第三部 「天の奇蹟(天上界への質問と解答)」
「天の奇蹟・下巻(87年7月初版)」 第七章 黙示の時
章末・天上界への質問と解答
質問者:著者 岩間文彌先生 解答者:ガブリエル様
問一 聖書中の「ダニエル書」及び「ヨハネの黙示録」は、黙示文学のジャンルに属し、
預言者の書である「エゼキエル書」を含め、
聖書の中でも最も難解且つ不可解な文書であると言われてきました。
それ故クリスチャンの中にもこれらを高く評価しない者がいると共に、
精神分析家が精神分析の対象とするかと思うと、新興宗教集団、UFO研究家などの中には、
書かれている事柄が現代或いは未来を予言したものであるとし、
自分達の団体や研究対象に当てはめて解釈する者がいる始末です。
しかしこれらの黙示文書が書かれた時代状況を冷静に調べると、
これらの文書は、著者達が属する民族や集団が、外圧による迫害の下に晒された時に、
密かに同胞を励ます目的で書かれたものであること、その為の偽名と象徴的手法によって書かれた
一種の「暗号・機密文書」の機能を持っていたことが明らかになりました。
これで宜しいでしょうか。加えるご意見はございますか。
問一解答 その通りです。
常にサタン・ダビデとその輩下に操られる弾圧者、圧制者の迫害を避ける為には、
信仰深き者の霊能を通じて、天の者達はどのようにしてでも
黙示形式の伝達と伝承が必要であったのです。
それは本書掲載の西澤徹彦様の解読された日本の古代文書や古謡
(主にエル・ランティ = ヤハウェ様のなされたお仕事)にもある通りです。
誰かが解読する迄は伝達、伝承した者にも判らぬように暗号化しました。
それによって、悪意ある者により歴史が書き換えられようとも、天の真理と真実は残り、
人類は究極のものとして何を求め、得るべきかを如何に時代が変ろうとも覚り得る為です。
幻や表象の形を取る黙示や預言は天が与え、或いは書き手の脳裏に働き掛けて、
必要な場合には、大天使が霊能を持つ著者や預言者に直接解明したり、解読させました。
問二 以上の観点からすると、
「エゼキエル書」は、バビロンの捕囚というユダヤ民族の苦難の時に、
民を励ます目的で書かれたものであり、異民族による監視下で、
言いにくいことを象徴によって表す手法を初めて使用した文書であることが明白です。
例えば、「四つの顔を持つ」生きものの「幻」で、四つの顔である
"人""獅子""牛""鷲"が、それぞれの界の王の位置を占める所から、
すべての王なる神ヤーウェの働きを指し、
如何なる時にもイスラエルの神は圧倒的に顕現する全能者であることを示して、
イスラエル(ユダヤ)人に、励ましを与えたものである、と言えます。
有名な「枯れた骨が甦る幻」も同様の意味を持ちます。
以上のような観点から見ると、一見金属製の飛行物体 = UFOの如く見える「幻」も、
実際にはUFOでなかったと言えるし、精神異常現象でもない。
但しエゼキエル書の翼ある「生あるもの」、即ちケルビムは「智天使」とされ、
エデンの園(天上界)を護るもの(創世記 三の二四)であり、出エジプトの際に
至聖所の契約の箱の上に並んで翼を広げて配置されたものであり
(出エジプト記 二五の一八~二二)、
ソロモン王が神殿の契約の箱や内壁また幕に配置したもので(列王記上 六の二三~三五等)、
本来は天なる玉座の下にあって
ヤーウェ神の意志を代行する大天使又は天使を象徴するものではないでしょうか。
実際は、エゼキエルはやはり大天使及びその働きを霊視した。
そしてイスラエル(ユダヤ)の民を励ますべく使命を受けた。
そこで異国での監視の厳しい中で「幻」を見た、という形での機密文書を書いた、
としましたが、これで宜しいでしょうか。
尚預言者イザヤが「敷居の基が震(ふる)い動き、神殿の中に煙が満ちた」(イザヤ書 六の四)
状態の中で見た「セラピム(熾天使)」も又、大天使を示すものでしょうか。
エゼキエル及びイザヤの召命体験について、何か証言がございますか。
ダビッドソンの「天使の辞典」によると、「熾天使( serabh の複数)は、
偽ディオニソスの天使階級及びユダヤ教伝説中の天使の最高位で、神の栄光の玉座を取り囲み、
"聖なるかな、聖なるかな"と唱詠する者達で、愛の天使、光の天使である」とされています。
又セラフィエル( Serap hiel )は熾天使の長であるとされています。
とするとセラフィムは(元)七大天使、セラフィエルはミカエル(元)大天使長を
意味するのでしょうか。
それならエゼキエルの場合の「ケルビム(智天使)」は天使階級でしょうか。
それとも同じ大天使階級の別な表現でしょうか。
問二解答 セラピムやケルビムは、天上界高次元の下位にある大天使及び天使界とされ、
ケルビムが子供の天使とされている所もありますが、ケルビムは子供の天使ではなく、
単に天使界の名称です。
預言者イザヤが見たセラピムは元七大天使以外の大天使 ー メタトロンです。
又エゼキエルやイザヤの召命は貴方が推察された通りです。
天使界については、GLAで発表し、こちらの正法グループでも発表したように、
七人或いは八人の大天使に大天使長一名を含み、
その下の天使界は一人リーダーが居るといった形です。
曾ては、天使がかなり多く居り、大天使も大天使長も数組居りました。
従って大天使長も天使界のリーダーも数名は居り、
セラフィエルがミカエル様のみということはなかったのです。
問三 大天使・天使クラスが翼を付けているのは、機能上必要だからというのではなく、
只天を自由に翔(かけ)る表現を持たせ、
人々にその働きを認識させる為に付けているに過ぎない、と認識しております。
それから大天使方が翼を付けて顕れるようになったのは、
エジプト人やアッシリア人が想像した「有翼獣」→ ペルシア帝国・ゾロアスター教の大天使の言及
→ 有翼人の浮彫(パサルガダエ宮殿のものなど)等によって、
人々の中に飛天の神、又は人への認識が生じたのに合わせてそうさせたのであると考えられます。
以上の推測は正しいですか。何か他にコメントがありますか。
問三解答 貴方の推測が正しいです。特に美しく雄大な鳥の羽を模して、
人々の飛天の神への憧れの念を生じさせる目的で付けられました。
問四 「ダニエル書」についてお伺いします。
この書もやはり、偽典「エノク書」と共に、ユダヤ民族の危機の時、即ちギリシャ化を強行し、
忠実なユダヤ教徒に迫害を加えたセレウコス王朝アンティオコス四世エピファネスの時代に、
敬虔なユダヤ教徒に希望と励ましを与える為に書かれた「機密文書」=「檄文」であった、
としましたが、これで宜しいでしょうか。
問四解答 その通りです。総ての黙示は天から与えられ、
エル・ランティ = ヤーウェ = エホバ様からのものもあれば、
サタン・ダビデのものもありました。
残念ながらイエス様とその聖なる死に関しては預言、黙示共に主としてダビデが行い、
ダビデ自身が解読しました。
エホバ様のものは、必要に応じて大天使が解き明かしたのです。
問五 一方、ダニエル書の著者に擬せられ、
エゼキエル書にノア及びヨブと共に義人・賢人の代表として挙げられ、
偽典「ヨベル書」に、アダムから数えて六代目の、義人エノクの義父とされ、
ウガリット文書「アカト叙事詩」中で徳高き人物として描かれている
「ダニエル」又は「ダネル」は、
