第一章 ミカエルの章 ミカエル大天使長(天使の長 [おさ] )
 私は再びこの巻にて私の信ずる所を述べ、世の人々の注意と関心を呼び覚ましたく思います。
 最近、にわかに霊能者が増え、
又"我はキリストなり"と言わんばかりの救世主ぶる人々が各宗教宗派に現れておりますが、
これは末法の世を救わんとして天上より降り、
人間と合体した菩薩界の方々自身が種々の奇跡を現わす能力を与えられ、
その奇跡により、合体された人々が世人の耳目を集め、従って尊敬と崇拝の念を以て遇される ー
その度重なりより次第に増上慢の心が湧き、
次いでは合体霊である菩薩界の方々までが慢心という罠に陥り、
あたかも自分の合体した人物が救世主であるかの如く錯覚する ー
という奇妙な事態が生じているのです。

 当然の結果として合体霊の意識を映じた合体者、即ちこの世の善男、善女は、
御自分がその奇跡を行い人の尊敬を一身に集める霊的能力があるかの如く錯覚し、
又その如く振舞う。
 これは菩薩界の霊の合体者のみに現れる現象です。
 魂の修行の中で、菩薩というのは総じて衆生済度、心の浄化、己を捨て他に尽くす、

ということを目指し、男性は、普通ならば競争の激しい社会で己に厳しくそれを為す。
 女性は反面、本質的に母性本能を具備せるものとして自己犠牲が容易で、
さしたる努力なしに行い得る。
 即ち自己に対する克己心に於て、魂の厳しさ徳の高さに於て、男性に劣るのです。
 そして試みに対し脆く躓(つまず)き易い所があり
(男性の中にも似たような質の差がありますが)
そういった練り鍛えられない人格は誘惑に対して弱い所があるのです。
 人の一生のみならず、永遠の時の経過にも起こり得ることです。
 
 かくして、菩薩として人に崇められ一生を送り天上界に上がった者も、
或いは運がその人に天上にて栄誉を与えた者も、
その生涯には心浄く、使命を全うして彼岸に来た方々なのですが、
転生や永遠の年月を重ねるうち、その緊張した心が、
人と合体して三次元の栄光を浴び、或いは合体せずとも、
その霊言が如何なる種類であろうとも珍重され、無条件に受け入れられる時、
"我はかくの如く意識高く、この手にて衆生済度も可能ならん"
といった天狗界の心が出てくるのです。
 これは日蓮上人にも当てはまるものであり、
又新興宗教でなくとも割合に長い歴史を持った宗派、仏教の流れを汲むものも汲まぬものも、
等しく又その始祖、教祖の態度に見受けられます。
 合体霊、合体者が共に増長するのです。

 勿論『天国の扉』(未来への幸せをめざして)に書かれているGLA教祖、
高橋信次様の御息女即ち、私の名前を詐称しミカエル佳子と名乗る人物にも当てはまります。
 仰しゃることを拝聴致しますと、成程立派なことを述べていられますが、
いろいろと勉強なさったことに高橋信次様の説かれたことを加えられたものであったり、
或いはサタンに意識を支配されて正法反対にまわり、正法を説く必要なしと主張されたり、
そしてそれが恰(あたか)も私の言葉ででもあるかの如く威厳を以て語られ、講演されるのです。
 若い女性ですから私も遠慮致しておりましたが、
辺りに人無きが如き振舞いと、天上界の警告を無視しての暴走振りに、
私は最早これ以上黙していることは出来なくなりました。
 菩薩界出身の卑弥呼の霊と合体し、その本体であるというだけでありながら、
世を救い地球を救うという大いなる自信と、その無軌道振りは天上界の怒りを買い、
破滅に追いやられたのです。

 何ゆえ故にこの如き自信を継続し得たか。それは長らく天上界に於ても謎でした。
 私は読まれる方々に理解して頂く為、どのようなことが起こったのか説明しなければなりません。
 三次元と四次元の混乱を説明する為、人間の立場に立って申さねばならぬのです。
 そして明らかになったのはつぎのような事柄でした。
 天上界の声明書でもある天上の書の第一巻『天国の扉』に於て、
私及び高橋信次様ははっきりと御息女の誤りを指摘し、
その反省と行いを改めることを勧告致しました。

