「慈悲と愛」80年4月号 「イデオロギーの洗脳から自由な国家を守る為に」 ウリエル様
(「天上界メッセージ集(84年7月初版)」97頁掲載)
ミカエル様の後を受けて、今月は私ウリエルが私自身の角度から
日本の政情について語りたいと思います。
最近は、メッセージが政治、イデオロギー論に傾いておりますが、
この両者が離し難く混在する世界情勢に鑑(かんが)み、
正法がメスを入れるべき当面の課題であるので已むを得ず、
女性の方には読み辛い所を我慢してお読み下さるようお願いします。
勿論、女性とて現情勢下にあっては政治に無関心であってはならないのです。
まず皆様に取っても私達に取っても同じく資料となり、
テーマを提供するのは日々接するマスコミであるのは当然ですが、
世の識者は言うに及ばず、ミカエル様も繰り返し指摘されるように、
マスコミの提供する情報は各々の大脳の情報処理室で篩に掛け、
取捨選択して自らの指標としなければ、
到底目安となるべき一貫した正しい理論は与えられていないというべき観があります。
さる大学教授が言われるように
「記者はレポーターである。演説を止め、私見を控え、事実を語らせよ。」
という傾向が現れているならば大いに結構と申さねばなりませんが、
まだまだ色ははっきりさせるが、後は擬態といった印象を与えるもののようです。
毎日系は親ソ派、親左翼的な所が目立ってきました。
朝日系は共産党綱領にあるように「ソ連こそ我が祖国」
と考えて行動することを隠そうともしていません。
それは自由思想擁護の人々が、チクチクと皮肉る位では痛痒を感じぬ、
日々に露骨な反米的、反自由社会的且つ現実遊離の〝平和憲法″論の展開なのです。
なるほどこの点に於て前述のマスコミは一貫した理論を与えていると言えましょう。
しかし惜しむらくはその理論は誤ったもので正しくありません。
(注。左翼はこのようなユーモアを解しません。
私達が親しみを感じ、信頼の思いを抱く心とは、天上界の方々の心であり、
彼等自らが(芸術や文学を通して)伝えてこられたものでした。
天上界の方々がこのような方達であったことは本当に素晴らしい事だと思います。)
この機関誌上でも多くの論駁が彼等の非を指摘しつつ為されてきました。
私も同じことを為しましょう。
正しくないものは、正しくないとあなた方のみならず、世界中の人々に理解して頂く為です。
親ソ派、親左翼の人々やマスコミに対して、自由を愛するあなた方は何をなすべきか。
言論統制の国政が如何にも理想であるかの如き甘言と、貧者の救世主的擬態には欺かれず、
インドシナ難民の潔癖とイスラム教徒の頑固さを以て、
あらゆる共産主義思想家、活動家及び、亡国論、反国家論に過ぎない
"非武装中立"論者である社会主義者の非をなじり、
その諸活動を阻止しなければならないのです。
何ゆえか。
彼等は人心、思想、言論の真の自由を失うことについて無関心で、
彼等の信奉するものこそ、世界制覇の力の源であると信じ、
意識するとせざるとに関らず支配欲、権力欲に駆り立てられているのです。
何ゆえにか。
彼等は自由社会に於ては言論を半ば統制された状態に押し込められ、
彼等自身の偏った人心と思想の自由を充分に見出し得ないからです。
彼等は狭い周囲としか語らわず、
無批判に吸収するものは彼等のイデオロギーに関するものに限定し、
従って切り売りする知識と思想と言葉は単一偏向性を持ち、
彼等はかくして自由世界に住める身であっても
自ずと同志の人心、思想、言論の統制をしてしまうのです。
自由である真の祖国は異国であり、彼等は常に反体制側に在ることを意識しているのです。
そういう生き方に慣れ、且つ慣らされている彼等は、
その自由こそ資本主義社会のみにあるのであり、
共産・社会主義体制にもあるとの考えは一切誤りであると言われても真にその非を認めず、
認めたくない彼等は、体制樹立と主権奪回にあらゆる策を練り、智恵を絞るのは、
当然過ぎるほど当然の表れでしょう。
登山家はなぜ山に登るのか。そこに山があるからだ、というのと同じ単純な発想で、
彼等は自由社会が在るからその放逐に専念するのです。
それでは何故彼等は既存の社会主義国に住まないか。
そこに彼等の世界を覇する支配欲が存在し、戦いの勝者となる為の権力闘争と名付けるものが、
現存する所以です。
如何に理を以てしても説得し得ぬ彼等は、
イラン国民の如く信念に関して狂信、盲信のエネルギーを内在し、
平静を装うとも、抑圧された集団ヒステリー的病的心理が厳存するのは、
客観的に彼等の動向と論陣を分析してみればはっきると判る筈です。
即ち理論でも理屈でもなく、感情が彼等の活力及び持続力となっているのです。
イデオロギーを固持する為の感情的武具と表現するならば、
彼等は脅迫的に完全主義的にその路線に人々を従わせようとする結果、
論戦の生じる所は枝葉末節に拘るものであったり、非現実論を持ち出したり、
相手の持論や論拠を自分達のものであるかの如くすり替えたり、
挙足取りであったり、実に愚劣で幼稚な論戦にしか発展し得ないものなのです。
常に二者択一であったり、彼等のものか相手のものか、
基本的には協調点がなく、譲る所もなく、歩み寄りもない。
アフガニスタン侵攻に関する米ソの話し合いも、すべてその延長であって、
老獪なソ連は過去に於ける帝国主義的膨張政策に関して如何に社会主義体制の実現が不評を買い、
同国人、侵略国の大虐殺・大粛清が白日の下に晒されようと、
自由社会に地の利を与えたことがないように、決して米国に譲ることはないでしょう。
たとえアフガニスタン撤退が実現したとしても、
必ずその代償として他国が裏面工作により社会主義化されるのです。
何時になれば下手なゲームの進め方に自由諸国が気付くのか、私ははがゆくてなりません。
又、現在ほど賢明な識者や学者の諸意見が出尽くしている時もありません。
彼等は何を必要としているのか。
彼等は自由と祖国を必要としているのです。
そこはただ息をするだけで喜びがあり、歌があるからです。
それにもまして自由の価値とその意義を真に知るものであるからです。
日本独自の社会主義体制の夢は、国民の反応と非自主性を見る限り、夢の又夢であり、
テレビの左傾チャンネルを通じて放映される嬉々とした社会像や、義理人情劇の数々は、
社会主義体制となった時点で姿を消し、曾て軍国主義であった頃の単調で教育的、
統制的ムードが画面を独占するのです。
医師も学者も教育者も、現在の自由な生活が保障されると決して誤解してはなりません。
学問の自由も失われるのです。
芸術の自由はソ連からの亡命者の語る所を察して余りあるものです。
自由を愛する人々は左傾活動家(共産、社会の何れも)の甘言や擬態
(彼等自身も気付いていないかも知れない)に決して欺かれてはなりません。
そして、政府に賭けなければならないのです。政府の弱腰は何に起因するかと言えば、
それはあなた方日本国民が、自民党議員の汚職に対する制裁として共産党議員を増やし、
自民党の議席の過半数を割ってしまったからであることは覚えていられるでしょう。