ダニエル書成立の遥か昔に実際のメソポタミア地方に実在した人物ではなかったか、
を知りたく思います。
「天国の扉」や「天国の証」の中で紹介されている元天使で、現大天使の一人である方、
ダニエル大天使との関係も合わせてお知らせ下さい。
この方が合体又は守護された方が義人ダニエル、又はダニエル書の著者
(ハシディームの先鞭を付けた人物)であったのでしょうか。
或いは義人ダニエルが天上界に上がって、天使の一人となったのでしょうか。
問五解答 ダニエルはB.C.二三六〇年の頃のラガシュ王、ウルカギナ
(注。ダニエル書に記された人物)がダビデ王と同じく言い伝えの中で理想化され、
義人・賢人として讃えられた人物なので、
ウガリット文書に"神は裁く"ダニ・エルとして描かれ、
聖書に採り上げられた「デニエル書」としても歴史に残されたのです。
ウルカギナは正義の人として国民に愛された王で、ウルカギナの改革で有名な人物です。
ダニエル大天使は、ダニエル書が書かれる機縁となり、
ハシディームの後裔エッセネ派教徒に「義の教師」の範と崇められた、
大祭司オニアス三世(※)が天上界に上がり、天使の一人となられた後、
大天使に昇格されたのです。ウルカギナ王が合体された訳ではありません。
(※注。
ダニエル大天使となられたオニアス三世(ラファエル様本体)は、
エッセネ派から範として崇められ、
「ダニエル書」と「エノク第一の書」が書かれる機縁となった。
著者は「有徳のオニアス(名前はエル・ランティ様が秘密になさいました)」
と呼ばれるほど信望の厚かったエッセネ派の指導格の一人とされる。)
問六 エノク書で、その著者名に擬せられた、アダムから数えて七番目の義人エノクについては、
「エルバーラム」の中で、約五千三百年前の人と知らされておりますが、
この人物は丁度その頃のメソポタミア南部に栄えた都市国家であり、
技術の大革新がなされたウルク(聖書ではエレク)の指導者(王)であった方なのでしょうか。
エノクの天上界での位置、合体された方、そしてエノク書の著者との関係に付き、
ダニエルと同様にお知らせ下さい。
又、ダニエル書にもある「日の老いたる者」とは、
ヤーウェなるエル・ランティ様を指したのですか。
問六解答 その通りです。
エノクは第七番目の王、エンメドウランキ王のことです。
但しエノクという名前の業績は、その著者が遠くメソポタミア地方に、
紀元前三千三百年前に興った、ウルク期の文明と重ねて、
ウルク即ちエレクという都市名を「エノク」として第七代(完全数として必要不可欠の数)
の王名の代わりに当てたのです。
事実をありのまま伝えるのではなく、個人の名声と力を誇張し、
偉業を讃える古代の人々の習慣に従い、その名も神の栄光を表すものに変えて書き録したのです。
善なる王は死後総て如来界に上り、高位の霊となりました。
天使、大天使は特に天の心に叶う義なる人、信仰篤き祭司や修道僧、聖人がその名を与えられ、
使命を与えられました。
尚、エンメドウランキ王は、エル・ルネラエル・カンタルーネ様が合体され、
ダニエル即ちウルカギナ王は、エル・ビルナビル・カンタルーネ様の本体でした。
「天国の扉」や「天国の証」の合体表は、私達の小さな弟子、
土田展子さん等の高校生達が求めた合体霊と合体者名のみで、
すべてを列記したものではありません。
「エノク書」は、エル・ランティ様の指導の下に(或いは他の高次元の方か)、
追放され暗殺されたオニアス三世の死を悼み、"義の教師"と呼ばれる人物を中心に、
ハシディームの弟子達が追記、編纂して実現したものです。
「第一エノク書」はオニアス三世の資料を草案として、後の四書を弟子達が書き加え、
「ダニエル書」も同様にして完成されました。
問七 ところでダニエル書、エノク書を始めとする聖書の黙示文学書に
(元)大天使名が記されているのは意味のあることで、民族の存亡のかかった危機の時代にこそ、
天上界高次元の方々の導きと救援が顕著であったことの証拠と理解しました。
外典の「第二マカベア」にも、エピファネスの迫害時とマッタテアの息子達による聖戦時に、
屡々天の援軍があったと記されています。
天上界はこの時期にダニエル書、エノク書等の著者に霊感を与え、名を明かし、
老マッタテアに立つべく勇気を与え、
ユダ・マカベア、大祭司オニアス三世、義の教師等に顕現し、
律法学者のエレアザル等の殉教者に死を超えて生きる力を与えたのでしょうか。
この当時のユダヤの歴史と天上界との関係及び、
これらハシディームの人々との関係についてお教え下さい。
又ダニエル書中のミカエル様とガブリエル様の予言は、
直接にはユダヤ民族に対する近い将来のことであったと思いますが、そうでしょうか。
問七解答 イエス様の誕生に備えて、人々を神の国の使徒となるべく
心の備えをなさしめたことは元より、エル・ランティ(ヤーウェ = エホバ)様の御意思を汲み、
何よりも神の選民であるユダヤの民の存在を危うくし、神の聖なる城であるエルサレムの町を、
ローマの堕落した文化と虐殺によって帝国支配を強いた時代に、ローマに忠実で、
より残虐な血の粛清による支配を徹したユダヤ王ヘロデの足元に踏み躙らせるに忍びず
(総てはサタン・ダビデの陰謀によるものであるだけに尚更)、
多くの信仰篤き人を通じ預言と警告を発し、勇気ある者を奮い立たせて、
神の祝福された平和で自由なユダヤの国を取り戻すべく、努力に努力を重ねました。
が、サタン・ダビデの悪の扇動は、
虐殺と焼き討ちで人の住まぬ荒野と化した町を"平和"とした
ローマの非道な支配の形で熾烈を極め、遂に紀元66年には反ローマの大反乱が起き、
全ユダヤ対ローマ軍のユダヤ戦争に発展しました。
しかしそれも77年、エルサレム攻城戦で最後の一兵まで滅され、
六十年後の第二ユダヤ戦争も135年に全滅の後終結して、
ユダヤの民は再び離散、流浪の民となったのです。
ハスモン家の祭司、老マッタテアと息子達
(最初のユダヤの対シリア独立運動 = マカベア戦争)、
勝利を得てハスモン王家となったが、後に専制王の代となり、
それに抗し、批判の声を大にした故に処刑されたハシディームの人々、
及び第一、第二ユダヤ戦争に参加したエッセネ派の人々は、
サタン・ダビデの暗躍による侵略者や自国の専横非道な支配層への隷従と屈辱を拒否し、
自由と独立と民族の存亡を掛けた時代に生きた殉教者達であり、
神と民に生命を捧げた正義の戦士であったのです。
ダニエル書、エノク書など、黙示文書を通じてのミカエル様他、
大天使の予言は真にユダヤ民族への警告と励ましでありました。
今まさにユダヤの後裔としての日本の民に、
私達が総力を挙げて世界の終りを警告していると同様に ー 。
問八 クムランの宗団又はエッセネ派についてお尋ねします。
近年発掘された死海のほとり、クムランの洞穴に集った清教徒的な人々は、
多くの学者により、実は文献で知られていたハシディームの後裔エッセネ派の
中心的な存在であったと検証されております。
この宗団が又、独自の黙示文学書「光の子らと闇の子らの戦いの書」等を持ち、
「エノク書」をも大切にしていたのであり、「戦いの書」にも「エノク書」同様、
大天使達の名が録されてありました。
天上界はこれら、何等かの事情があって中央政界・宗教界から身を引き、