 たとえ親子であるとはいえ、高橋信次様は御息女の言動について、
世を惑わすものであれば出来得る限りの事をなし、その反省を意識を通して求め、
又囲りの人々をして呼びかけ、間違いに気付かせねばならぬよう指示を与えられていたのです。
 六万人の会員及び上層部が悪霊に憑依され嘲弄され、愚行を強いられようと、
高橋信次様はお嬢様の守護霊となって、ご自分の誤りを気付かせるようにと
如何なることをも成し得る能力を与えられていました。
 しかし『天国の扉』が昨年十二月に出版されてより三ヶ月以上を経ても、
尚もミカエル佳子としての体面は保たれ、あまつさえ、高橋信次様の遺稿を用いて
第三巻目を聖書の最新の解説であるかの如く捏造して、キリスト教に因む表題を付ける。
 成程この続編の第一巻目、地獄篇と題されたものは、私が導き、
書いて頂く為、種々の事柄をお教え致しました。そのため天上の書と申して差支えないでしょう。
そして光に溢れ、病をも癒すことが出来ました。

 これはしかしミカエル佳子嬢の手になる著書ではありません。
 会員の一人である流行推理作家が著したもので、
第二巻目も第一巻目の成功を得て同じ著者の手でミカエル佳子嬢のお話を元に作成されましたが、
これははっきりとサタンがその息吹きを吹き込み、その波動を光の代りに流しました。
 読む者すべてがサタンの憑依に遭ったのです。
 その時はGLAの名声を失うまいとする執着と権勢欲の為、
ミカエル佳子嬢以下すべての会員が天上界に見放され、
一人高橋信次様が守護を全うするものとして側におり、
何の手段を用いても、その誤りに気付くべく働き掛けよと命ぜられていました。
 それが今日四月初日に至るまでミカエル佳子嬢は健在で、
しかも再びG会はその手を広げんと種々の三次元の手段を用い、
何も知らされていない会員や、世人には、
あたかも天の啓示によってことを行うかの如く見せかけているのです。

 外部にありながらそれに追従する者もありGLA賛美の書を三巻の続き物として著し、
私達の擁護する大天使サリエルを、かつては悪の化身として地獄の王となった
ルシファー(ルシフェル)の魂の兄弟であると述べ、
読む人にこの天上界が悪霊と通ずるものであるかの如く印象を与えました。
 そしてその企みの為の断罪を受けました。
 この者は宮田直子という、マヤ夫人であると名乗る女性霊能者の霊示によって、
旧約聖書に現れるノア (のモデルとなる王は実在しましたが、
ノア自体は架空の存在に過ぎないと天の証言です)
の本体であると知らされた渡辺泰男氏で、その霊能者の口より出ずる言葉のみを信じ、
己の意識の高さを誤信し歴史を操るが如く高慢の心を以て、
迫害を受け追い出されたG会の賛美並びに追従の書を著しました。

 私達は『天国の扉』の中で誤りを勧告し知らせる為、
宮田直子の合体霊はマヤ夫人ではないことを明示し、この霊能者との交流をそのまま記述し、
その霊言の内容を只神秘と謎の連なりでありながら
何か大きな預言を含む天上の啓示であるとする著者に反省を求めたのです。
 天上界より宮田氏に通信をしたマヤ夫人も、この霊能者の地位を高めて世人の注目を引き
GLAの繁栄を計っていたという事実が明らかになりました。

(その当時GLAは私達天上界の擁護の下にありました。
 そしてマヤ夫人という菩薩界の霊は天上界の監視下にあった訳ではないので、
霊示と称して独自の言を吐いていました。
 勿論天上界が指示したものではありませんが、悪霊憑依による霊言でないことは確かです。
 しかし事実とは全く裏腹の虚言とも申すべきもので、明らかになったその内容の意外さに、
マヤ夫人はやはり天上界の譴責(けんせき)を受けました。)

 それはG会が混乱期を迎える以前のことで、
ひとえにG会のミカエル佳子嬢の位置を高めるものでもありました。
 サタンに操られた卑弥呼とマヤ夫人との協力に於て為されたのです。
 しかも時期は高橋信次様の死後三ヶ月目(七六年九月)でありました。

 高橋信次氏の失脚

 私及びエル・ランティ様はこのことに関しても高橋信次氏に誤りを追及し、
訂正することを命じました。
 しかしその頃からGLA存続と御息女の健在を願うこの方は、
完全にその生前の徳の高さを忘却し、
三次元の執着に憑依する憑依霊と同質のものとなってしまわれたのです。
 その心は後に悪霊と化したのでしょう。
 同じ天上界にありながら、私及びエル・ランティ様は今日に至るまで
高橋信次氏の計略のすべてを見抜けませんでした。
 親と子の執着、己の財を投じたG会存続への執念、
そして己を慕うG会内外の人々及び著書の読者を失うことへの恐れと、己の名声、
それに連なる我が子のこの世的な名声と地位を守らねばならぬ、
これも悪霊、憑依霊に共通せる心であり、執念でした。