多数決による国会の法案通過は民主主義国家に於ける常識です。
確かに以前の彼等の汚職振りは目を見張るものがありました。
しかしそれまでの国会は野党(共産党及び社会党)の暴走ぶりにてこずり、
公正などと言うものは見受けられぬ
野党の怒号と引き摺り下ろしに終始したのはあなた方のよく知る所です。
国民を満足させる討論や話し合いは見受けられぬ無法国会の連続でした。
しかしこれは左翼の用いるアジテーション(煽動)という策に過ぎず、
政府にのみ完全を強いる野党と、彼等の術策に落ちた全国民の看視の中で、
自民党は自主性を次第に失っていったのです。
現在共産党を除く野党は連合政権構想を練り、数を頼んで"打倒自民"の方針を打ち出し、
自信に溢れて政府突き崩しに歩を進めています。
にも関らず政府が譲歩を余儀なくされるのは、数に於て党方針を貫けないからであって、
決して野党の大半のように"平和病"に冒され、
精神的無脊椎症から平和憲法に基づく非武装中立派に転向した訳ではないのです。
表面に現れているのみで判断するのは正見・正思ではありません。
必ずその裏に隠されているもの、隠れているものを見通さねばならないのです。
野党も非武装中立を唱えるのは、自由主義国家に軍備を与えると、
社会主義体制樹立上の妨害になるといった考えに基づくものであると、
某氏が某国で放言したということが露見しているのです。
運動以外はすべてに怠け者のセクト学生が、先日〝徴兵制反対″のビラを撒いていました。
ソ連では出来ないことを。
あなた方が、国の安全と自由を欲するならば、
現在それを実現してくれるのは自民党しかいないのです。
良案であれば民主党も新自由クラブも二院クラブも加わってくれるでしょう。
公明党は社会党寄りであり過ぎ、信用出来ません。
あなた方日本国民が亡国論者でもなければ敗北主義者でもないならば、
唯一の社会主義による世界制覇に抗し、自由を勝ち取る道は政府自民党の議席を増やすこと、
如何に中傷が野党から流されようとも、
田中角栄元首相その他のような意志の弱い汚職議員の選出は止めて、
誠実で信念ある自民党議員を選出する ー
それが現在の政情下にある国民として唯一の"国を守る"方法であり、手段なのです。
国民が如何にマスコミや世論に訴えて国会を動かそうとしても、
議会制民主主義制の下に行われる国会は、衆、参両院とも多数決によってしか国是は確立せず、
法案は通過しないことを改めて認識し、理性的に事を処する以外にありません。
共産党員は現在四十四万人、機関誌『赤旗』読者は三百五十三万人。
市区町村議員などの地方議員総数は三千五百九十八人で、党として史上最高記録、
自民党に次いで第二党であると報じられており、
この脅威は北海道民を脅かすソ連の軍備増幅強化と共に、
自民、共産間の力のバランスが現実に崩れるまでは脅威と考えないような、
無神経な態度であってはならないものです。
共産、社会党双方に人心を非常に巧みに操り、詭弁述に長け、論述を鍛えております。
ミイラ取りがミイラにならぬように彼等を説得することは断念し、
現実の社会主義国の実情のみを脳裏に浮べ、
自由を愛する人間として断乎として亡国的思想からは自らを制して遠ざけるべきでしょう。
目的が誤っている以上、彼等の温情や奉仕は、偽善にしか繋がらないと心に言い聞かせ、
義理人情に流され、共に祖国を失うような愚挙にはくれぐれも出られぬよう、
私ウリエルから重ねてお願い致します。
天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法
- 天上界メッセージ・エッセンス(はじめに)
- 天上界メッセージ・エッセンス 目次
- これからメッセージを読まれる方へ
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 一節 天の救いの歴史
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 二節 天の奇蹟について
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 三節 人類の歴史と共に天の伝え続けた教え、正法とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 四節 正法に適った生き方とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 五節 天の指導と方針
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 六節 サタンによる天の計画の妨害
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 七節 天上界の一員として神と共にありながら悪魔となったサタン・ダビデの人格(悪の想念)
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 八節 サタンの妨害と戦いながら、天の為した救いの業
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 九節 現代に現われた神々が、神として語るとは何を以て言うかを証された
- 第一部 天の教え 第二章 最後の審判 一節 最後の審判の背景
- 第一部 天の教え 第三章 善我(神の心)を見失わない為に 一節 苦しみに神の信仰を見失う時、神の心に繋がる良き思いが失われる
- 第一部 天の教え 第四章 天上界に愛される人格 一節 天上界の良しとする、愛される人格とは
- 第一部 天の教え 第五章 德(心の糧) 一節 真理は神の霊から齎される
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 一節 徳の観念を悟れず、知識のみに留まる者
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 二節 真理
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 三節 愛
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 四節 正義(悪に立ち向かう)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 五節 信じること(信義)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 六節 理性
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 七節 ユートピア建設
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 八節 使命感
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 九節 中庸