ひたすらメシアの出現を待望し、ザドク系の祭司に率いられていた共同体の人々に関与され、
ご自分達の名を明かされ、延いてはメシヤなるイエス様ご出現の準備とされていたのでしょうか。
この宗団の創始者と考えられ、第二イザヤの「苦難のしもべ」を思い出させる
「義の教師」とは一体、如何なる人物であったのでしょうか。
筆者が推定したような人物なのでしょうか。
問八解答 その通りです。しかし「義の教師」は、
シリアのセレウコス王朝の中で最も極端にユダヤ人のギリシャ化を強制し、
抵抗する者を迫害、殺害した、アンティオコス四世エピファネスの時代に、
ユダヤの政治的、宗教的自由の為に起こされたハスモン家老マッタテアのマカベア戦争を支援し、
天の意を伝え、ハスモン家を励ました、オニアス三世を範とし、
その義の王道を踏襲した「有徳のオニアス」(紀元前一世紀)で、
どうやら「ダニエル書」と「エノク第一の書」の著者らしく、
エッセネ派教徒の指導格の人物です。
それはサタン・ダビデに知られぬよう秘かにエル・ランティ様のなされたお仕事で、
私達にも両書を完成した弟子名が誰かは知らされておりません。
繰り返して申しますが、天使や大天使は高位の方々の指示や命令に従って活動し、
最善を尽くすのが常でしたから
(しかし現在でも、サタン勢とのハルマゲドンの後も
共産党系の悪霊に、大天使や天使他善霊がかなり殺され、決して楽観出来ない事態なのです ー )、
もし、色々な史実にない人々の姓名を特定する霊が現れたら、
それは総て悪霊であるとお考え下さい。
ケーシー・リーディングの特定も偽のものです。
未だにカリフォルニアなどで七大天使と偽り、
霊能者のグループを作っている米人女性も居ります。
"最後にして最新の天の仲介者"と千乃裕子様を挙げた
私達の真意が判らない悪霊が後を断たないのです。
問九 荒野の潔い脱俗的生活、終末的思想、メシヤ待望、大天使の存在の認識など、
クムラン宗団 = エッセネ派と洗礼者ヨハネの生活と思想の類似、
イエス様の十二使徒ペテロらが以前にヨハネの弟子であったこと、
そしてイエス様自らがヨハネから洗礼を受けられ、
その行動と思想にエッセネ派と類似が見られること、などから、
イエス様及び弟子達とエッセネ派とは深い関係があったと考えられます。
以上に加えてイエス様との関連で、エッセネ派について何か仰しゃることがございますか。
問九解答 バプテスマのヨハネから洗礼を受けられたイエス様は、
その後四十日間の荒野に於けるサタン・ダビデとの戦いに、私達天上界の守りを得て、
ようやくにそれを乗り越え、ガリラヤに帰られて直ぐ伝道を始められました。
洗礼者ヨハネとの出会いは天の導きによるもので
(このように善き人々、信仰篤き人々は私達が何時もイエス様の為に備えました)、
エッセネ派と生活、思想が似通っているのは、
荒野に点在する教徒との交流の他に天からと洗礼者ヨハネから与えられたものです。
ヘロデ大王の死後、私達の導きでエジプトからイスラエルへと戻られたイエス様の御一家は、
ヘロデ大王とサマリアのマルタケとの間に生まれた二人の息子の次男でユダヤの王、
アケラオの支配するユダヤを避け、ガリラヤ地方のナザレに目立たぬように住まわれました。
当時ガリラヤ地方の荒野では、メシヤの来臨に備え、戒律を守って神への信仰を保ち、
共同生活をしていたエッセネ派のグループが多くありました。
洗礼者ヨハネはそのエッセネ派やクムラン教徒の宗団には属さなかったが、
各地に散在していた教徒と接触し、影響も受けております(サタン・ダビデ主導の)。
天の意としての教えと、来るべき神の国への備え、メシヤの来臨を私達の守護の下、
人々に述べ伝えておりました。
イエス様も同じように、特定の教団に属すると言うことではなく、このヨハネから、
エッセネ派と類似の思想や儀式の違い、伝道のあり方を学ばれたのです。
尤もこの地で、イエス様の少年期には、ラビから神への信仰と聖書を学び、
それに付随するユダヤの礼拝儀式、ギリシャ語などを教示されました。
勿論御自分でもどんどん勉強をなさったのです。
そして伝道の用意が整われた頃に、私達の導きでバプテスマのヨハネに会い、
イエス様がメシヤその人であることは、天がその時に、はっきりとお教えしました。
それ迄は事が公になり、イエス様と御家族の身に危険が及ぶのを警戒し、学者と対等に話し、
質疑を交わされた少年期の奇蹟体験などは別として、
それ以上の成人して後の使命は御両親や私達からも伝えられなかったのです。
人格を害なうことを避ける為でもありました。
信仰をよすがとして、神の国の到来と悔改めを宣べ伝えた十二弟子やパウロや、
初代クリスチャンへの迫害は、イエス様の最も近くにあった、
そしてヘロデ大王とマルタケのもう一人の息子で、ユダヤ王アケラオの兄、
ガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスに殺されたバプテスマのヨハネを最初とし、
サタン・ダビデの陰謀により日増しに凄惨なものになったのは、
現代に至る迄の歴史に録してある通りです。
問十 「ヨハネの黙示録」についてお尋ねします。
この文書も又、ローマ皇帝ドミチアヌスによる
キリスト教徒に対する激しい迫害という非常時に、
キリスト教徒を励ます目的で書かれた「暗号・機密文書」の一種である、
としましたが、宜しいでしょうか。
又、著者は、ギリシャ語の熟達度等の分析から、使徒ヨハネではなく、
教会で尊敬を受けているヨハネになぞらえて、そう名乗った人物であること、
著者は受刑者としてエーゲ海上のパトモス島にいる時、神からある種の天啓と使命を受け、
文書を著したのかも知れないと推測しました。
間違いありませんか。その人物はどのような方ですか。
問十解答 貴方の推測通りです。
やはり暗号・機密文書の一種で、旧約聖書に通じ、ユダヤの黙示文学にも造詣の深い、
学者タイプの霊能者、自らを預言者と表現していたパレスチナ生まれのユダヤ人です。
後にエペソに住むようになり、教父でも使徒でもなく、
特別な地位にあって小アジアの七つの教会に神の言を伝える"神の人"として権威を持ち、
尊敬されて、クリスチャンに励ましの書を書き送っていた人物でした。
但しヨハネは仮名ではなく、実名で、使徒ヨハネでも、長老ヨハネでもなく、
他のクリスチャン同様にその人びとを尊敬し、語る事を常に尊重していた
謙虚な老学者であったのです。
そして当時公正で正義に基づく政治を行い、以前の残虐な圧政とは変り、
属国に多大な恩恵を齎していたローマの皇帝への感謝から
皇帝礼拝へと発展していった歴史的な背景から、
何時の時代でも起る愚人ドミチアヌスが皇帝となった時期に
礼拝がローマへの忠誠の計りとされ、
それを受け入れなかったクリスチャンへの迫害が苛酷な圧政となりました。
老預言者ヨハネもパトモス島に流され、労役に服してその時に与えられた幻を、
皇帝の代が変り、恩赦でエペソに帰されてから書き録したものなのです。
問十一 天上界はヨハネの黙示録の著者を通して、世界の終末と七人の御使いによる最後の審判、
及びイエス様の再臨を予言されましたか。
一般に黙示録は、差し迫った状況に於て、
その当時と同胞を対象にして書かれたのでしょうから、
予言と言っても遠い将来のことではなかった筈です。
ところが黙示録に予言されたことが、文字通りには実現されなかったと思われます。
