第二部 神と人類の交流
第二章 (霊道の開かれた)古代人類に証された神の顕現と御意志、
及び真実を封印されるのも、
その解かれるべき時にそれを為す者(現天上界)も神である。
預言されたものを成就するは神であることを、神の証するに時があることを、
神が現れる時、人類は悟るであろう
二節 現天上界と古代イスラエル(「天の奇蹟」より)
アブラハムを通して天がヘブライ民族を神の民へと導くより昔、
彼等の生きたメソポタミアとは、天の計画の下、
全天上界が初めて人類の善導へと乗り出した所でした。
この地方に興きた国々の王を天上界は指導し、
賢王によって偉大な法が、文化が生まれました。
その後、イスラエルのユダヤ民族によって作られた聖書の創世記は、
ラファエル様の証言(※1)にあるように、天上界が働き掛けましたが、
その内容は、明らかに、メソポタミアのバビロニア王朝の時代に作られた、
宇宙創世記の話が土台になっています。
バビロニアでイスラエル(ヘブライ)民族が奴隷となった時代に、
バビロニアの文明をヘブライ民族が学んでいたことを著者は指摘しています。
(※1注。
「天の奇蹟・上巻」 第二章 創世
著者の質問へのラファエル様の解答より
「旧約の創世記の天地創造の由来が、
アメリカの一天文学者によって、現在は天文学者間の多数派見解となっている宇宙生成因の、
宇宙大爆発説と似通っていると主張されているそうですが、
実は私達がベー・エルデ星における科学界の通説を、
ここ地球に於て前二千五百年の聖書編纂者の意識に働き掛け、
書かせたということを改めて公表致しましょう。
神学的叙述が実は科学者の知識に支えられたものであったことをあなた方がお知りになれば、
宗教と科学はさほど遠い所にはないことに益々確信を深め、再認識をされるでしょう。※1注終)
天上界の高次元の霊が合体し、彼等の意識が伝わる、
彼等の齎す善の意識に目覚めることが可能になるまでに、
地球人類が進化した時(およそ一万年前(※2))より、人類の文明が開かれました。
(※2注。
「天の奇蹟・上巻」岩間文彌著 15頁
「洪積世から沖積世に移行するころ、文化的には旧石器時代から中石器時代へと変るころの、
今から約一万年前に、旧大陸南部の温暖湿潤地方で、狩猟採取の不安定な生活を脱した、
農耕牧畜の安定生活が開始されます。
人々は村落を作り、植物を栽培し、家畜を飼い、土器や織物を作ることなどにより、
自然を利用・コントロールするという飛躍的な進歩が人類に訪れたのです。
このころ無限の時を経て、生物進化の道程を見守っていた霊としてのベー・エルデ星人による、
人類の合体が試み始められたと「天国シリーズ」では明かされています。」※2注終)
メソポタミア地方に興きた国々の王に天上界の神々は合体し、
天上界の御意志を実現していきます。
神の法を以て民を治めようとした賢王(ウル・カギナ、グデア、ウル・ナンム、ハンムラピ等)
により"繁栄と秩序ある社会"が齎され、現代に繋がる文化が生まれました。
しかし賢王がなくなった後、王によって明らかにされた知恵を学ばなかった国民は、
やがて他国の侵略に耐えることが出来なかった。
如何なる民族も、自分の民族を愛していますが、その愛がどのような心に根差しているか、
自己愛に根差した民族愛は、他の民族を破滅させようと、
自らの民族の繁栄を、他の民族に君臨する権力を得る為なら、
他の民族の悲しみの感じない心に徹することが出来る。
サタンはそのような心を満足させる邪念を注ぐことが出来たのです。
偉大な法によって治める国家を天上界が築き上げても、
自己愛に根差した民族愛を以て自らの民族のものにせんとする侵略国家に、
耐えることが出来なかった。
偉大な国家がメソポタミアに生まれましたが、すべて滅んで行ったのです。
天上界に導かれた賢王に権力が委ねられた時、健全な国を治められても、
その民を神の民に導くことは出来ない。
何時の時代にも天に繋がる叡智によって国が治められるには、
民が神の知恵に生きる、神の意志に従う心を育てるしかない。
神の存在を、神の導きを信じる民を作る為に、一民族を神の民へと導く、
神の民によって神の国を作らせる、それが天上界の計画となりました。
"神の国を求める心"
自己愛に根差した民族愛は、善悪を判断する理性を育てない、
その理性こそ神の心であり、愛に生きる心こそ人の求めるべき心であることを理解されない、
神の思いの伝わることなくして、どうして神の心を、存在を信じ、
神を求める心に生きることが出来るでしょうか。
善悪を問う知恵の現れる理性(心)を育てる為には、
すべての人が神の法に裁かれる、理性の知る善のみが善である、
理性に従わず自己保存にとっての善は、理性による神の判断の前にあって悪とされることを、
理性が神の御心であることが理解されねばならない。
神が善であると、悪を憎むのが神であると、
神を愛する心とは善を愛する心である、故に善に生きれば神に愛されると信じられる、
神の心を知り、神の心に生きるを以て神に愛されていることを知る、
神への愛に根差した民族愛へと導くしか人を悪から、
また自らの内から来る悪から守ることは出来ない、
神への愛に基づいた民族愛へと天上界は導かれましたが、
神への愛を見失った人々は、選民意識という自己愛に堕ちて行きました。
善を愛する、神を愛する心にあってのみ(自己愛に生きるを善とする)
悪に打ち克つことが出来るのでしょう。
神への愛とは、神を父と愛する素直な心の中にのみ満たされる思い(※3)に他なりません。
ガブリエル様は、イエス様を、ブッタ様を先輩と思えばいいと仰しゃいましたが、
イエス様が、ブッタ様が歩んだ道を私達が歩むことが出来ると教える為に、
彼等を先輩と思えば良いと、彼等が天を信じたように、私達も天を信じることが出来る。
天を信じる心を、天へと導くことが彼等には出来る、イエス様をブッタ様を導いたように、
ガブリエル様はそう仰しゃっているのです。
天を信じて歩めばイエス様やブッタ様のような心へと成長することが出来ると、
一歩も歩もうとしない私達に呼び掛けられたのです。
それ程の成長を彼等は私達に望まれているのです。
彼等が為そうとしてきたこの世に神の法を齎す為に、神の国を作る為に。
彼等の思いが全く理解できない、何時までも全能の神の庇護の下に子供でいることが、
天の愛するのはそのようなは幼児だと理解する宗教を、
神の心を伝えようとしない、神の計画を阻むものと、
神に与ることを望んでいないと見限られたのです。
現象テープ№27 「正法流布について」
80年8月11日 ガブリエル様現象より
「心が挫けそうになった時は、イエス様のことを思いなさい、ブッタ様のことを思いなさい。
あなた達の偉大な先輩なのです。あの方達を、メシヤとして崇める必要はないのです。
正法者とはそのようなものです。
あなた方の先輩だと思えばいいのです。先人達は、偉大な足跡を残してゆきました。
そしてあなた方も今、その足跡を記そうとしているのです。
今はまだ、それが解らないかも知れませんが、時が経てば必ず解るでしょう。」
(※3注。
「天の奇蹟・上巻」 第一章 ヘブライ民族揺籃の地・メソポタミア
著者の質問へのラファエル様の解答より
「神という超人的力を備えた人格神に、如何なる時も救われるという希望を持ち事を為す時、
人は父親に守られた子供のように日頃出来ぬこともやる勇気が出ます。
聖書は正にその勇気を得た子供の日記でもあるでしょう。」
(イザヤ書第六十三章一四節)
月読尊の証言
ー 谷に下る家畜のように、主(ヤーウェ)の霊は、彼ら(島のユダの民)をいこわせられた。』
このように、あなた(ヤーワエ)はおのれの民を(島に)導いて自ら栄光の名
(再臨の救い主達による証言の場)をつくらせた。
どうか、天から見おろし、その聖なる栄光あるすみか(天上界)からご覧下さい。
あなた(ヤーウェ)の熱心と、大能とはどこにありますか。
あなたの切なる同情と憐みとはおさえられて、私にあらわれません。
例いアブラハムが我々(島のユダの民)を認めなくても、あなたは我々の父です。
主よ、あなたは我々の父、いにしえからあなたの名は、我々の贖い主です。ー
(イザヤ書63 14~16)
「マタイによる福音書(第二七章 四六節)」
「(十字架上での死の直前)イエスは大声で叫んで、
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。
それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」
神の愛を強く求めた魂は、善を求める魂であった。
真の神の愛を知った魂は、真の愛を、愛する心を求める魂となった。
愛を信じ愛を求め愛に生きる魂は自ら愛を与える魂へと成長するものであった。
与えられる愛に溺れ、成長する意志の育てられなかった魂は、
偽りの愛を与えられてきた者なのでしょう。
人が神(の愛)を求めるのは、悪に苦しめられているからであり、
神を求めるのは悪を滅ぼすことが出来るのは神(に繋がる心)だけであると知るからです。
(神が悪魔を滅ぼされたことを私達誰もが知る者になったのです。)
彼等の善を愛する心を育ててきたのは父なる神であることを知るからです。
自ら(の善の心)を救う為には、神に与ることなく
(悪魔に繋がった)悪を滅ぼすことは出来ないことを知っているからです。※3注終)
(一) 創世記
人類の前に現れた神と偽りの神、自らを導く者を人は神とした。
悪魔に導かれた者は、悪魔の心を以て彼等に与えられた神が唯一であると信じた。
真の神の与えた宗教を学びながら、
神を心を見失った現代の信者もまた、悪魔に心を許した者である。
何時の時代も、真理は真理に生きる者によって伝えられる。
聖書の言葉は死んだものであるか、
聖書に真理を証された神が、真理は今も不変であることを証される。
「天の奇蹟・上巻」 第一章 ヘブライ民族揺籃の地・メソポタミア 102頁
著者(岩間文彌)の質問へのラファエル様の解答より
「聖書は一般に三次元で知られているように、一民族の歴史でもあり宗教書でもあります。
又、神と人との契約の履行が如何に正確に為されたかを述べ、
それを神と人との大いなる絆と互いへの信仰即ち信義の証として、
神を信ずる者同士の心の支えともし慰めともしてきた書です。
旧約新約を通じて貫かれた神の愛と、人の神への絶対的信仰が読む者、信ずる者の力となり、
励ましともなってきた証言の記録でもあるのです。
(中略)
勿論この聖典を伝えた民族が文化が低く、大部分が稚拙な表現や、
ヘブル人特有の民族性、習慣を通じて伝えられたものであろうとも、
私達天の与えた真理は永遠(聖書は神の言葉だけを聞いたのではなかった。
神の如くに語りかけたサタンの言葉も聖書記者は神と信じた)のものであって、
私達がそれを否定する者では決してないことは、
イエス様が旧約の律法を否定される立場になかったと同様のものであると
理解して頂かねばなりません。」
聖書の創世記は、バビロニアの創造神話を、またアダムとエバの物語も、
メソポタミアの「アダバ神話」を基にして作られたことを天上界は証言されています(※1)。
天上界は聖書の編纂者の意識に働きかけられたとのことですが、
聖書を編纂した人々は、神から聞いた言葉であると自覚してその言葉のみを書いた訳ではなく、
自分の理解したことを書いてもいました。
「聖書記者が想像で天の使いを登場させる場合があり、後に創作部分を知り、
時には楽しみもし、困惑もしました。」とラファエル様は仰しゃっておられます。
(※1注。
「天の奇蹟・上巻」 第二章 創世 193頁
著者(岩間文彌)の質問へのラファエル様の解答より
「アダムは実在の人物ではありません。
シュメール最古の町エリドウの祭司王アダパ物語は一介の漁夫が祭司王になったいきさつを
一つの訓話風に作り、伝えておりますが、
そのアダパ物語と「エンキとニンフルザクの神話」をヒントに、両者を合わせて
アダムとエバの物語を作ったことは明らかです。」※1注終)
聖書に書かれた言葉、聖書記者の聞き取った言葉は、天上界が伝えたものもあれば、
聖書記者自身の心を聞いたに過ぎぬもの、神の如く語りかけたサタンの言葉もあったのです。
ラファエル様は元七大天使が聖書を知るようになったのは、
五、六百年ほど前からに過ぎなかったことを語られています。
聖書とは、すべて神からの言葉だけで書かれたものである、
真の神を知り、偽りの神を見抜く神の知恵に溢れた聖書記者によって書かれた
もののように思われているようですが、中にはサタンが入り込んだことを悟らず、
神の思いであるとの確信を以て聖書に書き込まれているものがあることを
天上界は証されています。
善に反する悪を悪と認めない、善と認めさせられたら、
神の言葉と共に、悪魔の言葉が聖書の中に在るのに、
聖書には神の言葉しかないから、すべては神の言葉であると、
明らかに神の言葉、神の思いに反する言葉を神の言葉と受け入れさせられたら、
善悪を峻別する理性の働き、善を愛し悪を憎む意志は抑えつけられるのであり、
理性が衰えれば、首を擡げて来るのは、心の核に生きる自己保存の本能
【から自らを救うのは本能を生かす理性によるしかない、
理性を失えば本能に滅びるのが人間である、
動物は本能を従わしめる自然の法則に従う理性
(これは自己保存の本能を支配する高次の本能といえる理性の如き心です。
動物に宿る愛はこの心です)を人間は失ったのであり、
その代わりに獲得したのが前頭葉という、
新たに一生をかけて開発される大脳新皮質でした】しかないのです。
自己保存の本能は、満たされぬ心の苦しみから逃げようとする、心を満たそうとする思いであり、
欲望へと、自分さえ良ければよいという心は最も満たしやすいのであり、
理性の思いを意識から追い払う、
理性の心に嫌悪するまでに堕落しても自己愛が目覚めることはない。
"神を信じる者が、ダビデの心を神の心の一面であると、
そのような心が聖書の伝える神の心であると信じる時、神を愛する者の心はどうなるであろうか"
「天国の証(エル・ランティの章)」より
「何よりもあなた方に申し上げねばならぬことは、四次元と三次元の縦の繋がりが、
今までサタンの続出と妨害によりもう一つ上手く行かなかったので、
地上にユートピアを築くことが単なる理想として終っていた、
ということを告白致さねばなりません。
私自身も直接あなた方に話し掛けることにより
地上との心の交流を増やそうと心掛けてきましたが、
その度にサタンの巧みな妨害により、
旧約の時代には私についての歪んだ伝説が作り上げられ苦労を致しました。
神の怒りとされたものの中にはサタンの破壊も混じっていたのです。」
ダビデは聖書に、エホバ神とは別の神が存在することを、
それはエホバ神に勝る神であることを書き込もうとしたのではありません。
勿論、それは神に抗う存在であることを自ら認めることであり、
エホバ様が、天上界が許すようなことは絶対にあり得ないことであり、
聖書を神の書であると信じ、神を愛する者は拒絶するでしょう。
また天上界がそのように導くでしょう。
そのような書物を編纂する者はサタンに支配され、天上界を裏切った者として切り捨て、
新たに信用できる者を立てて神の意志を伝えたことでしょう。
(天上界が現代の日本からメッセージを伝える為に天上界が指導された中野裕道が、
サタンに支配され天上界を裏切り、メッセージを「日本神学誌」から締め出した時、
エル・ランティ様はサタンに屈しなかったし、後に続く者を天上界は導いていました。
サタンの如何なる妨害にも屈しぬ意志の下に天上界は計画を進められます。)
人の人格には長所があり短所があります。
その長所から信頼出来る、愛することが出来た時、
その人の心を受け入れた時、心が満たされた時、その人の短所を知っても愛することが出来る、
長所の人格と短所の人格がそれぞれ別の人間の性格であるとは信じられないでしょう
(現実の世界は信じようとしませんが、
悪霊に憑依された者は、明らかに別人格(悪霊)の性格が現れます。
心理学は多重人格であると、一人の人格としてしか認識しませんが、
周りの人間がそのような認識を強要されれば、それを信じる者が性格を破壊(分裂)させられる、
多重人格になってしまうのではないでしょうか)。
神の心(長所)と悪魔の心(短所)を持つのが唯一の人格神である神の心であると、
聖書を神が書かれた書であると信じる者は受け入れてきたのでしょう。
神の人類愛を信じることで、神の子を十字架に掛けようとしたサタンの心を、
神の心として信じてしまったではありませんか。
善悪を、真の神の心(善)と偽りの神の心(偽善)を判断する理性を失うことになったのです。
サタンの心を神の心として聖書に書き込むことで(※2)。
"サタン・ダビデの目論見"
人類の神への信仰が本物であるか、神が信じるに値するものであるか、
天上界の為に人類を試みるとの名目で、試みる者として、神々の一員として、
サタン・ダビデは天上界に、神の傍らに在りましたが、
その心に、やがて天上界を滅ぼした時、
自らが神になることの企てを隠し持っていたのが、ダビデでした。
天上界の計画を知ろうとし、その計画を成功させることになると天上界を信じさせることで、
天の計画に参与する。
試みの名目で、神に導かれた者を堕落させようと、神の計画を破壊しようとしたのですが、
それだけではなく、自らの計画を目論んでいたのです。
それは天上界を滅ぼした後、
ダビデが神に、ダビデの支配する地獄界が天国に取って代わろうとも、
それまで信じてきたエホバ神である、天上界であると疑うことなく、
ユダヤ教徒が、キリスト教徒が盲信する(※3)心に、
悪霊の支配可能な理性なき心へと導く為に、善悪の判断する理性を失わせる、
絶対神であると信じさえすれば、神が如何なる心であろうと盲信するようになり、
真の神の本当の愛を理解することよりも、
絶対神に愛されることだけを求める心、自己愛に留める、
精神の成長が奪われれば、真の神の心が理解出来ず、
サタンの誇示する力を信じ求めるように信者の心を支配することが出来る、
そのようにサタンは考えたのではないでしょうか。
"サタンの目論見に従った人類の心はどうなったか"
共産主義者になったユダヤ教徒が、キリスト教徒がいた。
サタンは聖書に神を求める者に、天に向かって開かれた心に悪の種を植え込むことが出来ると、
サタンの心を信者に受け容れさせる為に、
同じ一人の神の心の一部として、真の神、エル・ランティ様の心と共に、
自分の心もその一部である、一人の人格神として自分(サタン)の心をも
人類が受け入れるように導こうとしました。
