
或る人はそれを心の宝石だと申します。
私達ベー・エルデ星人の中には、その宝石を持っている人は少ないのです。
唯一人、その宝石を持っていられる方、それはエル・ランティ様です。
「セルメス」という宝石はとても美しく
私達天上の者でさえその光を眺めることは滅多にありません。
エル・ランティ様の頭上に輝く「セルメス」の輝き。
私達はそれを、栄光の輝きと呼びます。
ベー・エルデでは宝石は珍重されませんが、「セルメス」という宝石だけは、
皆さんに、ベー・エルデの人達に、大変憧れられている光です。
その宝石「セルメス」の宝石自体は、幸せを齎したり不幸を追い払う力は持ちません。
しかしその宝石は人の心を奮起させ、勇気を与えることが出来るのです。
あなた方の心の中に「セルメス」の宝石を持つようにして下さい。
そしてあなた方の心の中にきっと「セルメス」の光が見えることがあるでしょう。
とても美しく、それは天国の光に包まれるようです。
又、如来界にある、安らぎの泉の湖底に眠っている宝石もそれによく似ています。
それは多くは、如来界の人々が地上の真珠に似せて作られたものですが、
その宝石も又、「セルメス」の宝石に似ているからです。
又、その輝きを譬えるならば、生きている動物の純真な心のように、大変美しい光を放ちます。
動物が嫌いな人、動物を憎む人には分からないでしょうが、
その心を映す動物の目はどんな美しい輝きを放つことでしょう。
又、心の美しい人間の目を見る時、
私達はどんなに美しい宝石を見たような思いにとらわれることでしょうか。
人間は誰でも、顔に二つの宝石を持っているのです。
真心や誠意や人間愛を惜しまず他に与える心の美しい人はその光が輝きます。
あなた方の宝石も、金色に、ある時は淡い真珠のような色に輝く事を、
私達は願って止まないのです。
何時迄も覚えておいて下さい、「セルメス」の輝きという言葉を。
あなた方も何時かきっと見る日があるでしょう。
それではこれで、私の現象を終ります。
(八十年六月二十九日 郡山市の集いにて)