もしそうなら、それが今日に至る迄延期されたことを意味するのでしょうか
(最後の審判、イエス様の再臨など)。
そうであるなら、その理由をお伝え下さい。
問十一解答 実はあれはサタン・ダビデの予言であり、天上でなく、
地上のハルマゲドンを意味し、来るべき彼等の手によるエルサレムの滅亡を警告したのです。
そして天上界側による神の国への備えと、メシヤの来臨に望みを託した人々に、
救いを得る為にはと、如何なる迫害にも耐える心を植え付け、
その一方でその信仰を堅く持つ者を出来る限り苦しめて後、
滅し尽くすことに喜びを感じたのです。
当時のユダヤの民のイエス様を巡っての悲劇的な明暗は、
真の天上界の関与する所ではなかったのです。
エル・ランティ = ヤーウェ様と私達天の者は出来得る限り、
サタンの迫害からイエス・キリストを信じる弟子達と、
初代から中世に掛けてのクリスチャンを守るべく最善を尽くしましたが ー
それは「天国の証」に実情をお話した、正にその通りの、天の苦しみでありました。
西澤徹彦様が解読されておられる日本古代の書物や雅楽や神楽、歌集、風俗歌他には、
特にエル・ランティ様の御努力が表れております。
極秘裏に、霊能者を通じ、或いは人々の意識に働き掛けて黙示手法を駆使させたのです。
しかしそれも長く隠し得たことではなく、又もやサタン・ダビデ自身も同様の手法を用いて、
世の混乱を生ぜしめ、更には私達七大天使の多くをキリスト教の歴史から葬り去ろうとしました。
解り易く言えば、天とサタンの戦いは、米ソの情報戦の如くであったのです。
従って、一九七八年二月二日にヤハウェ様の弟でありながらサタンとなった、
ダビデの裁きと共に進められた最後の審判と、イエス様の再臨は、
サタン・ダビデの筋書きに沿って、それに続く真の天を二分する天とサタン勢との死闘、
ハルマゲドンと二月十三日のサタンの滅亡、イエス様の約束された希望の世代へ
といった成果を生むことになりました。
しかし今、サタンの備えた悪の王国ソ連による共産主義世界の実現への野望が、
ダビデ死すとも、その謀略を貫徹した執念と怨念の深さに、
私達と私達を信じる正法者、並びに心義(ただ)しく、清き諸国の人々を、
かくも悩まし続けているのです。
あなた方は、真に天の神々が諸々の残酷な処罰と、預言者や聖人の虐殺、
そしてイエス様の十字架の死のような流血の悲劇を備えたとでも思われるのですか。
サタンの冷酷非道な頭脳からしか次々とあのような筋書きは生まれてきません。
私達のみならず、信仰深く先見の明ある人々が共産主義諸国をサタンの国と呼ぶのは、
そういうことなのです。
問十二 他の黙示文書「第四エズラ書」「バルクの黙示録」などは、
ローマ軍によって聖都エルサレムが破壊された紀元後七十年直後の非常時に
主にユダヤ教徒によって書かれたものです。
前者はウリエル(元)大天使名が、又両者に天使長レミエル(ラミエル Ramiel or Remiel )
又はエルサレムの名が載っています。
天上界はイエス様出現後も、一部のユダヤ教徒に関与されたのですか。
レミエル天使長とはエノク書第六章に二千人の御使いの長(かしら)達の一人として
名が挙げられています。この方は実在の方ですか。
問十二解答 「第四エズラ書」と「バルクの黙示録」は
明らかに双方ともユダヤ教徒へのサタン・ダビデの接近であり、
特にエズラ書を指針として、ユダヤ教の「ヘブル語聖書」が編纂されて、
遂には七大天使全員を宗教の歴史から抹消してしまう結果となるように仕向けました。
イエス・キリストを十字架に掛けたユダヤ教徒が、
良心の呵責を感じずに済むように、その時遠大な計画を立て、
サタン・ダビデの配下を大量に作る為このような黙示の書を書かしめたのです。
その遠大な計画とは何であったかはまだ発表する時期ではなく、明らかには出来ませんが、
エズラ書のウリエル大天使も、レミエル大天使長もダビデがそう偽って名乗ったのです。
ダビデの霊示を一つ一つ辿ることは当時も現代に至る迄も不可能に近いものですが
(私達が関与したものとそうでないものとがある為)、
内容から見れば、明らかにダビデのものです。
問十三 伝道者パウロは、「パウロの黙示録」のようにまだ地上に生きている際、
実際に天上界に霊として連れて行かれたのでしょうか。
恐らくパウロの名を借りて、別人が教訓として書いたものではないでしょうか。
それにしてもこの書の中のモーセ様の言葉は、真にイエス様が十字架に掛けられた時の、
天上界のお気持ちを代弁していると思うのですが … 。
問十三解答 パウロが天に挙げられて霊界に行き、モーセ様と会ったのではなく、
霊能を持つキリスト教徒が、モーセ様やイエス様、エリヤ様などに会い、
黙示にあるような事柄を見せられて書き録されたのでしょう。
只、内容からこれは明らかに天上界のもので(真の高次元の方々)、
サタン・ダビデの霊示ではありません。
又、私達の名が語られていても必ずしも私達ではなく、
他の方々が私達を名乗ることもあるのです。
又、たとえ私達が会っていたとしても、何分にも昔のことであり、
著名でもない霊能者の名は忘れている場合もあります。
日々緊張と多事多難の日々でしたから ー 。
この人の場合はやはりエル・ランティ様だと思われます。
黙示に関してはサタン・ダビデ以外はエル・ランティ様が霊示されておられましたから ー 。
問十四 ゾロアスターなる人物とその使命についてスケッチしましたが、あれで宜しいでしょうか。
その人物と天上界での位置についてお知らせ願えますか。
アフラ・マツダ神はヤーウェなるエル・ランティ(元)天王に、
天使の長(おさ)アメジャ・スペンタはミカエル(元)大天使長に、
そしてアングラ・マイニュはサタン・ダビデに相当するのでしょうか。
しかしアフラ・マツダ神は、操縦桿状のものを握り有翼円盤に乗る姿で、
ペルシアのベヒストンの岸壁に描かれています。
これはUFO宇宙船であるという説もあります。
もしそうだとしたら、アフラ・マツダ神は宇宙人なのでしょうか。
或いは三億六千五百万年も前にUFOにて地球を訪れた、
科学者であり且つ宇宙飛行士であったエル・ランティ様の姿を霊視したものなのでしょうか。
ナゾの多いゾロアスター教につき、真相をお知らせ下さい。
問十四解答 大変結構です。アフラ・マツダ神はエル・ランティ = ヤハウェ様、
アメシャ・スペンタを含む七人の大天使は、ミカエル大王(元大天使長)並びに六大天使。
天使界。
そしてアングラ・マイニュは正しくエル・ランティ様の双子の弟であり、
サタンと化したダビデなのです。
有翼円盤はやはりその昔地球を訪れた私達のUFOの姿を
ペルシャのダレイオス大王を通じて岸壁に刻ませ、真実の神として崇めさせたのです。
何故乗り物がそのような形をしているのかは、
後世に於て人々の文明の発展と共に明らかになるであろうと科学者の望みを託して ー 。
又、ユダヤ・キリスト教よりもゾロアスター教に於て、
現在千乃裕子様を介し明かされている天上の姿と真実がそのままに語られ、明示されているのは、
天上界が総てを語ったからなのです。
尤もそれまでにも神話化しているものにも天の真実は、
部分的にでも明かされてはおりますが ー 。
ここでもメシヤの出現は語られておりますが、十字架と復活による救いではなく、