 そしてその後も天上界の理解ある慈悲の許しを感謝することなく、
それに乗じてありとあらゆる方法を用い、再び裏面にて私達を欺き、
天上の書である『天国の扉』を普及させること及び読者の行動、
意志をも阻害し続けたのです。
 天上界の反逆者としてその行動と計略の一つ一つが明らかとなり、
遂に私達はこの四月二日未明、天上に於て高橋信次氏を消滅しなければなりませんでした。
 天上界の意志に従わぬ者は、
高次元の霊と雖(いえど)もこのような裁きに遭うことがあるのです。
 死の裁き、即ち永遠の生命を奪われ、この宇宙に存在しなくなること。
 これが私達が消滅と呼ぶものです。
 これは今、この世及び天上に於けるすべての者が、勿論私達高次元の者をも含めて、
最後の審判の下にあるからなのです。
 すべて生ける者も死せる者も、その生前に為したこと及び死後の行いを秤にかけ裁かれています。
 今こそ最後の審判の時なのです。すべての人が行いを改め、
天上の光を浴び『天国の扉』で説かれた如くユートピア建設に協力すべき時なのです。
 何ゆえにかは同書の中で既に説明致しました。

 さてここに於て私が皆様に改めて勧告し、同時に宣言致さねばならぬのは、
高橋信次氏の断罪は何等不当な理由に於てなされたのではなく、
正しい判断と情状酌量の下に、ある期間執行猶予を与えた上で取られた処置だということです。
 それについて地上よりの高橋信次氏を慕う人々の疑問と悲嘆の声が上がるでしょう。
 しかし今は最後の審判の時であることを忘れてはなりません。
 そういったメシヤ崇拝に引き続いて、救世主として資格を失った方に
何時までも人類救済の夢を持つことは愚かなことであり、天上界の望む所ではないのです。

 マヤ夫人にしても、ブッタ様をお生みになられた方というだけで、
三次元であれほどの信頼と尊敬を得ておられました。
 魂の修業が果たして出来ている方かどうかも解らない先に、
ブッタ様との繋がりに於てお母様であるということだけで無条件の崇拝を得ていたのです。
 ところが天上界では、人間愛を説きながら、
七十年前の昔より軽挙妄動の数々が五、六十回もあり、何時も叱責を受けていられたので、
天上界の計画に反抗的であったのでしょう。
 今この方は天上界にて日蓮上人と同じく謹慎を命ぜられております。

 日蓮上人は日蓮様を唯一の衆生済度の仏とする宗派が続く限り、
他の権威ある天上界の方々を認めぬ限り、許されぬでしょう。
 もう少し色々なことを皆様は知らねばなりません。
 それが作り上げた虚像の崇拝であるか、偶像化された救世主であるか、教祖であるか。
 その人個人個人の語る言葉に於て尊敬に値する人物であるか、そうでないか。
 徳が心に沁み入る真実の言であるかどうか。

 通り一辺の道徳論や、哲学論の上辺のものだけで人々に神の真理を伝える者とはなりません。
 その為には光を伴わねばならないのです。光の言葉でなくてはなりません。
 その光の言葉は天上の霊に守られて、人々の心を満たし、心を強く打つものがあり、
聞く人は何か神の与え給うた使命を遂行しなければならぬという意識に目覚めるのです。
 その使命感が天上界の善霊の共感と加護を得て、何時までも持続するのが必要なのです。
 勿論そこには何ら虚偽とごまかしがあろう筈はなく、追求を度重ねても、
やはり天上のものであるという証明が私達の手でなされる筈なのです。


 その証明がなされなくなった時そこには神は最早なく、
天上よりの光もなく、善霊の加護もなく、私達に見放された群衆に媚び、
或いは瞞着する宗教家、聖職者及び教祖等が詐欺師のように横行し、
悪霊の助けを得てこの世を地獄と化す為に繁栄するのです。
 そして再びこの世は闇となり、天上界よりの光は遠ざかり、人々は地獄の日々と運命に操られ、
只苦しみを耐えるのみに終るのです。 ー
 戦争、宗教者の受難の時代、文明の暗黒時代などがそれに当り、
人々が精神的余裕と潤いの心を忘れた時、
自然破壊、人類の滅亡、そして地球は崩壊へと向かうのです。
 結果は明らかです。
 高橋信次氏を通して私達はそう警告致しました。

 そしてその死と共に、高橋信次氏の誤った継承者の発表が残され、
同氏に奉げた人々の献身は迷路に入り込み、
再び魔の跳梁は激しく、この世の滅亡を求めて荒れ狂ったのです。
 そして天上界は遂に決意し、その正しい後継者である千乃裕子様に、
私達の真意と方針を三次元の方に知らしむべく、『天国の扉』を編纂、執筆して頂いたのです。