聖書の中に神として、サタンの言葉を書き込みました。
絶対の力を以て人を従わしめるのが神であると信じさせることが出来ると、
善なる神を愛する心を、力を愛し求める心に変えることが出来ると、
サタンの怒りに人々は神の力を知り、恐れさせることが、
悪魔の心を神と敬う心に変えることが出来るとダビデは信じた。
サタンは、神を求める者を堕落させる為に、神の書である聖書を利用しました。
聖書の中に神を求めたユダヤ教徒は、キリスト教徒は、
サタンに撒かれた悪の種を実らせ、邪悪を愛する心になりました。
邪悪な心から生まれた思想を愛するようになりました。
真の神の心を憎む悪魔の心になりました。
善悪を判別する理性を失う、悪魔の心と神の心の違いを知らぬ、区別を付けられぬ心とは、
神は愛であると信じる心は虚栄心に過ぎず、すべての思いは自己愛から来るもの、
自分に注がれる愛しか理解できない心です。
心は成長することがない、真の神の愛を理解し得ぬ心です。
サタンの心に神を見る心とは、
キリストを十字架に付ける為に、キリストの犠牲は人類の神の愛を目覚めさせると、
神の子の犠牲の先に神の愛があると、神に生きる心へと神に導かれていると、
サタンの虚言を信じた心は、理性なき心、神の心なき魂です。
(※2注。
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 169頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
「黙示文は捕囚期の頃に確立されており、それを変化させて伝えられました。
しかし事は単純ではなく、サタン・ダビデも片方で同じ人々に
天意を歪める霊示と黙示を与えました。
他方では更に支配者をしてクリスチャンの迫害に拍車を掛けさせたのです。
例えば天上界の(エル・ランティ様の)霊示や黙示は"モーセの黙示録""モーセの昇天"
"パウロの黙示録""エノク書′′"ダニエル書"知恵文学全般に"トビト書"など。
サタン・ダビデのものは"エズラ書""バルク黙示録""モーセの遺訓""ヨブ記"
"ヨハネ黙示録"などで、ゾロアスター教の(伝える)真の天上界の姿を歪めたもの、
異常な形での狂信を強いるもの、神を信じる者から理由なく生命と血を求めるもの
等が判断の基準です。
しかもその中でも正しい形の天の励ましはエル・ランティ様によるもので、
歴史を通して天と悪魔の双方が三次元の人々に働き掛けてきたのです。
貴方が分析したような必然的な条件や成行きが
(七大天使の記載された)外典や偽典を葬り去ろうとした背景には、
必ずサタン・ダビデの企みと唆(そそのか)しがあったのです。
貴方が証明しておられる箇所で、ダビデの霊示として顕著なものは次の通りです。
(一) 「第四エズラ書」(七の二九)
「私の子キリストと人間の息を持つすべての者は死ぬであろう」
キリストが死に、キリストに耳を傾ける者はすべて滅亡する ー
これはダビデの奸計の証です。
(二) 「バルクの黙示録」(三十の一)
「そののち、メシヤの滞在の時が充ちて彼が栄光の内に帰還される時、
その時、彼に望みを繋いで眠っていた者は皆、復活するであろう」
及び第六章の破壊ののちエルサレムが永遠のものとして再興されることを霊示し、
書かせている箇所など。
"眠る"が象徴的に"離散のまま耐えること"を意味するならば良いのですが、
これは"使者がその日まで静かに墓地に休息し、
イエス様の召命の日に命を与えられ、活動を始める"
又は、"第二の死を定められる"としか把えられない文章により、
新約の「ヨハネの黙示録」にも繰り返される同様の表現は、
善なる人々に主を信じて墓地に静かに眠らせておき、
(※3注。悪魔の心を神の心と受け入れさせようとしたのは、
ダビデが神として信じさせる為であったことの証拠)
ダビデは自分の輩下に出来得る限りの悪事を行わせ、サタンの王国を確立してのち、
それらの霊を目覚めさせ(注。そのような霊を眠らせておくことも、
眠りから起こすことも高次元は可能であるようです)、
イエス・キリストと偽って、勢力下に入れてしまう。
そういった企みであったのです。※3注終)
それが故に新約の「ヨハネの黙示録」をプロテスタントのクリスチャンに、
カトリックには七大天使の記述あるもの(エル・ランティ様の霊示による)
は大半を偽典として軽んぜしめ、
(※3注。聖書の中に書き込まれたダビデの言葉を
神のものであると信じる者が、ダビデに騙される者がいたことの証拠)
ユダヤ教徒には「エズラ書」によりモーセ様の律法を絶対視させて、
イエス・キリストを否定するようにせしめた ー 。
更にユダヤ民族をして、モーセ様やダビデ王の再来がメシヤであると
思い込ませたのもダビデなのです。※3注終)
※2注終)
「天の奇蹟・上巻」 第二章 創世 130頁
「造物主による最初の人間創造として描かれている、
アダムが粘土から作られたとか、エバがアダムの肋骨(あばらぼね)から作られた」
(中略)
「創世記第二章には、「その日ヤーウェ神は地の土くれから人を造り、
彼の鼻に生命の息を吹きこまれた。そこで人は生きた者となった」とあります。
よく指摘されているように、土くれとか、塵、土地と訳されるヘブル語は、「アダーマー」で、
それによって造られた「人」は、面白いことに、「アーダーム」と書かれています。
そして、最初に造られた人間は「アダム」なのです。」
(中略)
「最初の人間アダムは、土と密接な関係を有する農耕者の意味を与えられています。
神の造った世界を管理する者の性格が、これによって人間アダムに与えられているのです。
この人間の始祖の創造神話もまた、メソポタミア起源であるようです。
前に紹介したバビロニアの「エヌマ・エリシュ」という創造叙事詩には、
怪物ティアマットに勝利したベール・マルドゥーク神が、
反乱の指導者キングー神の血と粘土で人を創造したとあり、
別のシュメール神話でも、神々が深淵の上に漂う粘土をこねて人間を造ったというものがあり、
また、ギルガメッシュ神話では、エンキドゥーは土くれから造られるからです。
さらにアダムの肋骨によって造られた最初の女エバに関しても、
前述「エンキとニンフルサグの神話」では、
母神ニンフルサグが神々の楽園に植えた聖樹の実を食べた水神エンキ(エア)が、
呪いを受けて瀕死の状態になったとき、
彼を癒すために神々から使わされる八人の癒しの神の一人「ニンティ」は、
彼の肋骨を治すために造られた女神ですが、ニンティとは「肋骨の女」を意味し、
シュメール語「ティ」には「生命」と「肋骨」の意味があるゆえ、
ニンティは「生命の女」とも訳しうるということです。
ところがエバはヘブライ語では「ハゥワー」で、
一般には(生きる、存在する)という動詞に関連する「生命」の意味とされ、
「創世記」にも、「さてその人は彼の妻の名をエバと名づけた。
というのは彼女はすべての生けるものの母となったからである」
と語られているのです(三の二〇)。
ところでエジプトのアマルナ文書
(エジプト第一八王朝アメンホテップ四世が、前一三六〇年ごろ遷都したアルマナで、
一八八七年に発見された楔形文字粘土板三六〇通)にその断片が見られ、
メソポタミアのアッシュルバニパル(前七世紀)王宮付属図書館跡(ニネヴァ)からも出土した、
メソポタミアの「アダパ神話」では、水神にして英知の神エア
(エンキ、シュメールの最古の都市エリドゥの主神)が、
土くれの人間としてペルシア湾の漁夫アダパを創造し、
知恵を授けてエリドゥ市の祭司王にする話があります。
彼が永遠の生命のみは得ることができなかったのは、
漁中に南風が吹いて船が転覆したのを怒ったアダパが、南風の翼を砕いて、風を吹かせなくした。
それをとがめる大神アン(アヌ)の尋問に対して、
アヌから出される生命のパンと水には口をつけてはいけないというエア神の忠告を忠実に守り、
かえってアヌのアダパに対して、永生を与えたいという親心が通じなくなったため、
とされています。その代わりにアダパは地上の王となったというのです。
この物語はたしかに「創世記」の中のエデンの園(永生を意味する神の世界)追放
(死が必然である地上界で万物を治める)物語に通ずるものを持っているところから、
あるドイツの学者は、アダパこそ、ヘブライ名のアダムであると主張しています。」
(中略)
「もう一つ似た話に、第一章でおなじみの「ギルガメッシュ大叙事詩」があります。
それは ー ウルク王ギルガメッシュが、友人エンキドゥの死によって心を動かされ、
永遠の生命を求めて旅に出、その途上で出会う、
人間の祖先で永生を得た天上のウートナピシュティムの助言を頼りに
(詩人ウェルギリウスに導かれるダンテの新曲を思い出しましたが、
こういった神話や聖書の物語を(書物が普及されておらず、文字の読めない人々の多かった昔は)
人から伝え聞くことは、神を知る、神に出会う為の重要な機会だったのではないでしょうか)
やっと得ることのできた大切な「生命の薬草」を、ふとした際に、蛇に横取りされてしまう ー
というものでした。
「創世記」によると、人類の祖アダムとエバは蛇の悪だくみに乗って、
神から禁じられていたエデンの園の中央にある知恵の樹の実を食べてしまい、
楽園を追放されてしまいます。
これと同じ題材をもつ、中央に生命の樹、両側に神または人、
端に蛇が彫られたメソポタミアの円筒印章があり、
このテーマはメソポタミアで一般的であったことがうかがわれます。
このように見てくると、ヘブライ人は物語を、
彼らの編集方針と世界観によってかなり作り変えてしまったけれど、書くに当っては、
メソポタミア起源の人間の創造神話や人が永生を求めるテーマを土台にしたことが明らかです。
アダムとエバ物語の最後には、ヤーウェの言葉
「御覧、人はわれわれの一人と同じように善も悪も知るようになった。
今度は手を伸ばして生命の樹から取って食べて、永久に生きるようになるかもしれない」
(三の二二)と記されています。
そして、人を追い払ったあと、エデンの東にケルビムと自転する炎の剣を置き、
生命の樹へ至る道を監視させるようにした、とあります。
ここにも地上の人間に死があることに対する理由づけがなされています。
聖書では、メソポタミアの神話・叙事詩から題材を取りながらも、
それらとの大きな違いは、「罪の問題」が徹底的に考えられていることであるとされます。
エデンの楽園追放の理由は ー ヤーウェ神によって禁じられていたことを、
人は誘惑に負けて犯してしまった ー というものです。
ここには古代民族共通の、人間のタブー(原始社会で、神聖なものとして立ち入ったり、
触れたり、使ったりすることを禁じられている場所や言葉や行為)
に関する心理の反映を見ることができます。
しかしまた、原始的心理状態を一歩踏み越えて、
罪の本質を深く哲学的に追求した跡をも認めることができます。
それは聖書を読み進むうちに、さらにはっきりとしてくることなのですが、
ここでは、人間が造り主ヤーウェの言葉または意図を深く理解することを怠った結果 ー
つまり無知と無自覚と高慢とにより ー
軽はずみにも、蛇で象徴される(悪霊の)悪だくみを見抜けず、その甘言に従ってしまったこと、
すなわち一時なりとも神(法)に従わずに邪悪に従ったこと、
そこにこそ罪の本質が有ることを鋭く衝いているのだと思われます。
ところで最後に「原罪」の問題です。アダムとエバ、最初の人間の楽園追放の物語は、
キリスト教では人間の「原罪」テーマの発端として、長く教えられてきました。
パウロの書簡「ロマ書」にはアダムの堕落の罪により、
罪が世界に入り、死が全人類に入ってきたことが述べられています(五の一二)。
これによってパウロは、人々に罪の自覚をうながそうとしたのでしょう。
罪の自覚を持つ者が、罪の女マクダラのマリアのように、救いに浴することができるからです。
罪の自覚は反省に他ならず、それによってはじめて、
人は己を改めようと心開くことができるからです。
ところが後世の聖職者たちが罪をあまりに強調しすぎたため、
人々は言葉の力によって呪縛され、萎縮し、かえって罪を重ね、
それが自己処罰を呼び、罪悪ノイローゼに陥り、
のびのびとした人生を送れない人も多く出てくるようになりました。
仏教の業思想と同じものです。
そこでアダムとエバの物語の背景を知り、
「エデンの園の物語りはユダヤ教 ー キリスト教における象徴的な神話、
アダムによって人類は罪を知り、それを原罪と名附け、その罰として死が与えられる。
アダムの罪、つまりリビドーに屈したというその神の意志に反する行為が、全人類に及び、
それに従って全人類に死が及ぶという説であり、
教義上不道徳を戒める目的で意識に働きかけられた神の導きによって、
人の手により創られたものです」(『慈悲と愛』誌一九七九年六月号、解答欄)
という聖書記者の意図を理解し得るわれわれは、いたずらに罪にとらわれることなく、
合理的思考によって各人の過ちの原因を取り除き、神の法により行いを正して、
明るく生活して行くべきでしょう。」
(中略)
聖書はこのあと「カインとアベル」の物語を記していますが、
アダムの長子カインは、ヘブル語の「鍛冶(かじ)」を意味するところから、
鍛冶技術にすぐれ、またイスラエルびとに深い関係のあったケニびとの祖とし、
結局、カインを都市建設者(創世記四の一七)であって、
ケニびとで代表されるカナン人の祖であり、
定着農耕民のモデル(鍛冶職は農具や都市生活に密着しています)とし、
弟アベル(ヘブル語は「息」とか「蒸気」で、アッカド語は「子」)は
(イスラエル系)遊牧民の象徴とし、この物語には、したがって、
農耕民と遊牧民との古い基本的対立関係が写し出されているとする、
一応の定説を挙げておきます。
それもまた、シュメール神話の、牧畜神ドゥーム-ジー(別名タムムーズ)と、
農業神エンキムドゥーの対立から由来したものらしいこと、
そして、カインがアベルを"野に連れ出して殺し逃亡した"というのは、
バビロニアの新年祭のとき、マルドゥークの祭司が
"羊を殺して、その血を神殿の壁に塗り、その後、祝祭が終るまで荒野に身を隠す"という、
特定の祭儀の反映に他ならないという説を紹介し、かつ牧者アベルはこの説から、
神の義のために迫害を受けて犠牲となった義人・預言者の類の始祖と考えられ、
アベル以来のこうした人々を、「神の小羊」とする伝説がここから作られたことを
指摘するに止めておきましょう。」
二節 現天上界と古代イスラエル(「天の奇蹟」より)
(二) アブラハム
"アブラハムを発たせたもの"
「天の奇蹟・中巻」 第四章 アブラハムの旅立ち 29頁
「アブラハムの一族がハランを出たのは、当時の一連の民族移動の結果であるとも言えます。
ではその民族移動の原因は何かと問うと、通常、銅器が使用されるに至ったこと
(前二五〇〇~二〇〇〇年頃)が、政治的経済的混乱を生んだ結果とされます。
それもありますがそれより、湿潤で温暖であった北アフリカ~中近東の、北半球中緯度地帯が、
紀元前二三五〇年頃から乾燥化と気温上昇に転じた。
こうした地球規模の気象変動と恐らく無関係ではなく、中央アジア平原が冷化または乾燥化して、
水や牧草地を求める人畜の移動が開始された結果であると考えられます。
事実、中近東に気象変化が始まって少しした、
紀元前二〇〇〇年頃、アーリア人の最初の南下が生じているのです。
それがやがてアルメニアのフルリ人を弾(はじ)き出してフルリ人の移動を促し、それがまた
「河川流量の減少・氾濫原の縮小・地下水の低下・オアシスや井戸の枯渇や水質の悪化・
土壌温度の減少とその塩化・信じがたいほどの気温の上昇など」(中島健一氏著書引用)が、
シリア砂漠・ステップ方面からメソポタミア北部に移住していたアムル人に圧力を加え、
大移動を誘ったのだと言えます。
とどのつまりは、ヘブル人の移動は自然(気象変化)がなさしめたものである、
との結論に達します。
それに政治情勢の変化が加わるでしょう。
これは神学者等が解釈してきたような、すべてが神の召喚による、
というものではないことを示しています。
いかに優れた人といえども、その時代の気象や風土的条件の影響をぬきに、
その行動を考えることはできません。
むしろ時代や風土・気象変化に呼応して、はじめてその人物の行動が生じるものです。
しかしだからと言って、アブラハムの出発の動機を、
気象の変動によって起こった民族移動とのみ解するならば、
人類の歴史をすべて経済機構の変動からのみ解釈する、
偏したマルクス流唯物史観の誤謬の轍(てつ)を踏むことになるでしょう。
同じ条件でありながら、アラム平原にとどまっていた人は多くいたのですから。
では何が、アブラハムのみを故郷からの決別へ決意させたのか、
そして何故アブラハムのみが、ヘブライ民族の祖となり、
この民族を通しての神の斯業(しぎょう)の発端を担うに至ったのか ー 。
それが問われると途端に、アブラハムという特殊な個人の内面生活が浮かび上がってきます。
富有なマリ帝国の貿易の要地ハラン。かつ放牧と栽培に適したアラム平原のハラン。
そこのなに不自由ない生活を捨てて、なぜアブラハムは流浪の旅に身を置いたのか、
今となっては彼の心中を詳(つまびら)かな気持ちはわかりません。
しかし、ゴーダマ・シッダルタが王舎城(ラジャグリハ)を出る決意をしたときのように、
パンではなく、神の言葉なる正しい法を求める気持ちが起こっていたに違いありません。
それは初め、心の奥底に、人知れず湧いてくる、
ある種の漠とした憧憬であり望みであったでしょう。
だがそれは時と共にはっきりとした方向性を持つ、確固とした決意へと成長し、
それ以外に自分の道はない、という使命感にまで達するのです。
この主体的な希求のあるところ、神の促しがあり、
使命の自覚のあるところ、神がその人物に使命を託します。
そのとき生じた内心の叫びは、同時に神の声であり、
人知れぬ孤独な個人の心の中で、新天地を拓(ひら)くすべてが整えられます。
時は今、かの人は未来に向かって出発しさえすればよい。
「出発」すること、一生を出発で終えること、それがこの人の運命(さだめ)でありました。
そこでヤーウェはアブラハムに言われた。
「さあ、汝の国、汝の親族、汝の父の家を離れて、わたしが汝に示す国に行きなさい」
(一二の一)と。
ここに、齢(よわい)三十にして神と永遠の契約を結んだ、
スイスの法学者・思想家のカール・ヒルティ(一八三三 ~ 一九〇九)が、
神への転回を謳った詩「出発」により、アブラハムの心を知るよすがといたしましょう。
出 発
ことはなされた。現世はわが背後に去った!