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 十節 偽我から生まれる観念
- 第一部 天の教え 第六章 備考 一考察
- 第一部 天の教え 第七章 現代に於て初めて証された真理 一節 霊について
- 第一部 天の教え 第八章 宗教 一節 宗教の誕生
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 一節 共産主義とそのシンパ
- 第一部 天の教え 第十章 病の分析と治療への助言 一節 精神面
- 第二部 神と人類の交流 第一章 天上界の世界 一節 神々の紹介
- 第三部 神から授けられた正法 第一章 正法を信じる
- 第四部 天への思い 第一章 天への信義 一節 真の神に帰れ
- おわりに
- 天上界メッセージ・エッセンス(ダイジェスト版)
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅰ巻 目次
- 第一部 「天国の扉(77年12月出版)」より 第三章 ある日の高校生クラスの討議より
- 第二部 「天国の証(78年8月出版)」より 巻頭 詩 最後の審判 千乃裕子
- 第三部 「天の奇跡」第一章 (天上界への質問と解答)
- 第四部 「天国シリーズ」巻頭メッセージ
- 第五部 現象テープ 一九七七年の約束(天上界よりの通信) ミカエル大天使長
- 第五部 現象テープ No.4「ある日の高校生クラスの討議より」
- 第五部 現象テープ No.7 「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ①ミカエル大天使長様
- 第五部 現象テープ No.7「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ②イエス様
- 第五部 現象テープ No.8「正法講座」 イエス様
- 第五部 現象テープ No.10 ① 「正法を学ぶ人の為に① 天の方針」 ②「新天王の宣誓」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.11 ①「正法を学ぶ人の為に② 業(カルマ)について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.12 ①「正法を学ぶ人々の為に③善我と偽我について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ①「この場に集ったあなた方の何を信じて、私達が語り掛けているのか解りますか」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ②「神を畏れるとは」 ウリエル様
- 第五部 現象テープ No.17①「愛について」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.18 「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.19 「宗教と人間との関係について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.20「再び愛について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.21「原罪について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.23「心の美は」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.24「あなた方が賢くなる為に、私達が与えるものとは」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.25「天国語の語源について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.26「良き人間関係について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.27「正法流布について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.28「自己犠牲について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.29①「愛と信仰」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.31「天上界による質疑応答(天上界の見解)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.32「物の考え方について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.33「天上界による質疑応答(慈悲について)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.34 ①「天による現象と霊体の構成」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.35「クリスマス・メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.36「消滅について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.37「メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.38「ユートピアについて」 ①ウリエル様
- 第五部 現象テープ N0.40「天上界からの苦言」 ①ガブリエル様