 色々な四次元の妨害がありながら、出版が現実のものとなった時の私達の喜びをよそに、
サタンは第二の計画を練りました。

 このサタンは第一巻目の書で私達が滅したと発表したベー・エルデ星より飛来したサタン夫婦で、
あまりの能力故に私達と力を互角にし、
戦いの決着のつかぬまま GLA に逃げ込みそこを彼等の居城とし拠点としていたのです。
 これは徒に世間を騒がせぬ為、また千乃様を恐怖に陥れぬ為、私達が秘していました。
 彼等はその天上の光を齎す書を世に広めぬ為あらゆる手段を用い、策略を弄しました。

 高橋信次氏の偽我がその領域を広げていったのもこの時からです。
 巧妙に私達と共に働き、G会に自己の存在を知らしむべく外部から呼びかけ、
私達の書に一章を費やして声明を出しながら、裏側ではサタンとは別に善霊を用いて
ミカエル佳子嬢擁護 GLA 幇助(ほうじょ)に廻ったのです。
 G会が正しい言葉に耳を傾け、自粛すれば天上界はG会存続を再考したでしょう。
 しかしその気配もなく、あくまでミカエル佳子を教祖とするこの新宗派は
偽の霊示(サタンによるもの)を出し、作り上げた神話を、著作を通じて発表しました。

 そして千乃裕子様はサタンと高橋信次氏の謀略により、すべての道を閉ざされんとしたのです。
 即ちサタンに率いられる悪霊の配下の襲撃が今年(七八年)の二月に二度行われ、

その身を傷付けられて、私達七大天使並びにエル・ランティ様、
イエス様、ブッタ様、モーセ様がお守りし、お癒し申しましたが、
一方昨年(七七年)の二月からの高橋信次氏の働きかけで
三次元からの妨害も一際(ひときわ)激しく、
中野裕道氏をして、早くもその年の十二月後半に天上界の書が疑わしいとまで発表せしめ、

あまつさえ、 私達のメッセージを独断で彼の主宰せる日本神学誌から閉め出しました。
 それまでに私達の送っていたメッセージには

『天国の扉』が正当な善霊の手になる天上の書であることを知らせる、
重要なものが多く盛り込まれてあったのです。
 神の啓示を人間一個の判断で握り潰すとは、何と無鉄砲で恐れを知らぬ人なのでしょう。

 私達は、かつてイエス様の十字架上の死とアガペー(神の愛)により人々の罪は許された、
と聖書に録されてある如くに世に知らしめましたが、
再び罪を犯し、神に背反し、その愛と犠牲と許しを忘れた忘恩の徒には、
この世もあの世をも含めて最終的な裁きが下るであろう。
 それはイエス・キリストによる最後の審判という形で齎されるであろうことを予言致しました。
 
 そして遂にその審判が中野氏という
天上界より権威を与えられた者の天上界への裏切りの時より始められたのです。
 それはヨハネによる黙示の如く天変地異を伴うものでなく、
二月初旬の四次元に於けるサタンと天上界との死闘の少し前から静かに始められ、
今後も継続して行われてゆくものなのです。
 私達が百雷を鳴らせば、自然破壊がそれだけ大きくなります。
 それ故、予言に反し静かな審判を行うことに決定し、実行に移しているのです。


 この四月に入り、死者の裁きはようやく終わりました。
 天上界に於て最高権威者と高次元の決意に反するものは今後も断罪を受け続けるでしょう。
 しかしそれは天上界に於ける個々の刑罰です。 生ける者の最後の審判は後五ヶ月間は行われます。
[しかし終らなければ(背反者が続出すれば)来年も再来年も続けられるでしょう。]

 そして二十二年後の二十一世紀の幕開けを控えて、新しき神の国への備えがなされ、
子供達の相応しき人格と魂を養う教育と徳育の時が始まるのです。
 そこには(心の)醜き者、汚れたる者、偽我を持てる者、己を知らぬ者、傲慢なる者、
暗きを好み闇を愛する者、肉欲に溺れ、情欲のとりこになる者、愚かなる者、

理由なく殺す者、破壊する者、盗む者、虚言を吐く者、足ることを知らぬ者、
権力を愛し、弱者を強者が支配するそのような思想を持つ者は許されず、
また住むことの出来ぬ時代となるでしょう。