俗世の酒盃はみじんに砕かれた。
はしけはなぎさを離れ、うすやみの
かなたに遠い浜辺の微光がみえる。
路なき海はあやしくわれを囲んでいる。
今よりは希望だけがわれを支えるのだ。
なんじら、わがものであった席につけ。
なんじらには現世が、われには天が開かれてあれ。
久しくわが心にかかって、あまたの不安のとき、
思いめぐらせたことを、われは断じておこなったのだ。
巡礼のわれは、永遠(とわ)の父の国を
思い出すまでは、もはや陸地(くがち)を踏まぬのだ。
今よりは、月桂樹の若枝も花を咲かせず、
かしわの冠もわがひたいを飾らぬ。
俗世のいとなみはことごとくむなしい。
わが求めうるは、永遠の花冠のみ。
この遠く高い目標は夢ではなかろうか。
あのたな引く霧は浜辺であろうか。
そして、代償たかい賭にたわむれて、われは、
索漠(さくばく)のこの海に路をうしなわないであろうか。
暗い航路ののちに、崇厳な都を見いだしえようか ー 。
よしんば最大の苦難に至るとも、われは行かねばならない。
なんじ、われを生んだ陸地(くがち)よ、さらば。
苦しみはみじかく、歓びは永遠である。」
"人間アブラハム"
「天の奇蹟・中巻」 第四章 アブラハムの旅立ち 69頁
「( ヘブライ民族の祖となるアブラハム一行について)
時には、隊商を組んだでしょう。その要素を含みつつも、
本質は「家畜の牧者」(創世記四六の三四)でした。
そしてまた、同族が襲われると、敵と戦える軍事力をも備えていました(一四の一三~一五)。
ロト一族を奪還したアブラハムの記事(同上)は、
アブラハムの勇気・責任感・機敏性・優れた智力をよく伝えています。
彼は聖書によれば、妻サラがヘブロンで他界した時、悲しみに泣いた者であり(二三の二)、
サラの墓地のため、土地所有者ヘテびととエフロンから、無償譲与の申し出を断って、
あえて相応の代価を支払って、所有権(使用権でなく)を入手した慎重な者です(二三章)。
カナンでの最初の土地取得は、もとより略奪によらず、さりとてただもらいでもなく、
正当な取引によって成就したのです。
神から土地が与えられるという契約は、アブラハムのこの慎重な行為によって、
実現の端緒が開かれました。
その土地は、ヘブロンの西約二・五キロのマムレの前の
マクペラ(二つの洞穴の意)とエフロンの畑地および周囲の林で、
かつてそこの樫(かし)の大木の下にいるアブラハムに、ヤーウェの使い三人が顕われ、
歳とった妻サラに子が授かるのを予言した所です。
愛し子イサクを神に捧げる行為によってアブラハムは、
神の前に全き信仰者、「信仰の父」と、後世の人に仰がれてきました。
礼拝形式は当時の習慣を出ぬものでしたが、
礼拝対象は月神でも、家族(テラ)神的小像(ピム)でもなく、
天上の、真正な神「エール」です。
いわば、この地で真実の神にめざめた最初の人が、アブラハム達であったのです。
彼が歩み出した道は、信仰の新天地を求める道でもありました。
そこに神のうながしと試練と導きがあったことは、天の使いの顕現で、示されています。
民族移動の大波の一環。政治情勢の変化。遊牧民の群分かれ …… 。
様々な要因もまた混入していたでしょう。
ともかく出発すること、民族と信仰の出発者であることに、生命を賭したのです。
故郷が住みなれた土地であり、牧草地豊かで、貿易で栄えた土地であるにも拘らず ー 。
"イサク献供の奇蹟"
アブラハムが愛し子イサクを、神の命によって神に献供する場面は、
「創世記」族長時代のクライマックスを構成しています(二二章)。
アブラハム夫妻が久しく待ち望んだにも拘らず、正妻サラには子が無く、
ほとんど諦めていたところを、三人の天使の予告によって与えられたのが、イサクでした。
遊牧民の族長に正統の嫡男(ちゃくなん)が出来たことは、
どれほど深い歓びだったことでしょう。
しかもその子は神から祝福され、一族の繁栄を神から約束された子であったのです。
そうであるのに神はアブラハムの信仰を試みて、
独子(ひとりご)イサクをモリヤの山に連れてゆき、燔祭として捧げるべく命じるのです。
アブラハムは神を信じ、命ぜられるままにイサクを伴い、
三日かけて指定された所にたどり着く。
アブラハムは、そこに祭壇を築き、薪を並べ、イサクを縛って薪の上に置き、刀を執って、
まさにその子をほうむろうとした刹那、ヤーウェの使いが天より彼に呼びかける。
「アブラハムよ、アブラハムよ、汝の手を子に加えるな。
今こそわたしは汝が神を畏れる者であることを知った。
汝は独り子をも惜しまずにわたしに捧げようとしたから」。
アブラハムが眼を上げてみると、見よ、一匹の牡羊がやぶに角をかけていた。
アブラハムはそれを捕え、わが子の代わりに燔祭として捧げた。
そこでヤーウェの使いが再びアブラハムに呼びかけ、
「汝は自分の独り子さえ惜しまなかったがゆえ、汝を恵み、
汝の子孫を天(そら)の星、浜辺の砂のように数を増し、祝福される …… 」
というヤーウェの言葉を伝えます。
「創世記」第二十二章は、アブラハムの子に対する深い情愛と、神に対する全き信仰心を、
簡潔な文章の中に、鮮明に伝えており、珠玉の名文として讃えられ、
レンブラント等の画家によって再現されてきました。
デンマークの生んだ実存哲学の祖、セーレン・キルケゴール(1813 ー 1855、
ガブリエル様曾孫分身)は、宗教的著作の傑作『おそれとおののき』の中で、
神の前に独りで立つ、信仰の騎士=単独者ナルアブラハムの姿を、
あますところなく描いています。
すなわち己の犠牲的行為が人から称讃を受け、涙をさそう悲劇的英雄の場合と違い、
信仰の人アブラハムの場合は、彼の招命と行為がただ彼の胸の中にしまわれ、
孤独な沈黙の中で、単独者として神の前に立つだけである。
いわば神と自分のみが心と行為を知る。
愛し子を殺せば、殺人者の汚名さえ着せられよう。
その子はまして、かつて神がアブラハムを祝し、子孫を増し加えると約束し(一七の二~三)、
歳いった妻サラに子を授けると言明した(一七の一五)、
まさに神の約束と民族全体の希望がかかっている子(正しく王の世継ぎです)である。
その子を殺すとは、神の約束も計画も切断する大罪にもなりかねない。
しかし神の命(めい)は信じなければならない。
信仰者はここに独り絶体絶命の深淵に立つ。
彼は神を信じ、神のご計画と聖約を信じた。そして命じられたままを行おうとした ー 。
その時、天の使いがそれを止め、愛し子は救われた。
今やイサクは父アブラハムの子であると共に、
真に国民(たみ)への子として甦ったのである ー と。
パリ大学で長く教えた哲学者の森有正教授(1911 ー 1976)は、
神と契約関係に入ったアブラハムについてこう述べています(『アブラハムの生涯』第三章)。
「契約とは普通は対等の二人の人格の間に結ばれるものであり、
単なる不明瞭な要求ではなく、一つの共通の約束に二つの人格が入るということです。
この新しい契約によって、アブラハムは神の契約の対象となり、
そこでアブラムという名がアブラハムと変わったのです。
すなわちこの契約を通して、アブラハムは神に対して汝になったのです。
人間が契約を通して自分の生きる目的のためにもう自由ではなくなる。
その中にすべてを捧げなえればならなくなる。
そういう契約が一人一人に決定する時に、本当の民主主義、
一人一人が置き換えることのできない人間になるのです」。
(注。アブラハム自身がこのように哲学的に考えた訳でもありませんし、
そういった理屈による理解よりも、自らの神の心にあって真の神を直観されるもの、
理屈は反って執着を生み、真の神を見誤りかねないと思うのですが)
契約に入った人間、それは神が汝と呼びかけうる存在です。
彼もまた神に呼びかけ、かつ「はい」と答える。
もはや主人の意のままに服従する奴隷でも、大人に従う子供の如き存在でもない。
それゆえアブラハムが愛し子イサクを、モリヤの山で神に捧げようとしたとき彼は、
最後までけっして約束を破らない神、破るはずのない神を信じていた。
それはイサクがいぶかって、「燔祭の小羊はどこにあるのですか」と問うたのに対し、
「神ご自身がそれを備え給うだろうよ」と答えたアブラハムの答にも顕われています。
ただ、人と「我・汝」関係にある神とは、あくまで人と本質を同じくする実存者、
つまり、「人」でなければなりません。
唯一絶対なる創造主と語り、かつ契約するなどという奇怪な場面は、断じてありえない。
契約とは、あくまで人間としての信義に基づいて、人と人、我と汝とが交すものです。
ですからアブラハムは、人である神とも言うべき存在と契約したのであり、
ゆえにその存在を信じることができたのです。
残念なことに旧約聖書劈頭(へきとう)から、神が創造神であると断言されたことにより、
せっかくのアブラハムの物語も、服従=絶対的神への全面平伏ないし全面依存という
誤った信仰形態が、人々に印象づけられてしまいました。
人が自己の何もかも、絶対的な神に委ね、神の御心のままに従う、という生き方は、
一見よき信仰のようですが、これは消極的な生き方です。人を弱者にします。
そうではなく、自らの能力を活発に働かせて、生活を改善・工夫する自律的人間が、
健全な人の姿ではないでしょうか。
しかしやはり人は迷う者、道を誤る者、自立者はいつしか頑迷になる。
神を知らず、神の教えを持たないならば。
人間はやはり、人類の大先達にして親しき天上界高次元の神々に信を置き、
しかも自立する単独者として、神々の計画=ユートピア建設への参与者として生くべき者です。
それがたしかに、アブラハムと共に、
永遠(とわ)なる契約者として歩む道というべきでしょう。
ところで、イサク献供が聖書に記された背景として、
当時の幼児(長子)犠牲の習慣に触れずにすますことはできません。
あの物語を信仰者の典例としてのみ扱うのは、今日となっては、あまりに一面的なのです。
イサク献供の文は、倫理的な問題や神の儀式等に関心あるE記者によって
前七五〇年頃に書かれたE文書(エローヒム)であるというのが定説です。
分裂後の北王国で記されました。北王国には当時、
隣国フェニキアから幼児犠牲を伴うモレク信仰が流入して来ていたと考えられます。
フェニキアで幼児犠牲が行われていた証拠があります。
考古学的には、フェニキアの植民都市カルタゴの神域の、前九~七世紀の層から、
多数の赤児の骨が発掘されています(オールブライト『古代パレスチナの宗教』訳240頁)。
また紀元前三世紀のカルタゴの尖頭石柱には、
小羊でなく人間の幼児を抱く祭司が描かれてます(同、238頁)。
それにエルサレムの西約三十キロのゲゼルの古代聖所跡から、血が注がれた七本の石柱と、
幼児の骨多数が出土しました(新井智『聖書、その歴史的事実』54頁)。
親が長子を焼いて神に捧げるモレク(幼児犠牲そのものを指す語)儀式は、
イスラエル西方に住むアンモン人の間でも広まっており、
その影響を受けて、エルサレムのヒンノムの谷に、燔祭の壇トペテが築かれました
(エレミア書七の三〇、列王記下一六の二)。
前七世紀の(ヘフジバの子)マナセ王は
「その子を火に焼いて捧げものとし、占いをし、魔術を行い、口寄せと魔法使いを用い、
主の目の前に多くの悪を行って、主の怒りを引き起こした」(同、二一の六)とあります。」
「アブラハムによるイサク献供の物語は、実際に起こったことではなく、
イスラエルにモレク祭儀が浸透しているのを憤る聖書記者が、
それを諫(いさ)め、否定するために、あえて創作したものでしょうか。
ところが人身犠牲は、カナンとその近隣以外にも、その例が認められるのです。
たとえば、アダド神に対するそれが、北メソポタミアのハーブル川流域のアラム人の間で、
前十世紀末に行われた(『古代パレスチナの宗教』243頁)と言います。
またサルゴン二世によって、サマリヤに移住させられた北シリアのセパルワイム人は、
「その子を火に焼いて、セパルワイムの神アデランメルクに捧げた」
(列王記下一七の三一)と誌されています。
北メソポタミアないし北シリアのアラム ー となれば、時代はずれますが、
ヘブル人の故郷付近です。
そしてもともと、セム系の民族には、長子は神に属するものという信仰があり、
家畜の雄の初子(ういご)を神に捧げるという風習があった事実から、
アブラハムの時代に、飢饉や戦争などの種族の危機に限られたにせよ、
故郷のアラム平原で幼児犠牲があったことは、考えうることです。
そしてアブラハムのところを記した聖書記者の時代には、
近隣諸国から幼児犠牲の儀式が再流入していたに違いなく、
ヤーウェ信仰にとっての最も忌むべきものの一つとして、
これを同胞にはっきりと禁じる必要が出ていたはずです。
アブラハムのイサク献供物語の原型は、確かに有った。
その伝承を後世の聖書記者が重視して、アブラハム物語のクライマックスへと持っていき、
幾分脚色を加えた ー これが真相ではないでしょうか。
「天の奇蹟・下巻」 第四章 アブラハムの旅立ち 95頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
問四 アブラハムの愛し子イサク献供の際の奇蹟は、カナンで行われていた幼児犠牲を、
イスラエルの民に諫める目的で聖書記入者が入れた挿話であるにしても、
原型となるものはあった筈だと結論付けました。宜しいでしょうか。
事実であれば、この事件に関する天上界の意図や(前)大天使方の働きについて
お知らせ下さい。
問四解答 美化してありますが、事実です。
これはサタン・ダビデの試みで、エル・ランティ様がお救いになりました。
幼児犠牲を普及させたのはダビデの仕業です。
「JI」83年3月号初出 ラファエル様メッセージ全文
「春の第一の月とされる今月には、自然は愛のプレリュードを奏で、希望に目覚めます。
自然の魅力や恩恵にも無関心になるほど、
現代人は自分の内部と外部の闘争に引き摺(ず)られて、
その上更に共産主義思想という、中世の暗黒時代を彷彿とさせる残虐な思想が、
かつての暗黒を導いた無知な宗教思想と相俟って、
今人類の住み家を白アリの如く喰い荒らし、
その居住者の身体をガンの如く蝕もうとしております。
中世にはサタン・ダビデが跳梁し、無教育な人々を意のままに動かしました。
それは私達天上の証する所であり、事実です。
そして現代は、互いの闘争で生命を落した後、
共産主義の亡霊が私達の手の廻らぬ領域で一団となり、
ダビデに代って人類の成長を阻もうと躍起になっているのです。
何故、そのような悪が善との死闘を展開するまでに蔓延るのか、
それも自然の摂理であるかも知れません。
しかしもしあなた方が真に天に住み、光りの中に喜びを以て神との交流を求めているならば、
神の愛(め)で得る真の人間とは、純真の心を失わず、正しき主に素直に、
自ら神と等しくならんと努める人格であると再び助言致しましょう。
"神と等しくなる"とは何を意味するか考えてみることです。
身近な例を挙げれば、
最近話題によく上る"アフリカの狩人"と形容される南アフリカの原住民の一種族、
ブッシュマンの生き方であるかも知れません。
彼等ほど自然の一部としての生活をよく認識し、動物や鳥や植物と共存の立場をよく弁え、
公正で、謙虚で、神に敬虔な者はなく、
その心の美しさは現代の奢り切った文明人から殆ど失われてしまったものであり、
彼等の智恵は、なるほど幼いものであるかも知れないが、
その心根は神の国に住むに相応しいもの。
私達はどうしてもあなた方に求めてしまう姿なのです。
幼稚で依頼心を強く、という生き方は必要なく、
愚かでエゴイストで人に迷惑を掛けるのはブッシュマンにさえ居りません。
彼等は無学なりに智恵を用い、精神は決して幼くはないのです。
あなた方文明人には一体、どのような教えが相応しいのか、私達は時折判らなくなります。
恐らく神を恐れぬ共産主義思想や、正しさの選択さえ出来ぬほど盲いてしまった宗教思想が、
このように私達の求めるものとはかけ離れた現代人を創り上げたのでしょう。
悲しいことです。」
サタンが意のままに動かした中世の人々とは、
無教育故に悪魔の考えが入り込んでも善悪を判断する基準を持たなかった、
善に生きようとする意志すら持たなかったが故に、意のままなるような人々だったのでしょう。
現代にあって悪魔のイデオロギーを学んだ(植え込まれた)人々は、
悪魔に繫がった時、自ら悪魔の心に生きる者となり得たのでしょう。
古代にあっては幼児犠牲を喜ばれるのが神であると信じて疑わない
悪魔の心からの確信であったのでしょう。
中世には神への盲信から魔女狩りを行ったキリスト教会そのものが悪魔となった、
魔女狩りこそ、共産主義者による粛清と同様、悪霊が血を求めて彼等の心を支配した結果でした。
現代にあって、神の救いを見出せぬユダヤ教徒が、ユダヤ教徒を苦しめる他民族への、
そして神への復讐からユダヤ民族以外のすべての民族を獣以下に堕としめる為に
共産主義というイデオロギーを作り上げた。
天上界は人類に救いの御意志を明らかにしただけではない。
人類が神を偽るサタンを信じ、
神の心を滅ぼす道であることも悟ることのない心が自らを滅ぼしていった、
救いを求める思いなき弛緩した心が自らの堕落を許して行ったことも明らかにされたのです。
自らを救おうとする者を天は助けるというのは、
自ら善を求める、正しい道を行こうとする者だけが、
神の御意志を正しく受け止められる、神の導きを得ることが出来るということであり、
悪魔の甘言に神に認められたと自らを甘やかし、己の偽我に満足するなら、
偽我を満たす悪魔の道を行かざるを得ないのは当然の成り行きでしょう。(2025.12)
二節 現天上界と古代イスラエル(「天の奇蹟」より)
(三) モーセ
"モーセの誕生"
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 111頁
「これから話すのは、エジプトの地で苦難の生活を送る同胞を、あらゆ犠牲を払って救い出し、
神より十の律法を授(う)けて民を善導した、希有の指導者についてです。
この方は『天国の扉』(八四頁)によると、生前は統一王国ベー・エルデ星の王族の一人で、
死後天上界高次元の霊となったエル・ミケラエル・カンタルーネという方が合体された人物
とのことです。
モーセ様(以下尊称略)がエジプトのデルタ地帯のヘブライ人の家で
呱呱(ここ)の声をあげたのは、紀元前一三〇〇年前後(後に詳述)のことです。
紀元前一六九〇~一六六〇年ごろが、族長ヨセフの時代と考えられますから、
それより三百数十年後のことになります。
現在をモーセの時代とすれば、ヨセフ(アブラハムーイサクーヤコブの子でエジプトの宰相)
の時代は江戸時代初期もしくは中期くらい離れる計算です。
明治~昭和前半に南北アメリカに移住した日系人は、わずか半世紀位で、
すでに二世・三世の時代に入り、彼らの中には日本語を話せない者も多いとのこと。
エジプトに入ったヘブライ人も三百余年の間にエジプトの文化に溶け込み、
日系人と同じようなことが進行したでしょう。
しかし幸いに彼らの出身地はエジプトと陸続きであった上、
非エジプト人ヒクソス支配の時期もあり、居住地も集結していて、
彼らの固有の文化を或る程度、留めおけたと推定できます。
それでもエジプトの独立回復後、異民族統治下の二百数十年という長い年月は、
エジプトに残留したヘブライ人にとって、
民族の固有性を風化させる瀬戸際を意味していたでしょう。
なにしろ他のヒクソスはほとんど離散または壊滅してしまったのです。
残留ヘブライ人にしても、
祖先アブラハムでさえ正妻サラ以外にエジプトの娘ハガルによって子を得、
ヨセフもヘリオポリスの大祭司の娘と結婚したと記されているのを思い出して下さい。
ヘブライ人一般もエジプト在住の三百数十年の間に、かなりの混血を繰り返していたはずです。
それにも拘らず、なぜヘブライ人達は他郷へ散ることも抹殺されることもなく、
全体として一つの民族となって、モーセの時代まで生き残りえたのでしょうか。
ここで証拠を挙げて論ずる暇はありませんが、それはお互いを結び合わせる共通の絆、 ー
それも強靭な絆 ー を彼らが持ち合わせたとしか考えられません。
先に挙げた地理的好条件の他、大きな要素として、共通の神への信仰以外にはないでしょう。
すなわちこれまで述べてきたように、
アブラハムーヤコブーヨセフらが信じた真実のイスラエルの神=天上界高次元の霊こそが、
基本的にヘブライ人によってエジプトの地で信仰され続けたということになります。
聖書P文書(出エジプト記六の二〇、民数記二六の五九)によると、
モーセの父はレビびと(族長ヤコブと妻レアの間に生まれたレビの子孫たち)アムラムで、
母はアムラムの父の妹ヨケベテ、姉がミリアム、兄がアロンです。
「モーセ」(ヘブル語で、Mosche モーシェ)の名の由来については、
ナイル河に浮かぶモーセを引き上げたエジプトの女王が
「わたしは彼を水から引き上げたのだから」(出エジプト記二の一〇)だと記されています。
「引き出す」はヘブル語で「マーサー」だからです。
しかしこれは聖書記者がよくするヘブル語の語呂合わせで、
本来はエジプト語の「子」という意味だそうです。
ファラオ達はこの語を神名と結び付け、
「トゥト・モーセ」「ラー・モーセ」など、それぞれが「神の息子」と名乗ったのです。
mo(エジプト語の水)に ouses(救い)を結合して、
「水より救う」と聖書に有利に解釈した人もおりますが、
エジプト語の「モシ」(生まれる)あるいは「メス」(子)から由来したとする方が自然です。
「水から救う」という解釈が出た背景は、次の伝承によります。
すなわち ー ヨセフを知らないエジプト王の時代になり、ヘブル人達が圧迫されるようになる。
或る王はヘブル人に生まれて来る息子をナイルに投げ込むよう命ずる。