天の意は、あくまで審(さば)きと救いであったのです。
十字架と復活、割礼、生け贄の供えなどは
常にサタン・ダビデの冷酷でサディスティック性格の副産物であり、主張であって、
エル・ランティ様は押し切られた形で容認させられてしまわれたのです。
それがダビデの悪の王国の設計であるとは知らずに ー 。
問十五 最後に聖書典外書に関して何か仰しゃることはございますか。
その評価、ユダヤ教、カトリック教会、プロテスタント教会の態度等について。
問十五解答 問十三の解答で一寸触れたように、サタン・ダビデはユダヤ民族を
エル・ランティ様のみならず、モーセ様や私達から離反させる為に、
まずイエス様を十字架に掛けること。
そして"律法"を絶対視させる方向に向け、
ユダヤ民族をして地上世界の支配者たらしめることで、
エル・ランティ様に対立した自分の王国を作る。
その計画を着々と実行に移す為に、
(1)処女懐妊、(2)十字架上の死、(3)復活により、
イエス様の神性を印象付ければ、より劇的にユダヤ民族を百%神に帰依せしめ得るのみならず、
他国民も同様に天に従うだろうとエル・ランティ様を説得したのです。
その経過を見るにつれて、ユダヤ民族がイエス様を全面的に拒否するなど、
ダビデの目論見が判ってきて、エル・ランティ様は総てを自分の全責任だとお感じになり、
私達やモーセ様、イエス様、エリヤ、イザヤなどの助力を得て、
小アジアのユダヤ民族への黙示文書や、離散し他国に定住の民に日本古謡や古文
のような形に託して天意を伝えられたのです。
黙示文は捕囚期の頃に確立されており、それを変化させて伝えられました。
しかし事は単純ではなく、サタン・ダビデも片方で同じ人々に
天意を歪める霊示と黙示を与えました。
他方では更に支配者をしてクリスチャンの迫害に拍車を掛けさせたのです。
例えば天上界の(エル・ランティ様の)霊示や黙示は"モーセの黙示録""モーセの昇天"
"パウロの黙示録""エノク書′′"ダニエル書"知恵文学全般に"トビト書"など。
サタン・ダビデのものは"エズラ書""バルク黙示録""モーセの遺訓""ヨブ記"
"ヨハネ黙示録"などで、ゾロアスター教の真の天上界の姿を歪めたもの、
異常な形での狂信を強いるもの、神を信じる者から理由なく生命と血を求めるもの
等が判断の基準です。
しかもその中でも正しい形の天の励ましはエル・ランティ様によるもので、
歴史を通して天と悪魔の双方が三次元の人々に働き掛けてきたのです。
貴方が分析したような必然的な条件や成行きが外典や偽典を葬り去ろうとした背景には、
必ずサタン・ダビデの企みと唆(そそのか)しがあったのです。
貴方が証明しておられる箇所で、ダビデの霊示として顕著なものは次の通りです。
(一) 「第四エズラ書」(七の二九)
「私の子キリストと人間の息を持つすべての者は死ぬであろう」
キリストが死に、キリストに耳を傾ける者はすべて滅亡する ー
これはダビデの奸計の証です。
(二) 「バルクの黙示録」(三十の一)
「そののち、メシヤの滞在の時が充ちて彼が栄光の内に帰還される時、
その時、彼に望みを繋いで眠っていた者は皆、復活するであろう」
及び第六章の破壊ののちエルサレムが永遠のものとして再興されることを霊示し、
書かせている箇所など。
"眠る"が象徴的に"離散のまま耐えること"を意味するならば良いのですが、
これは"使者がその日まで静かに墓地に休息し、
イエス様の召命の日に命を与えられ、活動を始める"
又は、"第二の死を定められる"としか把えられない文章により、
新約の「ヨハネの黙示録」にも繰り返される同様の表現は、
善なる人々に主を信じて墓地に静かに眠らせておき、
ダビデは自分の輩下に出来得る限りの悪事を行わせ、サタンの王国を確立してのち、
それらの霊を目覚めさせ、イエス・キリストと偽って、勢力下に入れてしまう。
そういった企みであったのです。
それが故に新約の「ヨハネの黙示録」をプロテスタントのクリスチャンに、
カトリックには七大天使の記述あるもの(エル・ランティ様の霊示による)
は大半を偽典として軽んぜしめ、
ユダヤ教徒には「エズラ書」によりモーセ様の律法を絶対視させて、
イエス・キリストを否定するようにせしめた ー 。
更にユダヤ民族をして、モーセ様やダビデ王の再来がメシヤであると
思い込ませたのもダビデなのです。
天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法
- 天上界メッセージ・エッセンス(はじめに)
- 天上界メッセージ・エッセンス 目次
- これからメッセージを読まれる方へ
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 一節 天の救いの歴史
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 二節 天の奇蹟について
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 三節 人類の歴史と共に天の伝え続けた教え、正法とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 四節 正法に適った生き方とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 五節 天の指導と方針
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 六節 サタンによる天の計画の妨害
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 七節 天上界の一員として神と共にありながら悪魔となったサタン・ダビデの人格(悪の想念)
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 八節 サタンの妨害と戦いながら、天の為した救いの業
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 九節 現代に現われた神々が、神として語るとは何を以て言うかを証された
- 第一部 天の教え 第二章 最後の審判 一節 最後の審判の背景
- 第一部 天の教え 第三章 善我(神の心)を見失わない為に 一節 苦しみに神の信仰を見失う時、神の心に繋がる良き思いが失われる
- 第一部 天の教え 第四章 天上界に愛される人格 一節 天上界の良しとする、愛される人格とは
- 第一部 天の教え 第五章 德(心の糧) 一節 真理は神の霊から齎される
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 一節 徳の観念を悟れず、知識のみに留まる者
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 二節 真理
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 三節 愛