 明るく、公正で、柔和で、謙譲な人々が合理的で賢明な生き方を愛し、
互いに愛と尊敬を以て助け合い、支え合う、
そして光の中を歩む神の国が地上に築かれるでしょう。
 次の世代がUFOを駆使して、宇宙空間を天駆けるかも知れません。
 その黎明の時が今なのです。
 希望の星ヴィーナスが夜明けを知らせる時、人々の魂はまだ目覚めず、
やがて神の栄光と恵みが眩しく光り輝く一日が始まる時、地球は新しき世紀を迎えるのです。
 これは私達天上よりの末法の世を浄化し、
地上に神の国の到来を迎える為の人々に与えられた試練の時でもあるのです。
 
 再び燦燦(さんさん)と日光が降り注ぐ時、
悪の息吹きは消え失せ、今までの悪夢は忘れ去られるでしょう。
 その中で可愛い、溌溂とした若き世代が両親の苦悩を養分とし、
その愛と守護の手で怖れを知ることなく、
若木のようにすくすくと明るく伸び育つのです。
 また子を持つ親のとしての使命は、私達の警告を聞き、子を守り育てること、
私達天上の者の言葉に耳を傾け、人間としての責任と義務の一端として
天より与えられた宝ともなる可愛い小さな天使達を正しく導き、育ててゆくことなのです。
 神の国に住む資格を持つ者として、又それに相応しい人格を持つ者として。

 GLA外部の混乱

 次に高橋信次氏を慕い、悲しんでいられる方々の為にもう一度つけ加えますが、
同氏の功績について天上界は充分に知っております。
 この国日本では高橋信次氏の熱意ある活動により、正法伝播が速やかに行われ、
その九十%が地獄に落ちることを同氏在世の折に申しましたが、
同氏の助力も得てそれを三年前より五、六回ずつ、霊を一度に五千万から五憶ほど天上界に上げ、
その霊を天上界が処理し始めてより、ほとんどの地獄から来た悪霊や地縛霊は消滅されました。
 高橋信次氏はこれらの功績もあり、天上界に於て九次元から幽界に落され、
再び今度は如来界上位に上げられるという異例の寛大な取計らいの後、再度の背反にも許しを得て、
今日まで種々のことに私達は協力を仰いでいました。
 特にG会及びミカエル佳子嬢の反省を促す為に重要な位置にある人でした。
 しかし私達の一人として
光の大指導霊の合体した方がこのような結果になるとは予想しませんでした。

 天上の者はすべてエル・ランティ様の御計画と御希望の通りに無条件に従いました。
 (イエス様の十字架の贖いの如く痛ましい計画ではあっても ー
それは天上のすべての者の血と涙を表すものでもありましたが ー
イエス様は従順に従われ、そしてエル・ランティ様の再度の御依頼により、
私達七大天使はエル・ランティ様と共に出来得る限りイエス様のお苦しみを和らげ、
お生命を天にお上げしたのです。)

 ブッタ様の本体である高橋信次氏は、御在世中は実によくその任を果され、
ミカエル佳子嬢のことと、理論追求が不完全でったことを除いては、
天上界に上がられる時は、使命の完遂者として快く迎えられ、
その後一年程は熱心に私達の協力者として四次元より千乃裕子様を助けられたかの如く、
表面上は見えました。

 しかしその心の中は前述の如く執着心と自己保存以外の何物でも無くなっていたのです。
 その変化に気付いたのは、私とラファエル大天使即ち千乃裕子様の身辺を守る者のみでした。
 半年程前でしたが、そのことをエル・ランティ様にご報告致しました時より、
高橋信次氏に対する警戒態勢が取られました。

 しかしその間に高橋信次派が天上界の善霊の間に早くも四、五人現れ、
その霊示によって天上界はいろいろと裏切られたのです。
 裏切りが天上界の計画を挫折せしめました。千乃様の正法流布の計画も同じことでした。
 そして遂に今日の断罪となったのですが、この極刑を受けるに際しては、
千乃様の生命をサタンと共に狙い、攻撃したという事実が二度あったのです。
 サタン消滅後は、彼一人でサタンと同じ手法を用い、
今度は天上界に刃向って千乃様を守る七大天使を巧妙に滅す手段を試みました。
 それにまたもや秘かに手を貸すものがいたのでしょう。

 これはミカエル佳子嬢の生命を奪う以外にはG会を目覚めさせ、
解散し新たに一人一人が法の継承者として、『天国の扉』で高橋信次氏が説いた如く、
世界にその輪を広げて行く方向に向う道は無かったことからの、高橋氏の裏切りでした。
 父親の情として万止むを得ないものがあるのは理解します。
 しかしG会の愚行、ミカエル佳子嬢の虚言は人々を迷路に導くのみであり、
悪霊の憑依で会員の多くを不幸にしていた事実(それも心の正しき人のみを)
が次々と明るみに出てきました。