そこで生まれたばかりのモーセは三ヶ月隠されたあと、
アスファルトで防水されたパピルスの箱舟に入れられてナイルに浮かばされた。
それを丁度水浴びに来た一人の王女が見つけ、モーセを水から拾い上げ、
息子として育てた(出エジプト記第二章) ー というものです。
この話はすでに上巻で触れたように、サルゴン大王の棄児伝説、
ヘロデ王の、二歳以下の嬰児をすべて殺せとの命を逃れたイエス様、
祖父によって捨てられたにも拘らず牧羊者に拾われたキュロス大王、
籠に入れられて河に棄てられたのに牧羊者に救われたローマ帝国建設者ロムスとレムス等の例に
同じパターンが認められます(フロイトの弟子 O・ランクの指摘)。
ですから一連の物語は、世を救うような人物は幼児期に、
一度は神の加護によって危機を乗り越えたはずである、
という人の願望心理から脚色されたもの、との深層心理的分析も可能です。
ヘブライ人は他のヒクソス諸族と違い勤勉で知性にも優れた者がいて、
ヒクソス壊滅後もエジプトに残り得た。
中にはヨセフのように、ヘブライ人でありながら仕官したり、王宮に入った者もいたはず。
モーセもそうした者の一人だったとも考えられます。
それゆえ、たとえモーセの棄児伝承を否定したとしても、
モーセなる人物の存在を否定することには、けっしてなりません。
かえってモーセという名が、エジプト語起源であることは、
モーセが実在した人物であることを示すものではないでしょうか。
他にもエジプト語起源だとされる人名、姉ミレアム、アロンの子プテエル、
レビの第三子メラリ等々が聖書中に見当たります。
ところが精神分析学の創始者フロイトは、かえってそのことから、
『人間モーセと一神教』で、モーセはエジプト人であったという説を出しています。
彼はユダヤ教に固有の割礼(かつれい)は、ヘブライ人のエジプト滞在記に、
特にエジプト人たるモーセがもたらし、律法化したと解しています。
エジプトではモーセ時代よりかはるか昔の、前二千年より以前の第六王朝期の墓に、
明白な割礼の浮彫が発見されていることから、
割礼がエジプト起源であろうと考えられるからです。
またフロイトは、ヘブライ人にモーセが語る場合、
モーセが「口重く、舌重き者」(出エジプト記四の一〇)であるがゆえに
能弁な兄アロンの援助を要したという聖書の記述は、
セム族のヘブライ人とモーセが通訳なしには話が通じなかったこと、
すなわちモーセがエジプト人であったことを証明していると述べています。
さらに、モーセのときに明白となったヤーウェ一神教は、
さほど遠くない時期の第十八王朝イク・エン・アトン王(アメノフィス四世)による、
太陽円盤アトン一神教への宗教改革に影響されたものに違いない。
その宗教改革をつぶした第十九王朝へのレジスタンス、
ないしは信仰の自由を求めての新天地への脱出こそが、
エジプト人モーセの意図することであったに違いない、とフロイトは結論づけているようです。
しかし筆者は、モーセは本来ヘブライ人であってよいと思います。
名前がエジプト語であったことと、
割礼の習慣がエジプトからこの時代(ヒクソス~モーセ時代)にヘブライ人に伝わったことは、
長年月エジプトに彼らが住み着いていた条件からすれば、むしろ当然でしょう。
また、たとえ兄アロンが通訳したとしても、
それはモーセがエジプト人に養われたがゆえに同族語にうとくなったとも考えられます。
ただモーセがエジプト人にエジプト人として育てられた故に、
エジプト人であったと言っても、ひどい間違いではありませんが。
再度名前について。もし「モーセ」がエジプト語で、単に「子」を意味するだけであれば、
その名はあまりに一般的すぎて、モーセは架空の人物だと考えうるかも知れません。
しかしそれは即断にすぎます。
恐らく実名として、さらにその前後に何がしかの名を持っていたはずです。
そこでモーセがエジプトを離れ、大事業をなしとげたあとで、
親称としてヘブライ人が言い易い「モーセ」のみが残ったのだと解することができるのです。
第十八王朝のイク・エン・アトン王の時の、テーベ市長で宰相のラ・モーセのように、
王のみならず貴族も似た名を使えたのです。
王族として育ったモーセも類似の名を有していたことは、ありうることです。
残念ながら、ヘブライのエクソダスも、その指導者モーセの名も、
エジプト側の記録には何も発見されておりません。
恐らく当時のエジプトにって不名誉なことゆえ、記されなかったのでしょう。
伝説らしい棄児物語、固有性のない名、エジプト側の資料が残っていないこと ー
これらを挙げてモーセの非実在を唱えることは簡単かも知れません。
ですが、筆者が述べた反論を覆す資料もまた無いのです。
しかしより深く考えてみれば、ヘブライ人がかつてはエジプトに住んでおり、
そこに居づらくなって、集団でエジプトを出ていったことは、
ヒクソス時代~第十八・十九王朝というエジプト史からいって自然ですし、
そのような大事業をヘブライ民族が永久に語り継ごうとした意志の表われとして、
出エジプトが聖書に誌されたのも自然です。
そうであれば、このような大事業が、
単なる烏合(うごう)の衆によって為しとげられたということはありえず、
したがって偉大な一人の指導者が居たことは確実と言えます。
今も現に天上界最高次元に居られるモーセ様の実在は、疑うことのできぬものなのです。」
"モーセの義憤と沈黙の時"
(エジプトからミデアンへの逃亡)
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 162頁
「次は成人したモーセ様の情景へ。
ある時彼はエジプト人の監督が、強制労働に服している同胞の一人を、
ひどく打擲(ちょうちゃく)しているのを目撃。
このエジプト人を思わず打ち殺し砂中に埋めた。
やがてこれはパロの知るところとなったため、モーセはミデアンの地に逃れ、
とある井戸の所に座っていた(出エジプト記二の一一 ~ 一五) ー 。
このような事件は、モーセがヘブライ人の生まれであることを自覚しており、
ヘブライ人への同族意識があってはじめて起こりえたことに違いありません。
逆にもしモーセがまったくのエジプト人であるならば、彼がいかに有徳の者であろうと、
単に人道上の義憤からのみで人を殺しうるであろうかが、むしろ疑問になります。
万一エジプト人モーセが、エジプト人の監督を斬ったとて、
自分が絶大な権力者パロの孫に当たるとなれば、
何とでも理屈は立ち、逃げ隠れする理由は少しもなかったはずです。
そこで、筆者はやはり、モーセは物心がついたとき、
自分は実はヘブライ人の子であることを知った、あるいは知らされたに違いないと考えます。
知らせたのはおそらく姉のミリアム、あるいは実母または養母その人であったかも知れません。
自分にもきっと、思い当たる節があったのでしょう。
彼は同胞ヘブライ人に関心を寄せざるを得ない。
ところが同胞は強制労働にかり出され、塗炭(とたん)の苦しみに陥っている。ー
彼の心中にはげしい葛藤が生じる ー
自分を育んでくれたエジプト、それが自分を生んだ民族を虐待している。
その矛盾。悶々とした日が続く。
そんなやさしい彼の心を知らぬパロ(ファラオ)は、ますますヘブライ人を酷使する。
やがてモーセには、
ヘブライ人が打たれるのは自分が打たれているのと同じように感じられてくる。
次第に現王政への批判と義憤が深く、強く、青年モーセの心中に渦巻くようになる。
そのようなとき、たまたま彼はエジプトの監督が同胞ヘブライ人をひどく打ちすえるのを見た。
打たれたのは老人であろうか、婦女子であろうか、または病人であろうか。
もしモーセが妻子ある壮年であったなら、
分別心と一瞬のためらいをもって、直情的行為に走らなかったであろう。
しかしそうであるには、彼はあまりにも若すぎた。
「義を見てせざるは勇なきなり!」。
モーセには「強者が弱者を虐げざらんため」そして「不正を糺(ただ)さんがため」
というハンムラピ法典に表われているような、砂漠出身のセム族の血が流れていたのでしょうか。
エジプトのマアト(正義)の精神を学んでいたのでしょうか。
羊に育てられたライオンが己に目覚めたかのように ー
一挙にその監督を殺害したのでした。
モーセのエジプトの監督殺害の年齢は、このように正義感と実行力などから、
二十~二十五歳と推定されるべきでしょう。パロは六十歳位でしょうか。
エジプトの豊かな暮らしは、もう無い。王族としての権威も無い。
逃亡者モーセの周囲には、ナイルの豊穣とは正反対の無の世界。荒野そして砂漠 ー 。
砂紋に足跡のみを残して、一人モーセは往く。荒涼たる沈黙の世界。
誰一人たよる者とてなく、一人歩まねばならない。一人考えねばならない。
神は使命を与えんとするものに、まず孤独を与える。ブッタは宮廷を捨て森に入った。
イエスは荒野に入った。そしてモーセもまた、故里(ふるさと)エジプトを離れた。
人はただ、孤独の中でのみ、真に深く考えることが出来る。
そして考えぬくことの出来た者に、神は使命を与えるのだ。
逃亡中の若いモーセには、ただひたすら逃れ通すこと、
そしてどこかに保護地を見出すことのみを考えたかもしれません。
いや、若く純粋であるが故に、何故自分は人を殺すまでのことをしてしまったのか。
何故エジプトの王族の自分が、それまでしてヘブライ人をかばうのか。
そのような想いがしきりに脳裡をよぎったと考える方が真実でしょう。
しかし、モーセがもっと深く考えるには、今しばらくの時間と経過が必要でした。
モーセはミデアンの井戸端で休憩中、
彼がミデアンの祭司の娘七人がそこで家畜に水を飲ますのを妨害した牧者を一蹴した縁で、
祭司レウエル(エテロ)家に迎えられる(出エジプト記二の一六~二二)。
レウエル家には娘ばかり七人いて、
彼は一族の心棒となるべきしっかりした婿(むこ)を望んでいました。
そこへ勇気あるモーセの出現。モーセは歓(よろこ)んで一族に迎え入れられ、
娘たちの中からチッポラ(「小鳥」の意)という可愛い名の女(ひと)を選び妻としました。
やがて長男ゲルショムを授かる。モーセは家庭を持ち愛を織(し)る。
人生のオアシスにたどり着いたのです。
羊飼いとして、一家の主(あるじ)として、祭司の後つぎとしての幸せの日々。
自然と共なる世界。宮廷生活ではついぞ味わいえなかった深いやすらぎの時 ー 。」
「天の奇蹟・下巻」 第五章 モーセの出現 283頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
問十 ヤーウェ一神教は、シナイ地方を遊牧していたミデアン族ケニびとから
祭司であり岳父であるエテロを通して学んだとする「ケニびと説」があります。
確かにモーセ様は、ケニびとから山岳信仰的な素朴な自然信仰を学んだに違いない。
又エジプトで倫理的な一神教的要素を学んだであろう。
そうであったからこそ、
本格的なヤーウェ一神教を受け入れる基盤がモーセ様にあったと言える。
そこで最終的にはシナイの地で、天上の神自らがモーセを通して、
ヤーウェ一神教の概念を与えることが出来たのである。ー
と結論しましたが、これで宜しいでしょうか。
問十解答 宜しいです。その通りです。
アブラハムは他の者と違い、アニミズム信仰を取らず、
"エル・シャダイ"と呼ばれる山岳の神 ー 全能の神を信じ、従ったことを思い出して下さい。
アブラハム → ヤコブ → ヨセフとエジプト、シナイ周辺に迄その子孫が増え、
分散して住んだこと。
モーセ様の義父、妻チッポラの父エテロ(リウエル)はミデアン族ケニ人の祭司であり、
そのミデアン族 の祖はアブラハムとケトラの間に生まれた第四子ミデアンで
アブラハムとは血縁関係にあるのです。
全能の神への信仰がヤーウェ一神教に形を変えて、意義は変わらず、
モーセ様に伝えられたのは自然な事であり、私達はそのような環境をモーセ様に与えました。
モーセ様がミデアン族のエテロと出会うのは、天上界の計画にあったとするなら、
モーセ様がエジプトを離れ、シナイへと向かわせる契機として
天上界が予測、若しくは計画したものに、
ヘブライ人への虐待の限りを尽くすエジプト人監督の悪行を何時かは目撃するであろう
モーセ様の義憤もその一つだったのではないか。
悪に立ち向かう義憤なくして圧政者の虐待の前に神の救いを求めるしか出来ない大勢の民を
導くことなど出来ない、モーセ様の義憤は、
悪への怒りに、感情に飲み込まれるようなものではなく、
真に悪を前にした、神の正義の現れであると、
天上界はモーセ様の義憤を思い留まらせようなどとするどころか、
正義を貫く意志に加勢されたように思うのですが。どうなのでしょう。
(中略)
「モーセの義父エテロが、「出エジプト記」では「ミデアンの祭司」とされているのに、
「士師記」で「ケニびとの子孫」(創世記一五の一九によると、
元は「鍛冶」の技術に優れていた部族で、アブラハム時代にカナンに住んでいたとされる)
とされていることからケニびとはミデアン人の一氏族と考えられています。
それでモーセはおそらくミデアン人の中の、このケニびとの祭司に保護されたと考えられます。
このようにしてモーセは、生活を共にする民族においても、ハム系エジプト人から、
ヘブル人に近いセム系ミデアン人(ケニびと)へと大きく変わったのです。
当然ここでセム系の風俗習慣はもとより、
その言語や信仰形態をも新たに学ぶことになったはずです。
たしかにこの体験は、モーセがのちにヘブル人の中に入って行き、
使命を果たすための貴重な準備となりました。
天上の計画は水の漏れる隙のなきが如しです。
シナイの地理にも明るくなったモーセです。」
"燃える柴の奇蹟"
(神の召命)
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 176頁
「 ー 時にモーセは、その岳父、ミデアンの祭司エテロの群を牧(はなしが)いつつ、
あるとき荒野の奥まで群を導いて、神の山ホレブに至った。
その時ヤーウェの使いが柴の中の炎のうちに彼に現れた。
彼が見ると、見よ、柴は火に燃えつきることがなかった(出エジプト記三の一~二) ー 。
おそらくモーセは、生れ育ったエジプト時代と同じ位の年月を、
ミデアンの地で過ごしたのでしょう。
すでに白髪も混じる中年から初老の年代に達していたと思われます。
その間ひたすらに羊を追って暮らす生活が続いたことでしょう。
そこには書物は無かったであろうが、大自然が在った。
都会の喧騒(けんそう)は無かったが、静寂と安らぎが在った。
静寂の中でこそ、対話がある。沈黙の、自己との対話である。独り考えることである。
考えぬくことである。
モーセの考えたこと、それは、己のこと、己の出生と、育ってきた過去一切の反省。
そして今のこと。未来のこと。ヘブライ人の運命。そして人の生くるべき道。
大自然、神について …… 。
頼ることなく独り考えるところに、進歩と創造の世界が展(ひら)ける。深い悟りが開ける。
静かであると共に、厳しいシナイの地。寒い夜と暑い昼。とき折の砂嵐。
この厳父の自然がモーセを鍛える。
かくして、偉大な行為の前に、長い沈黙の時が置かれた。
矢が弦(つる)を離れる前に、しばしの沈黙の時が流れるように ー 。
モーセは神の山ホレブ(シナイ山)に登る。そこで天の使いに遭う。
真に己と出会った者にのみ、このようなことが可能なのだ。
この厳粛かつ重大な場面に顕われた「ヤーウェの使い」とは、一体誰なのでしょうか。
ユダヤの伝説によると、「燃えている繁みの中でモーセが見た炎は、ミカエルの姿であり、
ミカエルはシェキーナー(Shekhinah:「住まう」から派生した語で、
神の地上への「臨在」presence、すなわち特別な意味で人が神の臨在を感じうる
神の顕現をさす語)の先駆者として天から下った」とあります。おそらくその通りでしょう。
「ホレブ」とは「荒れた地」を意味し、別名を「シナイ」
(ウルやハランで礼拝された月神シンに由来するとの説あり)と言います。
いろいろな説がありますが、多くはシナイ半島南部の、標高 2285mの
「ジェベル・ムーサ」(「モーセの山」の意)であろうとされています。
「シナイの山々は花崗岩、斑岩(はんがん)、砂岩から成り、
連峰の岩肌は太陽の光を反射して赤、紫、灰色などさまざまな色彩に変化し、
その神秘はいかにも神の顕現にふさわしい光景である」
(関谷定夫『図説旧約聖書の考古学』)とのこと。
預言者エリヤがバール信者とカルメル山で対決したあとに一時亡命して、
神の啓示を受けたのもこのシナイ山です(列王記上一九章)。
「燃える柴」とは、実際の柴が、乾燥した空気の清明な高原地方でときに起こるように、
自然発火したものでしょうか。
あるいはシナイ半島 ー エジプト ー 死海周辺に生育するマメ科の刺のある落葉喬木で、
砂漠の灯台と言われる六メートル程のエジプト・アカシアに、赤い花が咲いて、
燃えているように見えたのでしょうか。
いずれにせよその後の、神とモーセとの出会いは、
厳(おごそ)かな場面であったと申せましょう。
神は茨の間から彼にこう言われた。
ー モーセよ、 …… わたしはエジプトにいるわが民の苦しみを見、
酷使する者の前で叫ぶ彼らの叫びを聞いた。
そこでわたしは彼らをエジプト人の手から救い、導き出して、
良き乳と蜜の流れる地に至らせんとて下ってきた。
さあ、わたしはあなたをパロの所へ遣わそう。
あなたはわが民、イスラエルの子らをエジプトから導き出すのだ(三の四~一〇) ー 。
神はここでモーセに、「われは有りて在る者」(三の一四)、
イスラエルの「民と共にいる」(三の一二)者、
「アブラハム・イサク・ヤコブの神」(三の一五)(が遣わした者)であると名乗る。
そして別な時に神自身から「わたしはヤーウェである」(六の六)と名を明かす。」
(中略)
「この神名がはじめて神の山シナイ山で宣べられたことに関して筆者は、
モーセにおいて、文明地エジプトの倫理的(一神教的色彩の)体験に、
ミデアンのような大自然の中でのみ芽生える素朴な自然信仰(山岳信仰の如き)感情、
ケニ人エテロからの信仰、それに古来のイスラエル人の「エール」信仰、
モーセ自身の人格と天上界の意識が重なって、まったく新たな一神教が創(う)み出された ー
別な面から言えば ー モーセがそれに目覚めた、と考えます。
そのきっかけとなったのが、ヤーウェおよびヤーウェの使いのモーセに対する呼びかけであり、
御名の宣言ではなかったでしょうか。
その神は、本来イスラエル人が「エール」として、族長達の神として知っていた神なのだ、
そしてイスラエルの民の苦しみを知り、彼らを約束の地へと連れ戻そうとする神なのだ ー
ということをイスラエル人に伝え、彼らを救い出すためにエジプトに行くことを、
ヤーウェはモーセに命じたのでした。
この重大な使命に対しモーセは、「なぜ自分がしなければならないのか」とか、
「自分は口重く、舌重き者です」等と言って、しりごみするような状態が書かれています
(注。聖書は、実在しないアダム、エバ、アベル、カイン、ノアといった者の会話も記載されていますが、
モーセ様の実在を知っており、かつ尊敬する聖書記者が、自らはモーセ様の思いを理解する者と、
ありもしない言葉をモーセ様が語った如くに聖書に書くというのも考え難いですから、
モーセ様はそのように語ったのかも知れません。
そのような重大な使命を担えるのはあなたしかいないと(真の後継者はあなたしかいないと)
人の増上慢に付け入ろうとするサタンではないかと疑われなかったのは、
ヘブライ民族を救おうと思われているのは真の神に違いないと直観されたからでしょうか。
そういう方をサタンの試みから守ろうとしないような天上界ではないということです)。
これはモーセの心の弱さや迷い、信仰の不足を示していると解釈できます
(注。こんな重大な使命を聞いて、自分が適任だと思う者は、
国民を奴隷の如く従わせるなど訳ないと考える独裁政治家のような
ふてぶてしい性格の者くらいに思ってしまうのですが)。
同時に、戦場で指揮官の依頼や命令に率直に「はい」と答える者が必ずしも成功せず、
かえって自信が無いと言う者が成功する例が多いことから、
モーセの慎重かつ率直な性格の表われたものと解釈することもできます。
あの直情径行的な青年モーセは、長い年月に鍛えられて、
慎重な初老のモーセへと変じていたのでしょう。
またそれでなくては、
一民族の脱出などという大業はまかせられるものではなかったに違いありません。
ヤーウェ神は、必ず自分がいつもついていることを、モーセに言って聞かせた上に、
奇蹟を出したり、杖をさずけたり、能弁な兄のアロンに援助を頼むべきことを助言したりして、
モーセをはげまします。
「エジプトに帰って行きなさい。
あなたの生命を求めた人々はみな死んだのだから」(四の一九)と ー 。
遠い国へ妻子を連れて行く(四の二〇)には、
子らは成人もしくはそれに近い年齢でなければなりませんから、
モーセは前にも推定した年齢五十歳前後であったでしょう。
人は覚(さと)りを得て、
閑(しず)かな境涯にいつまでも停(とど)まっていることは許されず、
孤高であり続けることは出来ない。
市(まち)に入り、頭に灰をかぶり泥まみれになって、
「下化衆生(げかしゅじょう)」の利他行を行じなければならない。
人への深い愛に目覚めたのだから ー 。
その上モーセには心優しき妻チッポラが居、息子のゲルショムが居、神の杖があった。
そして何よりも、大いなる神ヤーウェが共に居たのです。
ヤーウェ神とは、実は前天王のエル・ランティ様その人であり、
エジプトでは太陽神ラーとして崇拝された方、
その実名と素性とを本書シリーズ前一・二巻(天国の扉、証)で、
初めて明かされるに至ったであることを、読者よ、思い出して下さい。
モーセの時代においても、時至らず、実名が明かされなかった。