- 第五部 現象テープ 欠番 「正法を守る」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 機関誌「慈悲と愛」(78年11月創刊号から79年12月号まで) に掲載された天上界メッセージ 「慈悲と愛」78年11月創刊号 ①「神の恵み」 ガブリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年1月号「霊の能力について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年2月号「最後の審判」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年3月号 ①「精神的成長の齎す愛の昇華」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年4月号「民主主義と共産主義」 ウリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年5月号「天上界の意志と世の人々に望むこと」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年6月号「至高の徳」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年7月号 ①「思い遣りと尊敬について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年8月号「動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年9月号「再び動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年10月号「人間の冷酷さ」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年11月号「天上界を軽んずる正法者について」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年12月号「天の真理を、意志を伝えた言葉」 ラファエル様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅱ巻 目次
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年2月号「政治理念」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年3月号「国防に無責任且つ無節操な政府を作った原因」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年4月号「イデオロギーの洗脳から自由な国家を守る為に」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年5月号「時事問題(前編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年6月号「時事問題(後編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年7月号「天上界が政治に介入する理由」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年9月号 ①「正法者間の親和力の足りなさについて」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年10月号 ①「GLAが天上界からの警告を理解し得なかった理由」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年12月号「善意から出る嘘と悪意からの嘘の人に齎すものとは」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年1月号「悪霊が滅ぼそうとするもの、天上界が守ろうとするもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年1月創刊号「"希望と愛と光"の意味するもの」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年2月号「宗教の弊害について」ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年2月号「道を誤った日本への警鐘」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年3月号「動物の中に生き続ける真の愛」 パヌエル様
- 「希望と愛と光」81年3月号 詩「ファンタジア」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年4月号「サタンの道を行くローマ・カトリック教会」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年5月号「怒りについて」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年5月号「人の気持ちを考えるとは」 ウリエル様
- 「 JI 」81年6月号「信じるということについて」ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年6月号「人に良く見られたいという心」 ラファエル様
- 「 JI 」81年7月号「ユートピア建設について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年7月号「天上界の美しさについて」 ウリエル様
- 「 JI 」81年8月号「理性について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年8月号「赦しについて」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年9月号「己を知った先にあるもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年9月号「慈悲について」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年10月号「奇跡について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年10月号「愛を受ける方法について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年11月号「強さについて」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年12月号「何故魂の研磨が難しいか」 ウリエル様
- 「 JI 」82年1月号「正法者について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年1月号「物の考え方について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年2月号「柔軟な心について」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年2月号「悪霊の甘言に騙されて天に背反した者達の偽我」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年3月号「正法の伝える真理とは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年3月号「判断力について」ラファエル様