 その上での天上界の決断でした。ただ無念であるとしか言えません。
 末法の世であり、最後の審判が行われる前提の下に実行に移された天上界の計画でなければ、
(勿論これらすべての計画は太陽界、如来界、菩薩界、神界を含め、九次元、
宇宙界のエル・ランティ様の承認の下に行われるのです、)

このような悲劇はあり得なかったでしょう。
 一人一人が正法流布の輪であり法灯となること、これがこの末法の犠牲となられた
高橋信次氏への最大のはなむけであり慰めとなるものではないでしょうか。

 中野氏については、G会の外部にあり天上界の側に立ちながら途中から離反したが故に、
最初に永遠の生命を奪われました。
 あとは天上に上がるべき魂の無いままに肉体のみ、
及びそれに付随する切り捨ててもよい魂のみで、天上界に反して一人、
消滅されてしまった高橋信次氏の古き非科学的理論とブッタ様の法を説いておられました。
 天上界に認められずに、天上界の認めぬ曲論を説く人も二、三他にあります。
 これは私達から眺めて危険極まりない人物にして
遠からず中野氏或いはそれ以上の裁きに遭うでしょう。
 
 勿論この方達は『天国の扉』が出版され、それを読みながら、
天の意志に反して求められぬ法を説くということに関して、
その態度は天上界を無視するものであるということから、永遠の生命を取り上げられるのです。
 何故ならば、何の為に千乃裕子様が後継者として天上界よりのメッセージを仲介したのか、
これでは理由も動機も判然とせず、再び宗派が別れてしまう危険を招くのですから。
 勿論私達は宗教団体を新しく作ることは今後絶対に支持しないでしょう。

 今ある既成のものでさえ、
出来ることなら仏教宗派を一つ、 キリスト教宗派を一つに纏めてしまいたいのです。
 しかしそれには何千年と掛かります。

 そして洋の東西を問わず、新興宗教及び創価学会の如き
荒々しき集団催眠と暴力肯定の宗派、人間の中の野蛮な獣性を解放する宗派は、
天上界(極楽)とは何の関りも無い団体にて、
すべての会員は永遠の生命を与えられぬこと、即ち救われぬことを改めて宣言致します。

 これら多岐に亘る新興宗教宗派は解散しなければならないでしょう。
 それが実現するのはこの五百年以内であるし、
実現しなければ、再び正法を強調し私達から強く働きかけねばなりません。

 そして来るべき新しき世紀とは、神の声を聞きながら、宗教を持たぬ、
或いは持っても、それは心の問題であり、
一人一人が魂の内奥にある善我に呼応する神と結び付くものであることが望ましい、
そのような世紀なのです。
 神と結び付く善我とは真に悔いなく働きかける心 ー 
即ち憐れみを掛けたいと願い、与えたいと願い、働きたいと願い、尽したいと願う

それが素直な心の働きでなければならないのです。
 自己を偽り、強制することは真の善我ではありません。
 何故ならば、強いられてする行いには、何時も後で不快な気持ち、疲労を覚えます。
 その行為に喜びと満足感が付いて来なけらば
※1、それは善我ではなく、偽我なのです。

※1注。
 自己満足の為に、(自分を)善人と思いたいが為に、
(目的が自分の為から)善行をしようとすることを、天上界は戒められますが、
善我から出る、他を思う気持ちから自然に出る善行を為して、
他の善我の糧になる、真に他の成長の助けとなることに喜びを覚えるのが、
善我の本質であることを、ミカエル様は教えられております。)

 神と結び付く善に、苦しみや、悲しみや、功名心、見栄、虚栄は存在し得ません。
 もしそれがあれば、それは偽善なのです。善に基づく自然な心の流れ、が第一です。
 しかしこの心は、人々の間で互いに働かねばならぬものであるのは御存知でしょう。
 一方的に与えるだけ、受けるだけ、では、真の調和とは言えません。
 
受けるだけの人は我が儘になり、与えるだけの人、
そして感謝を充分に受けない人には空しさと疲労が来ます。
 そして自分を偽って善をなす
ー 偽我に変わるのです

 先に述べましたようにサタンは二月十三日に今度こそ永遠に存在せぬものとなりましたが、
日に、日本だけで五、六千人、全世界では約五万人の死者が出るのですから、
それも悪の魂を持った末法の世に相応しい魂ばかりで、天上界の仕事は増えるばかりです。
 しかしこの最後の審判の時は、その悪の魂を消滅してゆく時でもあり、
善なる心の人々が守りが豊かにあることを間もなく感じるようになるような時なのです。
 願わくばこの最後の審判が今までの乱れに乱れた末法の世に一つのピリオドを打つものとなり、
新しき心と魂と世界が生まれるものであれと、私達は祈っております。