その神の秘密が現在はじめて明かされているのです。
人類の父であるべき存在について今、明確になったこと、
これに勝る奇蹟は無いのではないでしょうか。
"十の災禍"
モーセは義父エテロに別れを告げいよいよ、懐かしい生まれ故郷に戻る。」
(中略)
「モーセはエジプトに入るや、ただちに、イスラエル人が住むデルタ地帯ゴセンの地へ赴き、
兄アロン、姉ミリアムなどの親族を探し、自分が血を分けた兄弟モーセであることを、
ミデアンの地でイスラエルの神ヤーウェより、
エジプトからイスラエルの民を解放する使命を与えられて戻って来たことを伝えたことでしょう。
以上のことが親族に了解され、モーセ一家の逗留所が決まるや、神に言われたように、
モーセは兄アロンを伴って、イスラエルの長老達の集まっている所へ行って説得を始める。
もし民族の団結が得られなければ、
民族すべてがとうていエジプトを去るなどということは不可能です。
それは長らく待ち望んできた事だとして歓迎する者、モーセを疑う者、
エジプト脱出などとても不可能だ、もし失敗すれば民族の絶滅だと言って反対する者など様々で、
最初は意見がまとまらなかったでしょう。
しかし天上界は奇蹟や予知の夢など、あらゆる手を打ってモーセを援助し、
最終的には長老一同がモーセに民族の運命を一任することを決めたのでしょう。
それを受けてついにモーセは、パロに直接交渉を申し出る。」
(中略)
「交渉は十回に亘って行われ、九回決裂し、
そのたびに異常な災害がエジプトに及んだと聖書は記しています。
(十回の災禍という回数は、モーセ五書を編集する過程の最後ごろに手を加えた
祭司階級のP文書で確定したものと考えられます。
Pでは儀式とか系図、そして、数に神聖な意味を感じていたのですから、
モーセの「十戒」に合わせて、「十災」としたわけです。
聖書学者達は、災禍の記述がヤーウェ資料(J)資料と、エロヒム(E)資料と、
祭司(P)資料の三つに分けられていることを明確にしています。
ですから十回丁度災禍が起こったということではなく、
数回あった程度に考えればよいことになります。
そうすると災禍の内容も、かなり後世の想像が入っているのではないか、
と推測されてきます。はたしてどうでしょうか。)
十災の前のことです。モーセとアロンは宮廷に赴き、パロと初交渉をする。
二人がパロに「わが民を去らせ、荒野でわたしのために祭りを行わせよ」という
ヤーウェ神の言葉を伝えて、自分達がエジプトを出ることを認めさせようとすると、
パロは「ヤーウェが一体誰だというのだ、
何故わたしがその声を聞いてイスラエルを去らせねばならないのだ。
わたしはヤーウェなど知らないし、イスラエルを去らせもしない」(五の二)と、
要求を拒否します。そしてますます民を酷使するように監督に命じた。
これはモーセをはじめとする多くの人々に動揺を与えた。
モーセが思い直して、イスラエルの民の動揺を鎮めようとするが、
彼らは小心と重労働のため聞こうとはしなかった。
ここでただ一点問題となっているのは、ヤーウェ神への信仰です。
モーセがパロと交渉したときの言葉はただ、
「ヤーウェがこう言われた」ということに尽きます。
ヤーウェを信ずるか否かに、すべてがかかっているのです。
イエス様は「見ずして信ずる者はさいわいなり」(ヨハネ伝二〇の二九)と言っておられますが、
モーセの時代も、見ずしてヤーウェを信ずる者は少なかった。
人々はことごとく見える証を求める、奇蹟があれば信ずるというのです。
そこでパロに対しても、イスラエル人に対しても、ヤーウェは奇蹟を見せる。
その奇蹟が、モーセとアロンによって、杖をワニに変えたのを変えたのを皮切りに、
次々と与えられる「十の災禍」です。」
(中略)
(注。神によって齎された災禍は、エジプトで起こる自然現象であり、
自然現象の起きる条件を理解された天上界が、
その条件を作ることで奇蹟(自然現象)を起こすことが出来たことを著者は記しています。
災禍が如何なるものであったかは、聖書「出エジプト記」に書かれた通りです。)
「しかしヤーウェ神を知らぬパロを説得し、
多数のイスラエルの民をイスラエルから去らせてほしいという前代未聞の要求を
パロが認めるためには、パロを恐れさせるだけの天災が相次いで起こる必要があったでしょう。
上記の十の災禍のうち、幾つかが重なり、それを天上界が利用して、
より劇的な効果を作り出したといったところが真相ではないでしょうか。
その上、当時の対外状況もイスラエル人に対して有利に働いていたようです。
それは東地中海の海上民族およびインドヨーロッパ民族の「第二の民族移動」に連動して、
隣のリビア人がセティ一世の時代からデルタ地帯に侵入し始めていたことです。
ついにメルエンプタハ王の治世第五年にエジプト軍とリビア軍との間に、
第十九王朝の存亡をかける大戦が発生、
やっとエジプト側が勝つことが出来たことが記録されています。
デルタ西側のこうした事件と、
デルタ東側のイスラエル民族のエジプト脱出とが無関係であったとは思われません。
恐らくモーセは、パロが眼を西方に奪われている機会を利用して、
エジプト脱出を企てたに違いありません。
こうしてみれば、出エジプトという大業は、天上界の援助、モーセの勇気、
イスラエル人の団結、そして天災、リビア人のエジプト侵入などが複雑にからみ合った
一大スペクタクルであったと言うことができるでしょう。」
「天の奇蹟・下巻」 第五章 モーセの出現 284頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
問十二 十災についてお尋ねします。
これについては、最後の長子の死という現象を除き、全て自然現象として説明出来る。
恐らくサントリーニ島の何回目かの爆発に伴う天災の発生を、
天上界が利用して劇的な効果を与え、
ファラオに心理的圧力を掛けたのが実際であったろうと論じました。
長子の死については、初穂や家畜の初生児を、神に奉げる儀式の反映であり、
儀式を重んじる祭司記者が、後世に挿入したものであろうとしました。
以上で宜しいでしょうか。
問十二解答 長子の死以外にも家畜のペストや腫物は創作です。
しかしサントリーニ島附近の噴火は断続的に小規模のものからかなりのものがあり、
その影響もありました。
天災が出エジプトを助け、リビア人の侵入という人災もこれを可能にならしめたのです。
直接紅海(葦の海)の奇蹟とは関係ありませんが ー 。
"湖(うみ)の奇蹟"
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 205頁
「たとえば海(湖)が二つに割れた奇跡については、
関谷定夫氏が、次の二つの説を紹介しております(『図説聖書の考古学』47頁)。
① 英国委任統治時代、長くシナイ総督だったジャーヴィス将軍の報告によると、
地中海に面したバルダビル湖(セルボニト湖)は、
水面が地中海の水面よりも 1.8 ~ 3m低い粘土質の沼沢地で、
幅 30 ~ 90mのせまい砂洲によって海と分けへだてられている。
ところが強い東風がシナイ海岸線を吹きつけ、
荒れた海の水が五、六箇所で砂洲を突破して、湖の中になだれこむことがあり、
その際、湖はしばらくの間、洪水状態となり、湖全体が平均より 1.5mも水位が高くなるという。
将軍はエジプト軍が溺死したのは、こうした自然の現象ではなかったかと言っている。
② 最近イスラエルのヘブル大学の聖書地理学教授のメナッシュ・ハルエルは、
「紅海の奇跡」の場所としては、
大苦湖と小苦湖の接合地点にある現在のカブリットの町の近くだったとしている。
スエズ運河が完成するまで人々はいつでもそこの浅瀬を通ることができた。
そして強い南東の風が砂漠を吹き抜ける時、湖水は西北方に押しやられ、
浅瀬は一層せまくなって乾いた地になることがある。
このことは「出エジプト記」一四の二一の記述に符合する。
また、スエズ湾で北西の風が南東の風に切りかわる時、
水は急に訳 2mも高くなりスエズ湾を横切る北の路は、ラクダで通ることができなくなる。
パロの戦車が水中に溺れたというのは、このような状況を指しているのだという。
W・ケラーは次のように言う(『歴史としての聖書』訳、142頁)。 ー
ラムセス二世の時代には、スエズ湾の北上は苦海(ビッター湖)に続いていた。
おそらくこのつながりは、ティムサ湖 ー 鰐(メンザレ)湖 ー にまでとどいており、
この地域にかつて葦の海(紅海)があったのだ。
ビッター湖へ続く水路には、数か所に浅瀬があった。
事実徒渉(としょう)はここで行われたのであろう。
また時として非常に強い北西の風が、スエズ湾の最北端の水を強く押し下げるので、
そこを徒渉することができるのである …… 。
以上から判断すると、渉(わた)る地点は多少ずれがありますが、
スエズ湾最北端沿岸から地中海沿岸までの間に点在する湖水地帯のどこも、
当時、浅瀬を作ったかも知れず、したがって渉る可能性があったと言えそうです。」
「天の奇蹟・下巻」 第五章 モーセの出現 285頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
問十三 エクソダスの場所については、いろいろ検討した結果、
スエズ運河の中部の都市エル・カンタラが魅力があるがコース上ここは無理があり、
ビッター湖とスエズ湾との間に曾てあった砂州をイスラエル人は渡ったとしましたが、
これでよいでしょうか。
尚北方ルート説の、地中海とバルダビル湖間の細い陸橋を渡ったというのは、
サントリーニ島爆発による津波を海の奇蹟の原因とするもので興味深いのですが、
これも非常に無理があるとしましたが。
問十三解答 その通りです。
竹内均氏や金子史郎氏の考察による出エジプトを
サントリーニ火山大爆発による津波の利用とすれば、
葦の海(紅海)でも、地中海とバルビダル湖間の細い陸橋でも、
五千人のイスラエルびとが羊も豚も馬も子供もすべて無事に渡り終えてから
一旦引いた海水が運良く大波となって押し返して来たという推定は、空想の類です。
幾ら天の勢いが多くても、火山帯の陥没による津波は制御出来ません。
問十四 海(湖)の奇蹟についてお尋ねします。
筆者はこれに関する、聖書記事の不可侵説(そのままの奇蹟が起ったとする)、
UFO・宇宙船の電磁力原因説、(サントリーニ島大爆発による)自然現象原因説を紹介し、
真実は自然異変に伴う諸現象を、天上界が効果的に利用し、奇蹟を起こさせたもの、
と結論付けました。
何かコメントございますか。
問十四解答 何もありません。
雲や雷を利用したり、風を利用することは何時もやっておりました。
"荒野の奇蹟"
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 236頁
「葦の海を越えた一行は、一転してシナイの砂漠部分であるシュルの荒野へ入ります。
試練の開始です。案の定三日間荒野を進んで、水を見つけることができず、
やっと見つけた小さなメラの泉は、名の通り「苦い」の意で、
水は土壌がソーダに富むため、塩分と硫黄分を含んでいて、飲めるものではありません。
そこで民はモーセに向かって「われわれは一体何を飲んだらよいのです」とつぶやくので、
モーセがヤーウェに向かって叫んだ。
モーセはヤーウェが指示された一本の木を水に投ずると、驚くことに、水は甘くなった」
(出エジプト記一五の二二~二五)。 ー メラの泉の奇蹟です。
水の豊富なナイルのほとりから、砂漠の地に入り、
早くもイスラエルの民が喉を渇(かっ)し、不安になる様が示されております。
『新聖書大辞典』には、水質を変えるためにモーセが投入した木は
「いなごまめ」の木だったと言われる、としていますが、筆者は始め懐疑的でした。
ところが千乃様からこの木について調べるように言われて、その項を引いてみて驚きました。
「 …… マメ科の常緑喬木で、高地を除くほかはシリア、パレスチナのいたる所に生育する。
樹高10m、枝は半球形に広がり、直径はほぼ樹高に等しい。
光沢濃緑色の羽状葉を有し、花は小さく赤色で房状に綴られる。
莢(さや)は深褐色で長さ 12 ~ 25cm、内部に八、九個の実をつける。
その味は棄てたものでなく、豚・牛・馬などの飼料とされるが、
安価なため貧民の食物ともされる。今日のアラビア人は好んでこれを食べる。
この木は塩水を甘くする効力があるといわれ、
モーセがメラの苦い水を甘くした時にはこの木を用いたという学者もある」とあるのです。
『聖書時代の生活Ⅰ』(創元社)にも、「莢の内部は柔軟で甘味がある」(78頁)とありました。
やはり聖書は事実に基づいて書かれてあったのです。聖書では水が甘くなったあと、
「わたしはヤーウェ、おまえをいやす者である」(一五の二六)と記してありますように、
天上界は塩分を科学的に中和する要素の在る植物を知っていて、モーセに教えたか、
モーセがそれをベドウィンから教わっていたかでしょう。
奇蹟とはこのように、必ず物理・化学的な根拠のあるものなのです。」
「天の奇蹟・下巻」 第五章 モーセの出現 286頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
問十七 マナ、うずら、メリバの水、及びメラの泉の奇蹟についてお尋ねします。
マナは通常シナイ地方に見られるタマリスクの木に寄生するカイガラ虫の吸った樹液が、
夜の冷気に触れて球状に凝固したもの。
うずらについては、その群れが毎年季節風を利用して低空を飛翔する習性があり、
そのコースにシナイ半島が入っていて、今でもベドウィンが捕まえているように、
シナイで通常の鳥である。
又メリバの水については、このような水の湧出現象も、シナイでは、自然現象としてあり得る。
そしてメラの泉の件については、
マメ科の常緑喬木「いなごまめの木」が塩水を中和する効果を持っている。ー
などから、これらの奇蹟と書かれた現象は、自然現象なのであり、これらに天上界が関与し、
自然現象を利用して、天上界がイスラエル人の飢えや渇きを救ったものである。
聖書で特別な奇蹟として描かれたのは、
記者が自然現象を神の恩寵と信じて書いたが故である ー 。
このように結論付けましたが、コメントがございますか。
問十七解答 何もコメントありません。その通りです。
"十戒"
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 252頁
「モーセは兄アロンとシナイ山に登り、いよいよ神から「十戒」を授かる。
後世の加筆を除いたオリジナルの十戒は、おそらく次のようであろうと言われています。
神に対する義務
一、汝わが前に我の外何者をも神とすべからず。
二、汝自己のために何の偶像をも刻むべからず。
三、汝の神ヤーウェの名をみだりに唱えるべからず。
四、安息日を憶えてこれを聖とせよ。
人に対する義務
五、汝の父母を敬え。ー 行為についての戒
六、汝殺すなかれ。ー 行為についての戒
七、汝姦淫するなかれ。ー 行為についての戒
八、汝盗むなかれ。ー 行為についての戒
九、汝その隣人に対して偽証するなかれ。ー 言葉についての戒
十、汝貪るなかれ。ー 心についての戒
もし奇蹟というものを、人の真の救いと導きのために、天より人に与えられた恩恵である、
という深い意味に取るならば、天から人の生きるべき指針として十戒が与えられた事実こそ、
奇跡の中の奇蹟と申せましょう。
天の奇蹟はそれ自体が目的ではなく、正しく人を導くための手段です。
十戒も同じであり、それを人が守ることによって、人間性の向上となり、
ひいては地上にユートピアを築くための準備となるものなのです。
逆にサタンによるまやかしの奇蹟が存在します。
それは人間を堕落へと誘う囮(おとり)であり、世を暗黒へと向かわせる媚薬です。
なぜ十戒が人に与えられて、真実の神のみを神とし、偶像を拝んではならず、
己の欲望のためにみだりに神を呼んではならず、
安息日を設けて神に心を向けることを要請されたのでしょうか。
それはひとえに、人が光の道を歩み、サタンの道に向かわないための、
神の人類に対する深い配慮であったのです。
それゆえまず、一 ~ 四戒で人の神に対する義務が示されます。
五 ~ 十戒までは、それまでの戒が守られれば、自然に守られるべきもので、
人の人に対する義務を示しております。
イエス様が「律法の中でどの戒めが一番大事か」と問われたのに対し、
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」と、
「自分を愛するように、隣人を愛せよ」という旧約の聖句を引用した
(マタイ伝二二の三七、三八)のは、上記の十戒の内容を的確に言い示したものです。
そして神と人への思いやり=アガペーの愛こそは、律法の精神であることを示したものです。
十戒の伝達自体もまた、神の人類に対する愛の発露に他なりません。
純粋の愛のみが天の奇蹟の源泉であり、
それ以外から出る奇跡はサタンのそれであることを知り、かつ行為することが、
十戒という正法の精神に生きることではないでしょうか。
"石に刻む"
モーセはシナイ山を降り、イスラエルの民にヤーウェ神のすべての言葉と法を語ると、
民は異口同音に、「ヤーウェが語られた言葉をみなわれわれは行います」と誓う。
そこでモーセはヤーウェ神の全言葉を書き記し、祭壇を建て、
イスラエル十二氏族のため十二の石柱を立て、燔祭を献げ、犠牲の子牛の血の半分を取って、
民に読んで聞かせると、民は「ヤーウェが語られたすべてをわれわれは従順に行います」と言う。
モーセは犠牲の血を取って民に注ぎ、
「見よ、これはこれらすべての言葉に基づいてヤーウェがあなた方と結んだ契約の血である」
と述べる ー 。
これがいわゆる「シナイ契約」と言われるものです。
預言者モーセを仲介者として、神と出エジプトのイスラエルの民とが結んだ双務契約です。
イスラエルは神から与えられた律法を守ることを義務とし、
神は律法に従うイスラエルを守ることを義務としております。
それゆえ、もしイスラエルが義務の履行を怠るとき、
神は預言者を通じてイスラエルに警告を発し、諫め、あるいは苛酷な運命を与える
(注。自ら望んで神の救いを拒みサタンに従う者を神は救えないということ)。
もしイスラエルがそれで悔い改めるならば、許し、イスラエルを守り続ける。ー
この神と人との「契約の思想」もまた、聖書を流れる主旋律です。
遠くアブラハムの時から奏でられ始め、モーセの時に確立しました。
その契約のための「証言(あかし)の石」こそ、
神によって刻まれたとされる十戒の石板です。」
「天の奇蹟・下巻」 第五章 モーセの出現 286頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
問十八 シナイ山で、直接モーセ様に「十戒」を授けたのは、
エル・ランティ(ヤーウェ)前天王だったのでしょうか。
その方法や意図について付言ありますか。
ヤーウェ神が「妬む神」であると書かれたのは、後世の挿入と思われますが、
この語は聖書記者の(集合的)無意識層の表出とか、
サタンの作用によって記されたと考えてよいですか。又は何らかの意義を持つのでしょうか。
問十八解答 ヤーウェ(エル・ランティ)前天王です。
妬む神はサタン・ダビデの人々への顕われがそういった印象付けをしました。
より権威ある神として恐れと服従を人々から得んが為です。ダビデ王とサタンは別人です。
問十九 「十戒」が石に刻まれた方法は、天上界の神が、モーセ様の自動書記形式であった、
としましたが、これで宜しいでしょうか。
又そこに書かれた文字は、エジプト神聖文字か、
アッカド楔形(せっけい)文字の可能性があり、更に天上語であったかも知れない、
と述べましたが、果して何語であったのでしょうか。
天上語であればその原形は、どう書かれたのでしょうか。
十戒の石板はまだ地上の何処かに残っているのでしょうか。
最後に十戒が人類に与えられた意義についても付言がありますか。
問十九解答 十戒が石に刻まれた方法は天のエネルギーによるものです。
又、モーセ様がよく理解し得るように神聖文字(ヒエログリフ)を用いました。
日本にあるというような説もありますが。
神聖文字であったからこそ多くの者も読むことが出来、モーセ様と私達天を信じたのです。
意義は今、正法者のあなた方が法を私達から与えられ、教えられているのと同じものです。
"約束の地へ向けて"
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 266頁
「神から十の律法を授かり、生きる指針を与えられたイスラエルの民は、組織や機構も整い、
エジプトを出て一年足らず、いよいよ約束の地カナンへ向けて出発します。
大天使に守られ、モーセに率いられ、十戒の証の板を収めた「契約の箱」を先頭に、
東北の進路を取ってシナイ山を後にする。
前途には他部族との出会いと対決という新たな困難が待つ ー 。
「出エジプト記」はシナイ山の出来事までを、丁度聖数とされる四十章でまとめ
(十戒は中間の第二十章にあります)、その後の歴史のほとんどは「民数記」に記されています。
(中略)
「二回に亘るイスラエルの人口調査が記されているので、
民の数をかぞえる、という意味で「民数記」と名付けられました。
人口調査は、予測される軍事行動にそなえる目的で、
二十歳以上の成年男子を数え、登録するためになされたとされます。
二回とも六十万人を超える数となっており、全人口ではこの四、五倍となり
とうてい実数ではなく、荒野をさまようには全体で数千 ~ 1万人が限度でしょう。
人口調査がなされた約三週間後の春に、イスラエルは宿泊を引き払って出発する。