- 「 JI 」82年4月号「正法を如何に役立てるかを考えるのは、人を生かそうとする思いから来ます」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年4月号「自由な心について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年5月号「使命感の本質について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年5月号「慈悲について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年6月号「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」82年6月号「心に安定した支柱なき者」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年7月号「天と共にあるとは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年7月号「正法を学び、見出した真の道を本当に歩いてきたのですか?」 ラグエル様
- 「 JI 」82年8月号「暖かい心と冷たい心」 ラファエル様
- 「 JI 」82年9月号「天を信じると言う人々は何を以て、その信仰の根拠であると天に証するか」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年10月号「人を愛する者へと導くのが神の愛であり、人を幸福の内に留まらせるものではない」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年11月号「天の戒めである"姦淫するなかれ"の真の意義について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年12月号「天の徳に生きんとする者が天の導きを知る」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅲ巻 目次
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様
- 「JI」83年2月号「義人の陥る不寛容という偽我」 ラファエル様
- 「JI」83年3月号「自ら神に等しくならんと努める人格とは」 ラファエル様
- 「JI」83年4月号「共産主義者の心の世界」 ミカエル大王様
- 「JI」83年5月号「優しさと慈悲魔の違いについて」 ラファエル様
- 「JI」83年6月号「人を信じることとは」 ミカエル大王様
- 「JI」83年7月号「一箇所に留まらない進化する精神とは」 ラファエル様
- 「JI」83年8月号「正しく躾を、指導を与えなかった保護者、社会人の義務感の欠如」 ミカエル大王様
- 「JI」83年9月号「嫉妬心について」 ラファエル様
- 「JI」83年10月号「神の与えた戒律」 ミカエル大王様
- 「JI」83年11月号「神を捨て、共産主義を信じて得た理想郷とは地獄のことであった」 ウリエル様
- 「JI」83年12月号「精神面の成熟に無知、無関心となった原因」 ミカエル大王様
- 「JI」84年1月号「天と共に働くことが出来る者とは」 ラファエル様
- 「JI」84年2月号「共産国の傀儡(エージェント)と化した全国紙」ウリエル様
- 「JI」84年3月号「他を救おうとする心が人を価値あるものにする」 ミカエル大王様
- 「JI」84年4月号「天の望む神の子に相応しい人格への成長と悟りとは」 ミカエル大王様
- 「JI」84年5月号「神に愛されぬ人生を生きて、何の喜びがありますか」 ミカエル大王様
- 「JI」84年6月号「神との関係か人との関係のどちらかしか大切に出来ない人」 ミカエル大王様
- 「JI」84年7月号「正法者の性格について思うこと」 ラファエル様
- 「JI」84年8月号「次期天王の予告、及び神(現天上界)が最後のメシヤであることの真意」 ガブリエル様
- 「JI」84年9月号「善霊に禁止されている霊現象を行うのは悪霊以外にないということ」 ミカエル大王様
- 「JI」84年11月号「正法の目的を、魂の研磨を忘れてまで霊能力に夢中になる正法者」 ラファエル様
- 「JI」84年12月号「世の終わりを来らせるもの」 ガブリエル様
- 「JI」85年1月号「人間の知性が滅びを求める時、天もそれを救い得ない」 ウリエル様
- 「JI」86年1月号「ノイローゼの原因」 ラファエル様
- JI」86年2月号「病的性格と未熟な精神」 ラファエル様
- 「JI」86年4月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(1)」 ミカエル大王様
- 「JI」86年6月号「ノイローゼ克服への助言」 ラファエル様
- 「JI」86年7月号「真の人格の向上に繋がる学問への向かい方」 ラファエル様
- 「JI」86年9月号「再び思い遣りについて」 ミカエル大王様
- 「JI」86年10月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(2)」 ガブリエル様
- 「JI」86年11月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因 (3)」 ガブリエル様
- 「JI」86年12月、87年1月合併号「天の方針」 ガブリエル様
- 「JI」87年3月号「共産主義に蝕まれた社会の現状」 ラファエル様
- 「JI」87年4月号「老人性痴呆となった者に表面化する(精神的障害の原因となった)歪んだ性格特性」 ラファエル様
- 「JI」87年5月号「天の証言(イエス様を通じてのサタン・ダビデの布石)」 ガブリエル様
- 「JI」87年6月号「弛緩した精神に蒔かれるリベラリズムという悪魔の種」 ラファエル様
- 「JI」87年7月号「"幸福の科学"の霊言は、総て天上界を貶めんが為の悪霊によるもの」 ミカエル大王様
- 「JI」87年8月号「既成宗教に安住する国々にとって受け入れ難い天の真実」 ガブリエル様
- 「JI」87年9月号「社交性やユーモアの解せないのは、精神がまだ成長途上にあるからです」 ラファエル様
- 「JI」87年12月号 「人の善意を信じず、自らの偏見を正当化する者」 ガブリエル様
- 「JI」88年1月号 「劣性遺伝子を持つ者が子供を産むことの問題について」 ミカエル大王様
- 「JI」89年1月号「精神病と霊障との差異について」 ラファエル様
- 「JI」90年3月号「夫婦間の思い遣りについて」 ラファエル様
- 「JI」92年1月号「再び偽我について」ラファエル様
- 「JI」93年1月号「魂の研磨で手にした智慧と信義と慈愛を持って、私達の下に帰って来なさい」 ガブリエル様
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様