 そして神に祈りつつ生きてきた信仰の人は、その神が私達天国にいる者である時、
心のやすらぎを覚えて頂きたく思います。貴方達に何の裁きも下らないからです。
 勿論その生涯を通して善と悪との秤に掛けられて後、裁きを受けるのですが


 後 継 者

 最後に私ミカエルが私の名誉にかけて誓い、又ここに断言致しますことは、
三次元の方々がこの書及びこの書の前の巻、即ち『天国の扉』を読まれ、
ご理解下さったと思いますが、この書の著者千乃裕子様が、
高橋信次氏の正当且つ合法的に天上界よりその任を与えられました後継者であるという事実です。
 只、サタンを欺く為、後継者の霊示は"女である"という以外は致しませんでした。
 それ故発表に混乱を生じたのです。

 これに関して、再び繰り返すようですが、
三次元或いは四次元よりの霊示で誤った情報が乱れ飛ぶ時期もありましたが、
それは一人高橋信次氏の自己の誤りを正当化し、
G会及びミカエル佳子嬢の教祖の地位を揺るがさぬとの、
自己保存の偽我の心より生じた企みに他ならないのです。
 高橋信次氏は昨年八月天上界の書である『天国の扉』を出します際に、
ある出版社に依頼のため御足労願った一正法者の方も御存知ですが、
高橋信次氏の保護の下に行かれて、実に五週間もの長い間の話し合いで結論が出ず、
遂に諦め、他の方にお願いして、たま出版社へ持って行って頂き、何と二週間でOKされ、
直ぐ出版手続きが為されたのです。
 ここに高橋信次氏の陰謀なくして何があったでしょうか。
 天上界の善霊が付き添う場合は、悪霊は手出しが出来ません。まして如来界の上位の霊なのです。

 そして心情としては理解出来ることではありますが、
四次元から千乃裕子様のお働き、
その価値、才能とパニャパラミッタによる智慧と本来の賢さによる判断の確かさ、
物事の処理の的確さ、などですがそれに日々接していられながら、
御自分の実子を後継者としておいてほしい、
霊能が優れ、学問をしさえすればいろいろなことが可能になるから、とお頼みになったのです。
 しかし、私は千乃裕子様の七歳の時よりお側におり、意識を通じて、
 日々賢明な方に育つようにお守りしております。ラファエル大天使もまた然りです。
 (霊道を開いた時、実はモンガラナーでなく、私が入ったのです。)
 その時よりこの方は後継者としての能力を与えられていたのですから、急にミカエル佳子嬢に、
と言われてもそれは不可能なのです。

 私は高橋信次氏の所へあの方が十八歳になられて初めて行ったので、
その後はあちらとこちらと両方を見守り、必要なことを為していました。
 千乃裕子様にはこのことは今初めて明らかに致しびっくりなさっていられますが。
 (高橋氏もこのことについては御存知なかったのです。)
 ラファエル大天使は千乃裕子様と土田展子様の両方をお守り致しました。
 大天使以上の次元の方々は同時に二人以上の方を守護し、意識も通じることが出来るのです。
 そして千乃様が七歳になられるまではエル・ランティ(エホバ)様が御自分の慈悲と愛の心、
人類愛と人間救済の使命感を与えられました。その為には一身を犠牲にしても厭わぬ尊い心です。
 身を飾ること、野心、競争心、見せかけの体裁、そのような意識は薬にもしたくないのです。
 何時も浄化された善 ー しかありません。

 そして今は三次元の多くの、信念を持ち、しかしながら己こそは正法の唯一の伝承者たらんと
自己満足にともすれば自己の位置を高みに置くのが当然といった人々の中で、
どうすればこれらの人々を天上界と結び付け、働いて頂くかと日夜心を痛めていられるこの方に、
人々に対する智恵をお教えしているのが、この私ミカエルとラファエル大天使なのです。
 でなければ高橋信次氏に操られ、この方が法を説く人々をまとめて天上界の仲介者として
正法流布の輪を広げてゆく使命を持っていられることを人々は無視し、
高橋信次氏でなければミカエル佳子嬢、でなければ誰か他の人にと、
決して千乃様をそうだと認めようとしない人々もいるのです。
 私には理解出来ない現象です。

 エル・ランティ様の申された言葉に次のような句があります。

 人 己を高しとせんは低きなり。
 低しとせんはこれ すなわち高き地位に置かるべき人なり。
 人 これを知らぬは愚かなり。
 愚かにしてそのむかうところを知らぬなり。
 