前進と休止はヤーウェの命令通りで、シナイの荒野を出てパランの荒野
(シナイ半島中央部に広がる、標高 600 ~ 750mの、石灰岩からなる荒涼たる荒野。チンの荒野を含む)
に至って雲がとどまったので、そこに宿泊するという具合。
途中まで道案内に舅のエテロ(リウエル)と義兄弟達が同行します。
やがて人々は毎日アナしか食べていず、肉が食べたいとつぶやき、泣く。
ヤーウェの怒りをモーセがとりなし、飽きるほど鶉(うずら)が与えられる ー
というシナイのテーマの繰り返し。
彼らはついに、シナイ半島北東部で、カナンの地の南の入口に当たる、
シナイ最大のオアシス、カデシ・バルネアに至る。
「聖別された地」の意で、ここに様々な遊牧民や隊商が立ち寄るので、部族間の紛争が起き易く、
別名「メリバの水」(争いの水とか「さばきの泉」と言われます。
モーセはここからカナンに向け、各士族の代表十二名を選んで斥候(せっこう)として送る。
彼らが四十日後に持ち帰った情報によると、カナンは真に「乳と蜜の流れる地」だが、
そこに住む民は強く、町々は堅個で大きい(一三の二八)。
ユダ族のカレブとエフライム族のヨシュアのみが、
神がいるので必ず勝てるから、北上すべしと主張したのに対し、他の臆病風に吹かれた十人は、
とんでもない、カナンの大男達に比べて自分達はいなごのようなもの、と反対する。
これを聞いた会衆は、ヒステリー気味になって、その夜、泣き明かし、
エジプトへ帰るほうがましだ、とモーセとアロンをなじり、
カレブやヨシュアを石で殺そうとさえする。
そこへヤーウェの栄光が全会衆の前に現われ、
怒ったヤーウェは彼らを疫病で滅ぼすと宣言する。
モーセのとりなしにも拘らず、つぶやかせ、おじけさせた人々が疫病で死ぬ。
さらにヤーウェは、逆らった罰としてイスラエルびとは、
四十年間荒野をさまようべしと述べる(第十四章) ー 。
この一件は金の小牛事件と同じく、
ヤーウェ神およびモーセへの背反事件が一度ならず起こったことを暗示し、
また疲れや食糧不足などで、疫病で倒れた人々が出たことを反映しています。
(注。これが真実であって、聖書記者により神に逆らった罰のように脚色されたと考えられます)
実際にすぐカナンへ入ることができず、長くカデシに滞在したり、
迂回に迂回を重ねたのも事実でしょう。
実際はおそらく、イスラエルにはまだ強力なアマレク人やカナン人を
打ち破るだけの力がそなわっていないため、
しばらくカデシの泉近くに宿営して軍隊を訓練し、士気を高めるべく時間を必要としましたし、
与えられた十戒をも周知徹底させねばなりません。
このような教育と訓練の時期が「四十年」とされたのであって、
四十はこれまた記者の観念上の数で、むろん実際の数ではなく、
すでに検討したように、五、六年、多くてたかだか十数年というところでしょう。
次にまたも反逆事件。
すなわちコラ、ダタン、アビラム、オンらは共謀し、つかさ級の人物を多く引き入れて、
「ヤーウェの前ですべての会衆は聖なる者なのに、どうしてあなた方は人の上に立つのか」
と強弁し、モーセとアロンに反抗する。
自分達が、人の上に立ちえないことからくる権力への妬み。
モーセの説得を聞く耳を持ちません。
モーセに矢を向けることは、ヤーウェに矢を向けること。ヤーウェの怒りが下る。
「モーセが述べ終わると、彼らの下の大地が裂け、
コラに属するすべての人々と所有物を呑み尽くした。
すなわち生きながら陰府(よみ)に下り断ち滅ぼされた。
またヤーウェの下から火が出て、二百五十人をも焼き尽くした」(一六の三一 ~ 三五)。
コラの事件と疫病によって死んだ者は一万四千七百人であった(一六の四九)。
むろんコラ事件のような反逆事件が続発して、
首謀者や同調者らを厳しく処罰したことは起こったでしょう。
しかし土地が口を開いて多勢を呑み込むようヤーウェ神がなしたり、
自分から疫病をはやらせることはありえません。
古代人の、自然現象をすべて神のせいにする思考傾向から出たものに違いありません。
カデシ付近は、ヨルダン峡谷からアカバ湾を結ぶ大断層の近くにありますから、
そこを遊牧中、大地震に遭って大地が割れるのを目撃した経験が、
あの文に結晶したのかもしれません。
(この事件は)「大地震が起きて、その直接的被害のあとに、二次的な災厄があらわれ、
土地の荒廃と飢饉、疫病の流行による犠牲者がでたことを、
表わしていると考えられないだろうか。
土地の荒廃、つまり植生の破壊は遊牧民の生活を窮地におとし入れたにちがいない」
(金子史朗『聖書の奇跡』116頁)と、地球物理学者も述べております。
むろん一万四千七百人という数も誇張です。
またこの事件でアロンおよびレビの子らは生き残り、アロンの家系は祭司職、
レビの子らはヤーウェの幕屋で奉仕する特別な役が、定められたとされますが、
これは「レビ記」や「民数記」の殆どがそうであるように、
P(祭司)記者の筆になるところでしょう。
(ところでカデシ滞在中に、モーセの姉ミリアムが他界します。
モーセより五、六歳以上は年齢が上ですから、モーセが五十五歳位として六十数歳。
当時としては自然な寿命で、われわれの今までの年齢計算にも合致します。)
教育と軍事訓練の十年間は過ぎ、実力をつけたイスラエルの民は、
いよいよカデシを去って、目的地へと向かう。
出エジプトの前にモーセの試練と沈思の日々があり、
エジプト脱出のあとにシナイ山麗での休止と十戒授与の期間があったように、
静→動→静→動→静と、リズムを打ちつつ大事業は進展する。
慎重なモーセは、カナンへ南から入って強力な抵抗を受ける危険を避け
東からヨルダン川を渉(わた)ってカナンに入る計画を立てる。
そのためには死海の南方を占めるエドム人の地を通らねばならず、
モーセはエドムの王に、ていねいに通過願いを出す。
だが狭量の王はこれを拒否した上、
軍勢を集めたのでモーセはここで戦ってエネルギーを浪費する愚を考えてか、
一端南に迂回することを決心する。
この間、エドムとの国境に近いホル山麗でキャンプを張っていたとき、
アロンはホル山の頂きで没し、全会衆が悲しんだ。
ついに一行は、死海の東岸地方で、
モアブとアモリ人の地との国境であるアルノン川の上流に達する。
すでに広い意味のカナンに来ている。しかしカナンの中心部へは、
アルノン川の北部に勢力を張るアモリ人(エモリ人)の領地を通り、
ヨルダン川を超えねばならない。
(アモリ人といえば、かつては古代帝国都市マリを中心に文化を咲かせた人種で、
イスラエル人の祖アブラハム一族とも近い関係にありました。
モーセ時代にアモリ人シホン王は、アルノン川の北部をモアブから奪っている。)
モーセは平和裡にその地の「王の道」を通ろうとして、王に使者を出すが、
これまた拒否に遭い、軍隊まで差し向けられる。
もはやここまで来て譲る道は残されていない。
イスラエル軍はついに剣を抜き、迎撃すると、訓練の成果が発揮され、
「彼らを撃ち破り、アルノンからヤボク川(ヤコブが大天使とかつて角力した)
までの地を占領し、アルモンびとの境に及んだ」(二一の二四)。
そこでイスラエルは進んで「エリコに近いヨルダンのかなたのモアブの平野に宿営し」
(二二の一)、モアブをも制圧する(占者パラムの故事はその象徴)。」
(中略)
「モアブ草原でのイスラエルの滞在は、
ヨルダン川渡河と、それに次ぐカナン侵入のための準備であり、
軍の再編成と民の再教育の意味がこめられていたに違いありません。
約束の地は、まさに眼前に開かれてあるのです。
"モーセの昇天"
モーセの告別説教の形をとる「申命記」(モーセ五書のしめくくりの文書であり、
預言者的精神と祭司的信仰を合わせ持つ人物によって、紀元前七世紀ごろ書かれ、
ヨシヤ王の申命記改革とエレミヤの預言活動の原動力となった文書)は、
モーセが来し方を振り返り、
人々に諄々と、出エジプトの意味、ヤーウェ信仰の重大さを説く姿を描いております。
曰く、「イスラエルよ聞け。われわれの神、ヤーウェは唯一の主である。
心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、ヤーウェを愛さなければならない」
(六の四)。
曰く、「人はパンのみで生くるにあらず、主(ヤーウェ)の口から出る言葉によって生きる」
(八の三)。
曰く、「父は子のゆえに殺されるべきではない。子は父のゆえに殺されるべきではない。
おのおの自分の罪のゆえに殺されるべきである」(二四の一六)。
モーセは渾身の思いをこめて、ヤーウェを神とし、律法に従い、隣人を愛し、
今までエジプトの寄留者であったことを忘れず、隣国に親切であれ、などを語る。
語り終わっていよいよ最後がやって来た。モーセはモアブの平野からネボ山(803m)に登り、
エリコの向かいのピスガの頂へ行った。
眼前には約束の地カナンが、ヨルダン川の向こうに広がっている。
エジプトから、あらゆる辛苦に耐えて民を導いて来たモーセ。
そこへはあと少し。だがあまりの高齢、そして白髪のモーセ。
彼はおのが天命をまっとうしたことを知り、自然の掟を知っている。
後事は後継者ヨシュアに託し、おのれは天に昇るのみ。
「こうしてヤーウェのしもべモーセは、ヤーウェの言葉とおりにモアブの地で死んだ。
ヤーウェは彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、
今日までその墓を知る人はない。
モーセは死んだ時、百二十歳(原注、実年齢六十 ~ 七十歳か)であったが、
目はかすまず、気力は衰えていなかった。
イスラエルの人々はモアブの平野で三十日間モーセのために泣いた。……
イスラエルには、こののちモーセのような預言者は起こらなかった。
モーセはヤーウェが顔を合わせて知られた者であった …… 」(三四の一 ~ 一〇)。
「天の奇蹟・下巻」 第五章 モーセの出現 287頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
問二一 メリバの水の奇蹟に於て、どう見てもモーセ様やアロンに罪はないのに、
それが両人の罪に帰せられ、罰として約束の地カナンに入れないように聖書に記されているのは、
カナンに老齢の為入り得なかった事に対する、聖書記者の理由付けの為である、としました。
これで宜しいでしょうか。
尚終るに当り、天上界から見た当時のモーセ様の人となりについて、何か付言ございますか。
問二一解答 その通りです。
モーセ様は背の高い方でしたから立ち姿に威厳があり、指導者としての寛容を備えた方でした。
謙譲な方でもありましたから、私達は尊敬の念を持って接しておりました。
イエス様の方は若いだけに気性が激しく、ねじ曲がった心の者の怒りや復讐心を招き、
サタン・ダビデが巧みにそれを利用し、扇動してあの悲劇を生ぜしめたのです。
又、その民を弁護する点に於ては、現在の(集いの)主宰達を思い起こさせるものがあります。
問二二 モーセ様の昇天についてお尋ねします。
聖書は、モーセ様が、モアブ平原のネボ山を一人登って行き、その後を誰も知らない、
というように書いています。
これは肉体そのものが四次元に移行したような印象を与えますが、
そうではなくそこでモーセ様が自然死を待って、霊が天上へ赴いた、とすべきと思います。
真相をお知らせ下さい。
或いはあの描写は聖書記者のフィクションで、実際は当時きちんと墓も作ったのではないですか。
又、「ユダの手紙」や外典書「モーセの昇天」にあるように、
モーセ様の遺体をサタンとミカエル大天使長が争ったようなことは起こったのでしょうか。
宜しければモーセ様昇天の際の様子をお知らせ下さい。
問二二解答 モーセ様の心臓は大分弱られていましたから山登りは発作を容易にしました。
静かな死でした。 遺体を争ったというようなことは捏造です。
その他天使との出会い、問答などは、天使が人を介して伝えたのでしょうか、
事実と異なる所もありますが、私及びガブリエル並びにウリエル、ラファエル、
メタトロン、ザグザエルなど五名が側におり、他の天使・大天使は少し離れ、
エル・ランティ様やアブラハム様も囲んでおられて、
サタン・ダビデ及び悪霊の介入から守ったのです。
二節 現天上界と古代イスラエル(「天の奇蹟」より)
(四) 黙示の時
① 黙示文学(黙示文書)とは
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 10頁
「大天使の名が多く現われる、エノク書、ダニエル書、
ヨハネ黙示録等に共通するものは何かを探ると、これらはいずれも、
聖書関係文書中の「黙示文学」という特異なジャンルに入ることに気付きます。
そこで一体、黙示文学(アポカリプス)とは何か ー
それに光を当てることが、ナゾを解く鍵となるはずです。
(中略)
黙示文学を調べて明らかとなったことは、
人々が今までこの文学をできなかったり、あるいは勝手な解釈を加えたりしたのは、
黙示文学が書かれた当時の時代および社会状況を本気で調べなかったり、
無視した結果であるということです。
この態度に反して筆者は、いかなる文書といえども、
それが書かれなければならなかった切迫した状況を持っている。
けっして時と場所を超越した文書はありえない。
ということは、たとえ後世どのように立派だと讃えられるようになった文書といえども、
限りある時代と場所によって制限され、
苦悩と悦びを持ったであろう生身の人間によって書かれたと信ずるのです。
こうした見地から黙示文学を検討した結果、
すでに多くの真摯な研究者が指摘しているように、
それは、ユダヤ民族あるいはキリスト教徒が外圧・内圧によって、
母国喪失とか迫害といった絶望の淵に立たされたとき、
彼らに勇気や希望・はげましを与える意図で、
異邦人である圧政者の眼に触れられぬよう、あるいは見付かっても意味のわからぬよう、
慎重に書かれた一種の暗号文書であり機密文書であった、という結論に到達しました。
その面で黙示文学をもう一度顧みるならば、読者の諸々の疑問も氷解するのを覚えるでしょう。
たとえばダニエル書中の「十の角を持つ獣」が、遠い未来ではない、
当時現実のギリシア帝国を表わしていたり、
ヨハネ黙示録の「獣」がローマ帝国を示すという具合であり、
書名や著者名にも、ダニエルとか、エノク、エズラなど、
伝説上および歴史上の人物名が擬名として使われているのです。
その上、一様に末法的な動乱の世を反映するかのように、暗い終末思想で彩取られております。
この世は不信仰・不正の支配する邪悪の世であり、
早晩、歴史を司る神によって滅ぼされるべきことが力説され、
神の裁きによってわずかな義人を残し、他はゲヘナ(地獄)の火に焼かれる。
そののちにメシアが顕われ、義人が救われ、神の支配する至福の世が出現する ー
ことが予言の形で説かれています。
このようなきわだった「終末思想」「最後の審判の思想」「メシア思想」「復活思想」は、
民族や教団の存亡の危機という時代背景を考えることによって、
はじめて了解しうるものとなるのです。」
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 147頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問一 聖書中の「ダニエル書」(「エノク書」)及び「ヨハネの黙示録」は、
黙示文学のジャンルに属し、預言者の書である「エゼキエル書」を含め、
聖書の中でも最も難解且つ不可解な文書であると言われてきました。
それ故クリスチャンの中にもこれらを高く評価しない者がいると共に、
精神分析家が精神分析の対象とするかと思うと、新興宗教集団、UFO研究家などの中には、
書かれている事柄が現代或いは未来を予言したものであるとし、
自分達の団体や研究対象に当てはめて解釈する者がいる始末です。
しかしこれらの黙示文書が書かれた時代状況を冷静に調べると、
これらの文書は、著者達が属する民族や集団が、外圧による迫害の下に晒された時に、
密かに同胞を励ます目的で書かれたものであること、その為の偽名と象徴的手法によって書かれた
一種の「暗号・機密文書」の機能を持っていたことが明らかになりました。
これで宜しいでしょうか。加えるご意見はございますか。
問一解答 その通りです。
常にサタン・ダビデとその輩下に操られる弾圧者、圧制者の迫害を避ける為には、
信仰深き者の霊能を通じて、天の者達はどのようにしてでも
黙示形式の伝達と伝承が必要であったのです。
それは本書掲載の西澤徹彦様の解読された日本の古代文書や古謡
(主にエル・ランティ = ヤハウェ様のなされたお仕事)にもある通りです。
誰かが解読する迄は伝達、伝承した者にも判らぬように暗号化しました。
それによって、悪意ある者により歴史が書き換えられようとも、天の真理と真実は残り、
人類は究極のものとして何を求め、得るべきかを如何に時代が変ろうとも覚り得る為です。
幻や表象の形を取る黙示や預言は天が与え、或いは書き手の脳裏に働き掛けて、
必要な場合には、大天使が霊能を持つ著者や預言者に直接解明したり、解読させました。
天上界の指導なくば、解読不可能のものであると知らされましたが、
それを知らぬ当時の読者の内の解読する者に働き掛ける天上界の者が、
この文書は天上界の下に書かれた機密文書であると判断し得る暗号
(七大天使の名は天上界の者しか知り得ない)として七大天使の名を記したのでしょうか。
② 何故七大天使の名前が録された聖書が、第一正典から除外され、外典、偽典にされたのか
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 147頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問十二 他の黙示文書「第四エズラ書」「バルクの黙示録」などは、
ローマ軍によって聖都エルサレムが破壊された紀元後七十年直後の非常時に
主にユダヤ教徒によって書かれたものです。
前者はウリエル(元)大天使名が、又両者に天使長レミエル(ラミエル Ramiel or Remiel )
又はエルサレムの名が載っています。
天上界はイエス様出現後も、一部のユダヤ教徒に関与されたのですか。
レミエル天使長とはエノク書第六章に二千人の御使いの長(かしら)達の一人として
名が挙げられています。この方は実在の方ですか。
問十二解答 「第四エズラ書」と「バルクの黙示録」は
明らかに双方ともユダヤ教徒へのサタン・ダビデの接近であり、
特にエズラ書を指針として、ユダヤ教の「ヘブル語聖書」が編纂されて、
遂には七大天使全員を宗教の歴史から抹消してしまう結果となるように仕向けました。
イエス・キリストを十字架に掛けたユダヤ教徒が、
良心の呵責を感じずに済むように、その時遠大な計画を立て、
サタン・ダビデの配下を大量に作る為このような黙示の書を書かしめたのです。
その遠大な計画とは何であったかはまだ発表する時期ではなく、明らかには出来ませんが、
エズラ書のウリエル大天使も、レミエル大天使長もダビデがそう偽って名乗ったのです。
ダビデの霊示を一つ一つ辿ることは当時も現代に至る迄も不可能に近いものですが
(私達が関与したものとそうでないものとがある為)、
内容から見れば、明らかにダビデのものです。
③ 現天上界の神が人類の前に明らかにされたその実在と共に、
天上界の計画(だけが人類を救うものであること)を伝えた七大天使を
如何にして私達は知ることになったか。
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 8頁
「『ヨハネ黙示録』に大天使の数が「七」とされたうち四つの名は、
一応、聖書に出ていたわけです。
しかし、カソリックの第二正典を知らないプロテスタント系クリスチャンや
イスラム教徒はもとより、教養程度に聖書を知る人にとって、
ミカエル大天使長名やガブリエル大天使名は知っていても、他は知る由もありませんでした。」
(中略)
「ところが、前正法運動の主催者・高橋信次氏の最晩年に、
講演会等でその七名の名が霊感を通して知らされ、
まずミカエル(元)大天使長が霊能者を通して語りかけたのを始めとし、すぐ続いて、
ついに現正法運動の「天国シリーズ」第一巻『天国の扉』第二巻『天国の証』以下で、
七名全員が名乗りを挙げ、かつ人々に直接語りかけるに至りました。
実に驚くべきことと言わねばなりません。
このようなことは、夫ヨセフと聖母マリヤ及びその縁者ザカリヤ、
エリザベツ夫妻(ガブリエル元大天使)、預言者モハメッド(同上及びミカエル元大天使長)、
ジャンヌ・ダルク(ミカエル元大天使長)依頼のことであり、
全員がしかも直接、人々に語りかけ指導するというのは、
記録されている限りでは、歴史始まって以来のことです。
これは計り知れない意味を持っていると思うのです。
この間、聖書学者による聖書研究の手は、「死海文書」の発見と研究等の刺激を受けて、
ついにそれまではほとんど顧みられなかった、聖書「典外書」にまで及び、
日本でも、これらの訳書が、キリスト教書専門店の棚に並ぶようになっておりました。
そこへ、七大天使名について深い関心を寄せていた現「正法の集い」東京の主宰者・
西澤徹彦様がエノク書を始めとする典外書を入手、残るすべての大天使名を確認し、
『慈悲と愛』誌に公表するに至りました(※)。」
「『天国の扉』出版より約2年後のことで、はからずしも、
(元)大天使の実在を裏付け、かつまた、現正法の正当性を証したことになったのです。」
(※注。
「天上界メッセージ集・続」 二十世紀の七大天使 西澤徹彦著 155頁
歴史に顕われる七大天使(元)
「読者の方々の中には、七人の元大天使の名は聖書のどこに載っているのだろうと、
聖書を調べてみられた方はありませんか?