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 四節 正義(悪に立ち向かう)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 五節 信じること(信義)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 六節 理性
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 七節 ユートピア建設
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 八節 使命感
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 九節 中庸
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 十節 偽我から生まれる観念
- 第一部 天の教え 第六章 備考 一考察
- 第一部 天の教え 第七章 現代に於て初めて証された真理 一節 霊について
- 第一部 天の教え 第八章 宗教 一節 宗教の誕生
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 一節 共産主義とそのシンパ
- 第一部 天の教え 第十章 病の分析と治療への助言 一節 精神面
- 第二部 神と人類の交流 第一章 天上界の世界 一節 神々の紹介
- 第三部 神から授けられた正法 第一章 正法を信じる
- 第四部 天への思い 第一章 天への信義 一節 真の神に帰れ
- おわりに
- 天上界メッセージ・エッセンス(ダイジェスト版)
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅰ巻 目次
- 第一部 「天国の扉(77年12月出版)」より 第三章 ある日の高校生クラスの討議より
- 第二部 「天国の証(78年8月出版)」より 巻頭 詩 最後の審判 千乃裕子
- 第三部 「天の奇跡」第一章 (天上界への質問と解答)
- 第四部 「天国シリーズ」巻頭メッセージ
- 第五部 現象テープ 一九七七年の約束(天上界よりの通信) ミカエル大天使長
- 第五部 現象テープ No.4「ある日の高校生クラスの討議より」
- 第五部 現象テープ No.7 「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ①ミカエル大天使長様
- 第五部 現象テープ No.7「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ②イエス様
- 第五部 現象テープ No.8「正法講座」 イエス様
- 第五部 現象テープ No.10 ① 「正法を学ぶ人の為に① 天の方針」 ②「新天王の宣誓」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.11 ①「正法を学ぶ人の為に② 業(カルマ)について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.12 ①「正法を学ぶ人々の為に③善我と偽我について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ①「この場に集ったあなた方の何を信じて、私達が語り掛けているのか解りますか」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ②「神を畏れるとは」 ウリエル様
- 第五部 現象テープ No.17①「愛について」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.18 「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.19 「宗教と人間との関係について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.20「再び愛について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.21「原罪について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.23「心の美は」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.24「あなた方が賢くなる為に、私達が与えるものとは」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.25「天国語の語源について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.26「良き人間関係について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.27「正法流布について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.28「自己犠牲について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.29①「愛と信仰」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.31「天上界による質疑応答(天上界の見解)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.32「物の考え方について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.33「天上界による質疑応答(慈悲について)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.34 ①「天による現象と霊体の構成」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.35「クリスマス・メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.36「消滅について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.37「メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.38「ユートピアについて」 ①ウリエル様
- 第五部 現象テープ N0.40「天上界からの苦言」 ①ガブリエル様