 向かうところは光なり。
 光の溢るるところこれ 天の国にして、
 天の国に入るべき人は
 すべて己を低しとせる人のみなり。
 その他になきなり。

 己に忠実なるは良きなり。
 然れども、偽善に終始するは愚かなり。
 偽善とは、
 人 その価値を認めぬにて、自ら高しと
 公言するものなり。
 その目するところ、これ 栄耀栄華を望む心にして、
 栄耀栄華を望むは
 儚(はかな)きことを知らざるなり。
 その向かうところは砂の楼閣のごときにして、
 手にしたるは、ただ崩れ落つる
 砂の城のごときものなり。
 空しきものよ。

と、これは聖書の中で、イエス・キリストの譬話として録されておるもの(※2)の原文ですが、
実はエル・ランティ(エホバ)様がお書きになり、
私がイエス様の意識を通してお話して頂いたことなのです。
 エル・ランティ様の人となりを知らぬ方は多くいられますが、
この方は、私達と同じく、ゼウス様に始まる数回の転生を経て、
すべて人の世の空しさ、成功、財の、天の財宝に比べれば、
(これは心の糧のことです。すべて徳を高める精神的遺産
 これを天の財宝と申します)
何の意味もない。
 それを御存知でいられたのです。

 これは勿論千乃裕子様に当てはめているのではありません。
 他の人々、我こそは正しき法を説くものなり、正しき霊示を受くるものなりと自負する人々。
 或いは、天の加護がある故にこの世での地位、名声、財を得ている、
と考える人々の為に申されているのです。


 そのように天上界は誰の為にでもあるのではなく、やはり狭き所であり、
すべての自我、我欲を失くし、執着を失くした人々の為のものであり、

一旦天上界に籍を置かれても、その行いが悪ければ最早天上界に属するものではなく、
この美しき国より追われる者であること。
 地上に築く神の国、ユートピアであり仏国土である所もやはりそうなるべき所であり、
そして三次元に於ける魂の修業、即ち厳しき人生を通して磨かれる心は、
四次元に於て豊かに実り徳高きものとして迎えられることを、
私は誓いと共にここに天上界高次元の意志と決意をお伝えするものです。

※2注。
「マタイによる福音書第十八章一節~七節」
 その時、弟子達がイエスの下に来て言った、「一体、天国では誰が一番偉いのですか」。
 するとイエスは幼児(おさなご)を呼び寄せ、彼等の真ん中に立たせて言われた、
「よく聞きなさい。
 心を入れ替えて幼児のようにならなければ、天国に入ることは出来ないであろう。
 この幼児のように自分を低くする者が、天国で一番偉いのである。
 又、誰でもこのような一人の幼児を、私の名の故に受け入れる者は、私を受け入れるのである。
 しかし、私を信ずるこれらの小さい者の一人を躓かせる者は、
大きな碾臼を首に掛けられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。
 この世は、罪の誘惑があるから、禍(わざわ)いである。罪の誘惑は必ず来る。
 しかし、それを来らせる人は禍である。」)

メッセージ" ミカエル大天使長
 汝等 地に住める人々よ。
 我等 この地に来たり、治めてより一万年、
遂に今日の審判の時を迎えるに至る迄、長き月日、
我等と共に在りし人々、あるいは亡き人々と、
我は今より後も 変わらず誓わん。
 必ずや美しき平和を来らせんと誓わん。

 されど汝等 この美しき地を愛し、大空を愛し、大海(みずうみ)を愛せるなりや。
 我等の地は美しき園にて、神の国と名づけられむ。
 そは美しき園なり。
 されど、汝等の園は園にても、悦楽の園にあらずや。
 命を奪う者はびこり、金銭の為 身を売る女多し。
 ああ そは、神の国とはほど遠きものにして、地獄の装いなり。
 これ 永遠に乱世のまま残らんか。
 滅びるままに置かれるは悲し。

 我等の来たりし日より 三億六千五百万年余。
 何と変わりしその姿よ。美しき花園でありし地球よ。
 我等は悔いて語らん。
 されどこの末法の世に 我等集いて語り、
如何に美しき園に戻さんかを、日々話し合いたりしが、
その報い さりとてなき事を 知りたり。
 彼等何ものをも受け入れず、神をも否定しいたり。
 否定とは 何の精神(こころ)にも基づかず、ただ 拒否しいたり。
 ただ少数のみぞ 我等を拒否せざるは。

 ああ この末期の世に 我等惑う者なり。
 如何に この人々に 我等語りかけ、呼び集め 語りかけ、
平和を説かんかと。
 されど我は 尚も誓わん。何時の日にか 必ずや平和は来たらんと。
 その時 再び汝等に地にて会い、語り合わん。喜びと共に。

天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法