七大天使の事はヨハネの黙示録に録されておりますがミカエル様の名しか載っておりませんし、
読者はおそらく聖書をくまなく調べられてもみ使いの頭(かしら)ミカエルと、
かの人ガブリエルの名しか出て来ない事に気がつかれるでしょう。
私は、七大天使(元)の名を知って以来、
いったいどこにその名が記されているのだろうか知りたい思いでいっぱいでした。
最近やっとそれを知ることが出来、
まだ御存じない方のために親しくここに発表させて頂く次第であります。
国立の図書館で新聖書大辞典にある次の事項を見つけ出しました。
「外典のエノク書には七人の大天使として、ウリエル(パヌエル)、ラファエル、ラグエル、
ミカエル、サリエル、ガブリエルの名が列挙されている(一エノ20:7)」
(中略)
「果せるかなエチオピア語のエノク書第二十章に六人の大天使の名を見出し得た訳です。」
「その晩は月の奇跡の虹が翌日の午後は太陽の虹が見られました。
天上界も大きな喜びを表わされたのです。」注終)
④ 天上界が七大天使の名を証される時とは
七大天使が現れるまで、その七名の名を知る者がいなかったのは、
その名の記された聖書を、サタンの働きかけで聖書の編集者が除外してしまったからでした。
現天上の仲介者として、またミカエル様の本体として証された千乃先生を通して、
七大天使とヤーウェ=エホバ神であるエル・ランティ様が、
『天国の扉』、『天国の証』にその存在を明かされました。
かつて『ダニエル書』、『エノク書』という黙示書に大天使の名が記されていたのは、
それらが書かれた当時、ユダヤ民族が圧政者によって苦難を強いられていたからであり、
そのユダヤ民族を励ます為に、天上界(エル・ランティ様)が敬虔なユダヤ教徒
(エル・ランティ様はその名前を七大天使にも秘密にされたそうです)に書かせたものでした。
ユダヤ民族を救おうとの天上界の意志表示として
大天使の名をエル・ランティ様が伝えられたのだと思われます。
それは正法を伝える為に千乃先生を通して現れた天上界は、
かつて圧政者の迫害に希望を奪われたユダヤ民族に救いの希望と勇気を与えた天上界と
同じであると伝えられました。
私達に神の法、正法を伝えたのは、モーセ様に十戒をあたえたことと同じ意味であることを
ミカエル様は語られました。
それが神の道であり、天上界が共に在るのはその道だけである。
神の道を見出せないような者に、人類を救い得る道を示すことは出来ないばかりではなく、
サタンの導きから逃れることの出来ない者です。
⑤ 「ダニエル書」「エノク書」が書かれた背景
a. 何故書かれたか
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 34頁
「ギリシア帝国がユダヤの地を支配した時代、過激なギリシア化(ヘレニズム化)政策によって、
パレスチナのユダヤ人を圧迫した、シリアを根拠とするセレウコス王朝の時代の
アンティオコス四世エピファネスによる迫害の只中にある人々に
勇気とはげましを与えるべく書かれた。」
b. 何故ギリシア政策を進めたか
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 30頁
「当時凋落しつつあったセレウコス王朝がローマによって課せられていた
寄付金を調達する必要にせまられていたからのようです。」
c. ギリシア政策を進める上で、如何なる迫害を、破壊をユダヤ民族に為したか
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 30頁
「エルサレム神殿の大祭司職を、最高入札した者に売り渡す
(前一七五年、サドク家の正当な大祭司であり徳望高いオニアス三世をやめさせ、
買収という俗的手段で大祭司職を野心家ヤソンに渡し、さらに由緒あるサドク家とは無縁の、
極端なギリシア化推進者メネラオスにもそれを買収させた事件で、
これは敬虔なユダヤ人教徒には耐えがたいことであった)、という悪辣な方法を実行したため、
神聖とされる家柄と徳の高さによって選ばれるべき大祭司の職が、
強欲で専制者にへつらう野心家によって占められる道が開かれました。
その大祭司がアンティオコス強要される税の支払いのために、
神聖な神殿の財宝を次々に売却したのですから、ユダヤ教徒に大混乱を生みました。
それのみかアンティオコス四世は続いて、祭司間の紛争を利用して、
ヤーウェの祭儀の放棄を一方的に通告し(神殿での供養、割礼および安息日、律法などの禁止)、
違反者を死刑に処しました。
そうした上で前一六八年、エルサレムのヤーウェ神殿にオリンピアの神ゼウスの祭壇を設け、
ユダヤ教で不浄とされる豚などをささげ、神殿を著しく汚しました。
それのみか、各地にゼウスの祭壇を建てさせ、
ギリシア風の浴場、劇場、競技場をも造らせています。
彫像(イコン)を尊重し、裸体美を愛することから生じたこれらに風習は、
彫像を禁じ、裸体をあらわにするのを恥とするユダヤ人にとって、
まことに忍びがたきことなのです。
d. ユダヤ民族の選んだ道
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 31頁
「ユダヤ人たちはここにおいて、自分たちの信仰を捨ててセレウコス王朝に従うか、
信仰を守って迫害に甘んじ殉教するか(母と七人の子の殉教の実話のように)、
の非情の二者択一の選択を強いられました。
それ以外には亡命者や隠者となるか、ゲリラとなるかでしたが。
異教化されたエルサレムを離れ、北西のモデインという山村に移り住んでいた
ハスモン家の老祭司マッタテヤの所にも、前一六七年の或る日、シリアの役人がやって来て、
ギリシアの祭壇に犠牲を捧げるように強要し、改宗を迫りました。
彼が拒んだとき、ユダヤ人の一人が進んで従うのを見たマッタテヤは、憤然となって思わず、
(モーセ様のように)役人もろともユダヤ人を切り倒し、
(イエス様のように)祭壇をひっくり返して、
「律法の火を燃やし続ける者は我に従え!」と叫んで、
五人の息子や同志を連れ(天上界に後押しされ)てユダの荒野に逃れ、ゲリラ戦を組織します。
(注。日本中の人々の心をサタンの邪念で侵してきたのが、
悪魔の広報となった左傾メディアであることを知るなら、
老マッタテヤの心意気を知って尚、
テレビをひっくり返すくらいの心意気が持てないようでは
真に情けないときっと思われることでしょう。)
老マッタテヤは禁じられていた安息日における自衛戦を許す
(神の業を為そうとする者を止めるもの(安息日であろうと)は神の御意志に背く者です)
などして戦いに挑みましたが数ヶ月で没し(前一六六)、
その後を三男のユダ・マカベア(鉄槌の意)が後を継ぎ、アンティオコスの軍を各地で撃破する。
丁度その折、アンティオコスは東方のパルティアとの戦争に巻き込まれたため、
ユダに休戦を提案し、迫害の中止を軍に命じる。
この機にギリシア化された大祭司らの手からエルサレムを奪還しようと決意したユダは、
前一六四年十二月二十五日になって、彼の軍勢と共にエルサレムを占領し、
異教礼拝の一切を払拭して神殿を清め、ヤーウェのため燈明を点した
(このとき一日分の燈油で八日間も火が燃え続けるという奇蹟が起こったとのこと) - 。
今日に至るもなお、この事件を記念してユダヤ教では「宮きよめの祭」(ハヌカ祭)
を行っております(イエス様がエルサレムの神殿で商いをする人を激しく追い払われたのは、
このような伝統の精神をしめされたのでしょう)。」
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 151頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問七 ところでダニエル書、エノク書を始めとする聖書の黙示文学書に
(元)大天使名が記されているのは意味のあることで、民族の存亡のかかった危機の時代にこそ、
天上界高次元の方々の導きと救援が顕著であったことの証拠と理解しました。
外典の「第二マカベア」にも、エピファネスの迫害時とマッタテアの息子達による聖戦時に、
屡々天の援軍があったと記されています。
天上界はこの時期にダニエル書、エノク書等の著者に霊感を与え、名を明かし、
老マッタテアに立つべく勇気を与え、
ユダ・マカベア、大祭司オニアス三世、義の教師等に顕現し、
律法学者のエレアザル等の殉教者に死を超えて生きる力を与えたのでしょうか。
この当時のユダヤの歴史と天上界との関係及び、
これらハシディームの人々との関係についてお教え下さい。
又ダニエル書中のミカエル様とガブリエル様の予言は、
直接にはユダヤ民族に対する近い将来のことであったと思いますが、そうでしょうか。
問七解答 イエス様の誕生に備えて、人々を神の国の使徒となるべく
心の備えをなさしめたことは元より、エル・ランティ(ヤーウェ = エホバ)様の御意志を汲み、
何よりも神の選民であるユダヤの民の存在を危うくし、神の聖なる城であるエルサレムの町を、
ローマの堕落した文化と虐殺によって帝国支配を強いた時代に、ローマに忠実で、
より残虐な血の粛清による支配を徹したユダヤ王ヘロデの足元に踏み躙らせるに忍びず
(総てはサタン・ダビデの陰謀によるものであるだけに尚更)、
多くの信仰篤き人を通じ預言と警告を発し、勇気ある者を奮い立たせて、
神の祝福された平和で自由なユダヤの国を取り戻すべく、努力に努力を重ねました。
が、サタン・ダビデの悪の扇動は、
虐殺と焼き討ちで人の住まぬ荒野と化した町を"平和"とした
ローマの非道な支配の形で熾烈を極め、遂に紀元66年には反ローマの大反乱が起き、
全ユダヤ対ローマ軍のユダヤ戦争に発展しました。
しかしそれも77年、エルサレム攻城戦で最後の一兵まで滅され、
六十年後の第二ユダヤ戦争も135年に全滅の後終結して、
ユダヤの民は再び離散、流浪の民となったのです。
ハスモン家の祭司、老マッタテアと息子達
(最初のユダヤの対シリア独立運動 = マカベア戦争)、
勝利を得てハスモン王家となったが、後に専制王の代となり、
それに抗し、批判の声を大にした故に処刑されたハシディームの人々、
及び第一、第二ユダヤ戦争に参加したエッセネ派の人々は、
サタン・ダビデの暗躍による侵略者や自国の専横非道な支配層への隷従と屈辱を拒否し、
自由と独立と民族の存亡を掛けた時代に生きた殉教者達であり、
神と民に生命を捧げた正義の戦士であったのです。
ダニエル書、エノク書など、黙示文書を通じてのミカエル様他、
大天使の予言は真にユダヤ民族への警告と励ましでありました。
今まさにユダヤの後裔としての日本の民に、
私達が総力を挙げて世界の終りを警告していると同様に ー 。
⑥ 「ダニエル書」「エノク書」について
a. 書かれた時代
「ダニエル書」 BC166年
「エノク書」 BC164年
b. 今現実に起きている真実をありのまま書けば、圧政者の迫害を受ける為に、
過去に実在した賢者による善行を語ることで、
その正反対の現在の悪がより明らかに知ることになる。
またそのような善を為さしめてきた神の導きを知らしめたのがこれら黙示文書でした。
ここに書かれているものは、何時の時代の誰の事についてだったか
「ダニエル書」 BC2360年 ラガシュのウルカギナ王
「エノク書」 BC3300年 古代メソポタミアのエンメドウランキ王
C. 何故聖書の名前に王の名前を採らず、ダニエル、エノクと名付けられたか
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 48頁
「(エノク書の)内容を検討してみても、(エンメドウランキ王の時代の)
ずっとずっと後世(ギリシア帝国による支配時代)の問題が扱われているのですし。
それゆえ、尊敬を受けている義人エノクの名を書名に付すことによって、
著者の実名を迫害者からカモフラージュする効果を期待すると共に、
秘かに同胞ユダヤ教徒の注意を集め、メッセージを彼らに伝える目的で、
後世の人がこれを書いたに違いありません。
この点でエノク書はまた、ダニエル書と大変似ているのです。」
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 150頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問五 一方、ダニエル書の著者に擬せられ、
エゼキエル書にノア及びヨブと共に義人・賢人の代表として挙げられ、
偽典「ヨベル書」に、アダムから数えて六代目の、義人エノクの義父とされ、
ウガリット文書「アカト叙事詩」中で徳高き人物として描かれている
「ダニエル」又は「ダネル」は、
ダニエル書成立の遥か昔に実際のメソポタミア地方に実在した人物ではなかったか、
を知りたく思います。
「天国の扉」や「天国の証」の中で紹介されている元天使で、現大天使の一人である方、
ダニエル大天使との関係も合わせてお知らせ下さい。
この方が合体又は守護された方が義人ダニエル、又はダニエル書の著者
(ハシディームの先鞭を付けた人物)であったのでしょうか。
或いは義人ダニエルが天上界に上がって、天使の一人となったのでしょうか。
問五解答 ダニエルはB.C.二三六〇年の頃のラガシュ王、ウルカギナ
(注。ダニエル書に記された人物)がダビデ王と同じく言い伝えの中で理想化され、
義人・賢人として讃えられた人物なので、
ウガリット文書に"神は裁く"ダニ・エルとして描かれ、
聖書に採り上げられた「ダニエル書」としても歴史に残されたのです。
ウルカギナは正義の人として国民に愛された王で、ウルカギナの改革で有名な人物です。
ダニエル大天使は、ダニエル書が書かれる機縁となり、
ハシディームの後裔エッセネ派教徒に「義の教師」の範と崇められた、
大祭司オニアス三世(※)が天上界に上がり、天使の一人となられた後、
大天使に昇格されたのです。ウルカギナ王が合体された訳ではありません。
(※注。
ダニエル大天使となられたオニアス三世は、エッセネ派から範として崇められ、
「ダニエル書」と「エノク第一の書」が書かれる機縁となった。
著者は「有徳のオニアス(名前はエル・ランティ様が秘密になさいました)」
と呼ばれるほど信望の厚かったエッセネ派の指導格の一人とされる。)
問六 エノク書で、その著者名に擬せられた、アダムから数えて七番目の義人エノクについては、
「エルバーラム」の中で、約五千三百年前の人と知らされておりますが、
この人物は丁度その頃のメソポタミア南部に栄えた都市国家であり、
技術の大革新がなされたウルク(聖書ではエレク)の指導者(王)であった方なのでしょうか。
エノクの天上界での位置、合体された方、そしてエノク書の著者との関係に付き、
ダニエルと同様にお知らせ下さい。
又、ダニエル書にもある「日の老いたる者」とは、
ヤーウェなるエル・ランティ様を指したのですか。
問六解答 その通りです。
エノクは第七番目の王、エンメドウランキ王のことです。
但しエノクという名前の業績は、その著者が遠くメソポタミア地方に、
紀元前三千三百年前に興った、ウルク期の文明と重ねて、
ウルク即ちエレクという都市名を「エノク」として第七代(完全数として必要不可欠の数)
の王名の代わりに当てたのです。
事実をありのまま伝えるのではなく、個人の名声と力を誇張し、
偉業を讃える古代の人々の習慣に従い、その名も神の栄光を表すものに変えて書き録したのです。
善なる王は死後総て如来界に上り、高位の霊となりました。
天使、大天使は特に天の心に叶う義なる人、信仰篤き祭司や修道僧、聖人がその名を与えられ、
使命を与えられました。
尚、エンメドウランキ王は、エル・ルネラエル・カンタルーネ様が合体され、
ダニエル即ちウルカギナ王は、エル・ビルナビル・カンタルーネ様の本体でした。
「天国の扉」や「天国の証」の合体表は、私達の小さな弟子、
土田展子さん等の高校生達が求めた合体霊と合体者名のみで、
すべてを列記したものではありません。
「エノク書」は、エル・ランティ様の指導の下に(或いは他の高次元の方か)、
追放され暗殺されたオニアス三世の死を悼み、"義の教師"と呼ばれる人物を中心に、
ハシディームの弟子達が追記、編纂して実現したものです。
「第一エノク書」はオニアス三世の資料を草案として、後の四書を弟子達が書き加え、
「ダニエル書」も同様にして完成されました。
問八 クムランの宗団又はエッセネ派についてお尋ねします。
近年発掘された死海のほとり、クムランの洞穴に集った清教徒的な人々は、
多くの学者により、実は文献で知られていたハシディームの後裔エッセネ派の
中心的な存在であったと検証されております。
この宗団が又、独自の黙示文学書「光の子らと闇の子らの戦いの書」等を持ち、
「エノク書」をも大切にしていたのであり、「戦いの書」にも「エノク書」同様、
大天使達の名が録されてありました。
天上界はこれら、何等かの事情があって中央政界・宗教界から身を引き、
ひたすらメシアの出現を待望し、ザドク系の祭司に率いられていた共同体の人々に関与され、
ご自分達の名を明かされ、延いてはメシヤなるイエス様ご出現の準備とされていたのでしょうか。
この宗団の創始者と考えられ、
第二イザヤの「苦難のしもべ」を思い出させる「義の教師」とは一体、
如何なる人物であったのでしょうか。筆者が推定したような人物なのでしょうか。
問八解答 その通りです。しかし「義の教師」は、
シリアのセレウコス王朝の中で最も極端にユダヤ人のギリシャ化を強制し、
抵抗する者を迫害、殺害した、アンティオコス四世エピファネスの時代に、
ユダヤの政治的、宗教的自由の為に起こされたハスモン家老マッタテアのマカベア戦争を支援し、
天の意を伝え、ハスモン家を励ました、オニアス三世を範とし、
その義の王道を踏襲した「有徳のオニアス」(紀元前一世紀)で、
どうやら「ダニエル書」と「エノク第一の書」の著者らしく、
エッセネ派教徒の指導格の人物です。
それはサタン・ダビデに知られぬよう秘かにエル・ランティ様のなされたお仕事で、
私達にも両書を完成した弟子名が誰かは知らされておりません。
繰り返して申しますが、天使や大天使は高位の方々の指示や命令に従って活動し、
最善を尽くすのが常でしたから
(しかし現在でも、サタン勢とのハルマゲドンの後も
共産党系の悪霊に、大天使や天使他善霊がかなり殺され、決して楽観出来ない事態なのです ー )、
もし、色々な史実にない人々の姓名を特定する霊が現れたら、
それは総て悪霊であるとお考え下さい。
ケーシー・リーディングの特定も偽のものです。
未だにカリフォルニアなどで七大天使と偽り、
霊能者のグループを作っている米人女性も居ります。
"最後にして最新の天の仲介者"と千乃裕子様を挙げた
私達の真意が判らない悪霊が後を断たないのです。
⑦ 洗礼者ヨハネ、イエス・キリストを迎える準備を担った団体
"クムラン宗団"
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 58頁
「死海北西部の砂漠丘陵地帯クムランで、二十世紀考古学史上、最大発見の一つが行われたのは、
一九四七年春のことで、時はあたかもイスラエル国独立前夜の緊迫した非常時でした。
この混乱期に、二千年のまどろみから覚めた洞穴からは、
旧約聖書に収まっているほとんどすべての文書の、ヘブライ語写本百巻以上(断片を含む)、
旧約聖書の数々の註解書、『トビト書』『ソロモンの知恵』
『ベン・シラの知恵』などの聖書外典(第二正典)、『エノク書』や『ヨベル書』等の偽典類、
そしてそれまでまったく知られていなかったクムラン独自の文書である
『宗規要覧』『感謝の詩篇』『光の子らと闇の子らとの戦いの書』などの巻物
(羊皮紙、パピルス、銅板等の)が続々と発見されたのです。」
(中略)
「調査の結果、写本の年代は、ほぼ前二世紀より後二世紀までであることが判りました。
この年代は実に、イエス様の時代をはさんでいることから、
キリスト教発生の背景を探る上で、この上ない重要な資料となると考えられ、
クムラン文書の研究には、大きな期待がかけられたものです。」
(中略)
「宗団の組織はきわめて厳然としており、
イスラエルの理想型である「アロンとイスラエル」によって、
組織の中核である「宗団評議」というべきものが構成されていました。
アロンに当るものは中心的祭司とそれを補佐するレビの子三人の家系の祭司であり、
イスラエルに当るものは、その十二支族を象徴する十二人の代表的平信徒(レイマン)で、
これがイエス様の十二使徒のモデルとみなしうるものです。」
(中略)
「このように厳格な階級制が敷かれ、厳格な規則があった反面、
互いに真実と謙遜と人に対する恵みの愛とを以て忠告し合うこと。
兄弟に向かって怒りや不平や邪悪な精神で語ってはならない」(宗規要覧)とあるように、
専制的な雰囲気は有せず、共同で食事をし、神を賛美し、
ものを審議する民主的形態を色濃くそなえておりました。
そして「何人もその兄弟が語り終わるまでは、その言葉の最中に発言してはならない」とか
「おのおの自分自身のように、その兄弟を愛すること。
貧しい者と乏しい者と他国人との手を強くすること」(ダマスコ文書)とあるように、
兄弟愛を説くイエス様の精神の先ぶれとでも言える精神が流れていたと申せます。
そして、この宗団では共同の食事が重視されており、
「最初に祭司が手をさしのべてまずパンとぶどう酒を祝福し」(宗規要覧)
「その後にイスラエルの受膏者(メシア)がパンに彼の手を出し、
その後、共同体の全会衆が各々のその位に応じて祝福する」(会衆規定)と、
イエス様の最後の晩餐の原型が見出されます。
このようにクムラン宗団は、メシアの出現を希(ねが)い信じていたのみか、
それにそなえる具体的な規定まで備わっていたのです!