- 第五部 現象テープ 欠番 「正法を守る」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 機関誌「慈悲と愛」(78年11月創刊号から79年12月号まで) に掲載された天上界メッセージ 「慈悲と愛」78年11月創刊号 ①「神の恵み」 ガブリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年1月号「霊の能力について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年2月号「最後の審判」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年3月号 ①「精神的成長の齎す愛の昇華」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年4月号「民主主義と共産主義」 ウリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年5月号「天上界の意志と世の人々に望むこと」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年6月号「至高の徳」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年7月号 ①「思い遣りと尊敬について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年8月号「動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年9月号「再び動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年10月号「人間の冷酷さ」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年11月号「天上界を軽んずる正法者について」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年12月号「天の真理を、意志を伝えた言葉」 ラファエル様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅱ巻 目次
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年2月号「政治理念」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年3月号「国防に無責任且つ無節操な政府を作った原因」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年4月号「イデオロギーの洗脳から自由な国家を守る為に」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年5月号「時事問題(前編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年6月号「時事問題(後編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年7月号「天上界が政治に介入する理由」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年9月号 ①「正法者間の親和力の足りなさについて」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年10月号 ①「GLAが天上界からの警告を理解し得なかった理由」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年12月号「善意から出る嘘と悪意からの嘘の人に齎すものとは」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年1月号「悪霊が滅ぼそうとするもの、天上界が守ろうとするもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年1月創刊号「"希望と愛と光"の意味するもの」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年2月号「宗教の弊害について」ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年2月号「道を誤った日本への警鐘」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年3月号「動物の中に生き続ける真の愛」 パヌエル様
- 「希望と愛と光」81年3月号 詩「ファンタジア」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年4月号「サタンの道を行くローマ・カトリック教会」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年5月号「怒りについて」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年5月号「人の気持ちを考えるとは」 ウリエル様
- 「 JI 」81年6月号「信じるということについて」ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年6月号「人に良く見られたいという心」 ラファエル様
- 「 JI 」81年7月号「ユートピア建設について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年7月号「天上界の美しさについて」 ウリエル様
- 「 JI 」81年8月号「理性について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年8月号「赦しについて」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年9月号「己を知った先にあるもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年9月号「慈悲について」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年10月号「奇跡について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年10月号「愛を受ける方法について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年11月号「強さについて」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年12月号「何故魂の研磨が難しいか」 ウリエル様
- 「 JI 」82年1月号「正法者について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年1月号「物の考え方について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年2月号「柔軟な心について」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年2月号「悪霊の甘言に騙されて天に背反した者達の偽我」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年3月号「正法の伝える真理とは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年3月号「判断力について」ラファエル様
- 「 JI 」82年4月号「正法を如何に役立てるかを考えるのは、人を生かそうとする思いから来ます」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年4月号「自由な心について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年5月号「使命感の本質について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年5月号「慈悲について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年6月号「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」82年6月号「心に安定した支柱なき者」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年7月号「天と共にあるとは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年7月号「正法を学び、見出した真の道を本当に歩いてきたのですか?」 ラグエル様
- 「 JI 」82年8月号「暖かい心と冷たい心」 ラファエル様
- 「 JI 」82年9月号「天を信じると言う人々は何を以て、その信仰の根拠であると天に証するか」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年10月号「人を愛する者へと導くのが神の愛であり、人を幸福の内に留まらせるものではない」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年11月号「天の戒めである"姦淫するなかれ"の真の意義について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年12月号「天の徳に生きんとする者が天の導きを知る」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅲ巻 目次
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様
- 「JI」83年2月号「義人の陥る不寛容という偽我」 ラファエル様
- 「JI」83年3月号「自ら神に等しくならんと努める人格とは」 ラファエル様
- 「JI」83年4月号「共産主義者の心の世界」 ミカエル大王様
- 「JI」83年5月号「優しさと慈悲魔の違いについて」 ラファエル様
- 「JI」83年6月号「人を信じることとは」 ミカエル大王様
- 「JI」83年7月号「一箇所に留まらない進化する精神とは」 ラファエル様
- 「JI」83年8月号「正しく躾を、指導を与えなかった保護者、社会人の義務感の欠如」 ミカエル大王様
- 「JI」83年9月号「嫉妬心について」 ラファエル様
- 「JI」83年10月号「神の与えた戒律」 ミカエル大王様
- 「JI」83年11月号「神を捨て、共産主義を信じて得た理想郷とは地獄のことであった」 ウリエル様
- 「JI」83年12月号「精神面の成熟に無知、無関心となった原因」 ミカエル大王様
- 「JI」84年1月号「天と共に働くことが出来る者とは」 ラファエル様
- 「JI」84年2月号「共産国の傀儡(エージェント)と化した全国紙」ウリエル様
- 「JI」84年3月号「他を救おうとする心が人を価値あるものにする」 ミカエル大王様
- 「JI」84年4月号「天の望む神の子に相応しい人格への成長と悟りとは」 ミカエル大王様
- 「JI」84年5月号「神に愛されぬ人生を生きて、何の喜びがありますか」 ミカエル大王様
- 「JI」84年6月号「神との関係か人との関係のどちらかしか大切に出来ない人」 ミカエル大王様
- 「JI」84年7月号「正法者の性格について思うこと」 ラファエル様
- 「JI」84年8月号「次期天王の予告、及び神(現天上界)が最後のメシヤであることの真意」 ガブリエル様
- 「JI」84年9月号「善霊に禁止されている霊現象を行うのは悪霊以外にないということ」 ミカエル大王様
- 「JI」84年11月号「正法の目的を、魂の研磨を忘れてまで霊能力に夢中になる正法者」 ラファエル様
- 「JI」84年12月号「世の終わりを来らせるもの」 ガブリエル様
- 「JI」85年1月号「人間の知性が滅びを求める時、天もそれを救い得ない」 ウリエル様
- 「JI」86年1月号「ノイローゼの原因」 ラファエル様
- JI」86年2月号「病的性格と未熟な精神」 ラファエル様
- 「JI」86年4月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(1)」 ミカエル大王様
- 「JI」86年6月号「ノイローゼ克服への助言」 ラファエル様
- 「JI」86年7月号「真の人格の向上に繋がる学問への向かい方」 ラファエル様
- 「JI」86年9月号「再び思い遣りについて」 ミカエル大王様
- 「JI」86年10月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(2)」 ガブリエル様
- 「JI」86年11月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因 (3)」 ガブリエル様
- 「JI」86年12月、87年1月合併号「天の方針」 ガブリエル様
- 「JI」87年3月号「共産主義に蝕まれた社会の現状」 ラファエル様
- 「JI」87年4月号「老人性痴呆となった者に表面化する(精神的障害の原因となった)歪んだ性格特性」 ラファエル様
- 「JI」87年5月号「天の証言(イエス様を通じてのサタン・ダビデの布石)」 ガブリエル様
- 「JI」87年6月号「弛緩した精神に蒔かれるリベラリズムという悪魔の種」 ラファエル様
- 「JI」87年7月号「"幸福の科学"の霊言は、総て天上界を貶めんが為の悪霊によるもの」 ミカエル大王様
- 「JI」87年8月号「既成宗教に安住する国々にとって受け入れ難い天の真実」 ガブリエル様
- 「JI」87年9月号「社交性やユーモアの解せないのは、精神がまだ成長途上にあるからです」 ラファエル様
- 「JI」87年12月号 「人の善意を信じず、自らの偏見を正当化する者」 ガブリエル様
- 「JI」88年1月号 「劣性遺伝子を持つ者が子供を産むことの問題について」 ミカエル大王様
- 「JI」89年1月号「精神病と霊障との差異について」 ラファエル様
- 「JI」90年3月号「夫婦間の思い遣りについて」 ラファエル様
- 「JI」92年1月号「再び偽我について」ラファエル様
- 「JI」93年1月号「魂の研磨で手にした智慧と信義と慈愛を持って、私達の下に帰って来なさい」 ガブリエル様
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様