クムラン宗団の結成から百年ないし五十年後に、イエス様が出現したことを思うと、
天上界のみか地上にも、
たしかにイエス様を迎える母胎が具体的なプログラムを持って作られていたと言えるでしょう。」
"エッセネ派"
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 78頁
「先にエッセネ派の主体がクムラン宗団であったと述べましたが、なぜそうであるか、
ユダヤの三大宗派を青年期に体験したというヨセフスの『ユダヤ戦記』を引用しつつ
裏付けてみましょう。エッセネ派について知ることは、
イエス様出現時の宗教状況を知る上でも、極めて重大だからです。
『ユダヤ人の間には三つの哲学の派があり、第一の派に属するのはパリサイ、第二はサドカイ、
第三のものは、高潔な生活を実践することで有名なエッセネと呼ばれる群である。
彼らは生粋のユダヤ人であって、他の宗派にまさって互いに愛し合う。
彼らは快楽を悪として却け、節制を重んじ、激情におぼれて徳をすてるようなことはしない。
(注。マッタテヤのような真の義憤は善我から、
義の怒りではなく自尊心から来る怒り、自己を制御出来ぬ短気は、偽我から齎されるものと弁え、
善我に立ち、偽我を削り落とす、自らを律するを心掛けていたのでしょう。
自らを律することを知らないとどのような人格になるか。
れいわや立憲民主党の女性議員と言えば説明不要でしょう。)
彼らは結婚を重くみず、他人の子を、まだすなおで撓(たわ)めやすいうちに養子とし、
自分の家族のように扱い、自分たちの生き方や風習を心に植えつける。…
彼らは富を軽蔑する。彼らの間で驚嘆すべきことは財産の共同制である。
一人として他の者より多くの富を持つものはいない。
すべての個人の所有は一つに集められ、兄弟である全員の共有財産となる。…
(中略)
彼らは何事も目上の者の指導なしにはしないが、二つのことだけは自由意志にまかされている。
すなわち、人を助けることと、あわれみを与えることである。
助けるに値するものを求めに応じて助け、
乏しい者に食を与えることは自分たちの判断にまかされたのである。
彼らは義憤を抱く場合を心得てはいるが通常は怒りを抑制し、
誠実さにかけては何人にも劣らぬ、平和の仕え人たちである。
彼らの語る言葉は一言一句が、いかなる誓約よりも確かであって、彼らは誓いをしない。
誓いは偽証よりも悪いと見なしている。
神を引き合いに出さなければ信じてもらえないような人間は、
すでに滅びに定められているからである。(後略)」
(注。
モーセ様が、神から与えられた十戒の一つに
「汝の神ヤーウェの名をみだりに唱えるべからず。」とありました。
イエス様は、「一切神に誓ってはならない」と、
また他で「神に誓ったことは為さなければならない」と仰しゃっております。
ガブリエル様は、「天上界のお役に立てずに申し訳ない」
といったお詫びを言ってくる正法者よりも、
当然のことと何も言わずに「自分にも出来ることを為そう」とする者の心
(天上界の心に近い、天上界にその思いの誠が伝わるからです)
を嬉しく思われると仰しゃておられました。
天上界が私達にそうして欲しいと言われたことを聞いた者が、
それを為そうとしない心に気付かない訳がないのです。
それを拒んでいる心を否定しようとする意志が働いていることを知らない筈がないのです。
天上界の思いに従おうとしない心を見出した時、
そのような心に立ち向かおうとする意志を持つのは、決して難しいことではないと思います。
天上界の御意志を自らの意志とする心を育てるのは、そこから始まるのではないでしょうか。
何でも神様にお願いしようとするのは、自らそれを為そうという心がないからです。
その心に気付けば、
神の御意志に従いたいというほんとうの自分の心に気付くのは訳のないことと思います。
人は自らの内に神の心を持っていると天上界から教えられましたが、
その神の心を知らずに、偽我とは如何なる心か知る由もなく、
神の心を顧みない、認めない、自らの神の心をも騙す、神に従うことを拒絶する、
神よりも己を信じる、自らに執着する心、悪魔に弄ばれていることさえ悟れぬ心、
それが偽我であると。
自らの心、それが偽我であると認める心が、真に善我であるならば、
偽我を克服しようとするのですが、問題はそれを知って満足してしまうということ。
例えば、自分は善人である、天上界に導かれていると思って満足する、
またしても自己肯定、自己欺瞞といった偽我に弄ばれることになってしまうということです。
それは魂の研磨を怠ること、即ち自分は正法を理解していると慢心することから始まるとも
天上界は教えられています。注終)
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 83頁
「ヨセフスの描くエッセネ派と、死海のほとりでその跡が発見されたクムラン宗団とは、
基本的な生活様式から思想まで、実によく符合しております。
このことは他に、ヨセフスの『ユダヤ古代史』や、
アレクサンドリアのユダヤ人哲学者フィロンの『ユダヤ人の弁明』等によっても
裏付けられています。
とは言っても、エッセネ派がそっくりそのままクムラン宗団というのではなく、
エッセネ派はユダヤ各地の村や町に散在し(フィロンによるとイエス様の当時、約四千人)、
多少の文派を有しており、その中で選ばれた者がクムランに集結してクムラン宗団を構成して、
指導的役割を果たしたであろう。
その数は考古学調査によると、せいぜい二百人前後であったであろう ー となります。」
(中略)
「ヨセフスと同じくフィロンも、彼らを「質素と自ら足ることをもって富と見なした」
「正しいことを選ぶ基準は、神への愛、善への愛、人への愛であった」
「絶対に何ものにも囚われない自由を確立するため実践した」「倦むことなく働いた」
「質素の幸福を愛し、贅沢を霊魂と身体の病気として退けた」などと、
尊敬の念をもって描いております。
注目すべきは、エッセネ派では霊魂の不死が信ぜられ、
潔い生活を送った者は死後に天上に引き上げられて至福の生活に与り、
逆の者は死後審かれて永遠の刑罰を受けると信ぜられ、
したがって善霊と悪霊の存在が信ぜられているばかりか、天使の存在も信ぜられていたことです。
同じハッシディームから分かれたパリサイ派も同様ですが、エッセネ派はさらに進んで、
宗派の文書と共に、「天使達の名を保持することを誓って」(ヨセフス)おります。
これこそが、死海文書の一つ『光の子らと闇の子らとの戦いの書』において、ミカエル、
ガブリエル、ラファエル、サリエルという(元)大天使が列挙されていたことの背景であり、
多くの大天使名の載る『エノク書』、そして『ダニエル書』などの黙示文学書を、
エッセネ派と同定されるクムラン宗団が尊重していた理由なのです。
当時ユダヤ教の傍流に押しやられてはいたものの、実にエッセネ派=クムラン宗団の中に、
思想的にも、大天使名を認識している点でも、
現正法につながるような生き方が維持されていたこと
(現正法は宗教の形態をとらない点で大きな違いがありますが)を知り、
「天国シリーズ」や「セルメスシリーズ」の読者は、感慨深いものがあるでしょう。
これらの書において、黙示文書に録(しる)された(元)大天使らが、
直接人々に呼びかけておられるからです。
問九 荒野の潔い脱俗的生活、終末的思想、メシヤ待望、大天使の存在の認識など、
クムラン宗団 = エッセネ派と洗礼者ヨハネの生活と思想の類似、
イエス様の十二使徒ペテロらが以前にヨハネの弟子であったこと、
そしてイエス様自らがヨハネから洗礼を受けられ、
その行動と思想にエッセネ派と類似が見られること、などから、
イエス様及び弟子達とエッセネ派とは深い関係があったと考えられます。
以上に加えてイエス様との関連で、エッセネ派について何か仰しゃることがございますか。
問九解答 バプテスマのヨハネから洗礼を受けられたイエス様は、
その後四十日間の荒野に於けるサタン・ダビデとの戦いに、私達天上界の守りを得て、
ようやくにそれを乗り越え、ガリラヤに帰られて直ぐ伝道を始められました。
洗礼者ヨハネとの出会いは天の導きによるもので
(このように善き人々、信仰篤き人々は私達が何時もイエス様の為に備えました)、
エッセネ派と生活、思想が似通っているのは、
荒野に点在する教徒との交流の他に天からと洗礼者ヨハネから与えられたものです。
ヘロデ大王の死後、私達の導きでエジプトからイスラエルへと戻られたイエス様の御一家は、
ヘロデ大王とサマリアのマルタケとの間に生まれた二人の息子の次男でユダヤの王、
アケラオの支配するユダヤを避け、ガリラヤ地方のナザレに目立たぬように住まわれました。
当時ガリラヤ地方の荒野では、メシヤの来臨に備え、戒律を守って神への信仰を保ち、
共同生活をしていたエッセネ派のグループが多くありました。
洗礼者ヨハネはそのエッセネ派やクムラン教徒の宗団には属さなかったが、
各地に散在していた教徒と接触し、影響も受けております(サタン・ダビデ主導の)。
天の意としての教えと、来るべき神の国への備え、メシヤの来臨を私達の守護の下、
人々に述べ伝えておりました。
イエス様も同じように、特定の教団に属すると言うことではなく、このヨハネから、
エッセネ派と類似の思想や儀式の違い、伝道のあり方を学ばれたのです。
尤もこの地で、イエス様の少年期には、ラビから神への信仰と聖書を学び、
それに付随するユダヤの礼拝儀式、ギリシャ語などを教示されました。
勿論御自分でもどんどん勉強をなさったのです。
そして伝道の用意が整われた頃に、私達の導きでバプテスマのヨハネに会い、
イエス様がメシヤその人であることは、天がその時に、はっきりとお教えしました。
それ迄は事が公になり、イエス様と御家族の身に危険が及ぶのを警戒し、学者と対等に話し、
質疑を交わされた少年期の奇蹟体験などは別として、
それ以上の成人して後の使命は御両親や私達からも伝えられなかったのです。
人格を害なうことを避ける為でもありました。
信仰をよすがとして、神の国の到来と悔改めを宣べ伝えた十二弟子やパウロや、
初代クリスチャンへの迫害は、イエス様の最も近くにあった、
そしてヘロデ大王とマルタケのもう一人の息子で、ユダヤ王アケラオの兄、
ガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスに殺されたバプテスマのヨハネを最初とし、
サタン・ダビデの陰謀により日増しに凄惨なものになったのは、
現代に至る迄の歴史に録してある通りです。
⑧ ヨハネの黙示録
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 93頁
「この書もまた、迫害の時代に人の目を避けて書かれたものです。
この時はキリスト教徒への、
ローマ皇帝ドミチアヌス(八一~九六在位)の激しい迫害がありました。
この皇帝は自分を神として拝むことを法令化し、人々に強制していたと言われます。
キリスト教徒がこれを拒むと、彼らを無神論及び反逆者として、
円形劇場で猛獣と戦わせたり、焼き殺したりの残虐な刑を執行したとのことです。
その前の六十年代には有名な皇帝ネロの迫害があり、
当時キリスト教の伝えられた小アジア地方からギリシア、
そしてローマにかけての教会は非常に動揺しており、
まさにキリスト教が衰退するか否かの時代でした。
そこで多難なこの時代に、人々が信仰を失わないようにと、秘かに書かれたのが、
ヨハネ黙示録であったのです。
他にも、パウロの手紙を除くたいていの新約文書は、
この紀元六十~百年に至る迫害の時代に書かれております。」
(中略)
「一体に機密文書というものは、その時代背景を離れては人に理解され難く、
まして厳しい迫害時代とはうって代ったキリスト教国教化時代
(紀元三一三年のコンスタンティヌス帝以後現代に至る)に住む者には、
象徴と幻に満ちた文章は、ただただ難解に思われてきたのであり、
高名なクリスチャンでさえ、黙示録が新約聖書に入れられた価値を疑問視してきたのです。
しかし著者が、当時の厳しい検閲を免れるため、あえて黙示形式を採用して分かりにくくして、
文中にローマ帝国及び皇帝の圧政に対する激しい憎しみの情を隠し、
秘かにやって来るメシアの再臨を予告して、
信徒に希望を持たせようとした意図が明らかになってみれば、
黙示録はキリスト教徒にとって、きわめて重大な価値を持って来るはずです。」
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 152頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問十 「ヨハネの黙示録」についてお尋ねします。
この文書も又、ローマ皇帝ドミチアヌスによる
キリスト教徒に対する激しい迫害という非常時に、
キリスト教徒を励ます目的で書かれた「暗号・機密文書」の一種である、
としましたが、宜しいでしょうか。
又、著者は、ギリシャ語の熟達度等の分析から、使徒ヨハネではなく、
教会で尊敬を受けているヨハネになぞらえて、そう名乗った人物であること、
著者は受刑者としてエーゲ海上のパトモス島にいる時、神からある種の天啓と使命を受け、
文書を著したのかも知れないと推測しました。
間違いありませんか。その人物はどのような方ですか。
問十解答 貴方の推測通りです。
やはり暗号・機密文書の一種で、旧約聖書に通じ、ユダヤの黙示文学にも造詣の深い、
学者タイプの霊能者、自らを預言者と表現していたパレスチナ生まれのユダヤ人です。
後にエペソに住むようになり、教父でも使徒でもなく、
特別な地位にあって小アジアの七つの教会に神の言を伝える"神の人"として権威を持ち、
尊敬されて、クリスチャンに励ましの書を書き送っていた人物でした。
但しヨハネは仮名ではなく、実名で、使徒ヨハネでも、長老ヨハネでもなく、
他のクリスチャン同様にその人びとを尊敬し、語る事を常に尊重していた
謙虚な老学者であったのです。
そして当時公正で正義に基づく政治を行い、以前の残虐な圧政とは変り、
属国に多大な恩恵を齎していたローマの皇帝への感謝から
皇帝礼拝へと発展していった歴史的な背景から、
何時の時代でも起る愚人ドミチアヌスが皇帝となった時期に
礼拝がローマへの忠誠の計りとされ、
それを受け入れなかったクリスチャンへの迫害が苛酷な圧政となりました。
老預言者ヨハネもパトモス島に流され、労役に服してその時に与えられた幻を、
皇帝の代が変り、恩赦でエペソに帰されてから書き録したものなのです。
問十一 天上界はヨハネの黙示録の著者を通して、世界の終末と七人の御使いによる最後の審判、
及びイエス様の再臨を予言されましたか。
一般に黙示録は、差し迫った状況に於て、その当時と同胞を対象にして書かれたのでしょうから、
予言と言っても遠い将来のことではなかった筈です。
ところが黙示録に予言されたことが、文字通りには実現されなかったと思われます。
もしそうなら、それが今日に至る迄延期されたことを意味するのでしょうか
(最後の審判、イエス様の再臨など)。そうであるなら、その理由をお伝え下さい。
問十一解答 実はあれはサタン・ダビデの予言であり、天上でなく、
地上のハルマゲドンを意味し、来るべき彼等の手によるエルサレムの滅亡を警告したのです。
そして天上界側による神の国への備えと、メシヤの来臨に望みを託した人々に、
救いを得る為にはと、如何なる迫害にも耐える心を植え付け、
その一方でその信仰を堅く持つ者を出来る限り苦しめて後、
滅し尽くすことに喜びを感じたのです。
当時のユダヤの民のイエス様を巡っての悲劇的な明暗は、
真の天上界の関与する所ではなかったのです。
エル・ランティ = ヤーウェ様と私達天の者は出来得る限り、
サタンの迫害からイエス・キリストを信じる弟子達と、
初代から中世に掛けてのクリスチャンを守るべく最善を尽くしましたが ー
それは「天国の証」に実情をお話した、正にその通りの、天の苦しみでありました。
西澤徹彦様が解読されておられる日本古代の書物や雅楽や神楽、歌集、風俗歌他には、
特にエル・ランティ様の御努力が表れております。
極秘裏に、霊能者を通じ、或いは人々の意識に働き掛けて黙示手法を駆使させたのです。
しかしそれも長く隠し得たことではなく、又もやサタン・ダビデ自身も同様の手法を用いて、
世の混乱を生ぜしめ、更には私達七大天使の多くをキリスト教の歴史から葬り去ろうとしました。
解り易く言えば、天とサタンの戦いは、米ソの情報戦の如くであったのです。
従って、一九七八年二月二日にヤハウェ様の弟でありながらサタンとなった、
ダビデの裁きと共に進められた最後の審判と、イエス様の再臨は、
サタン・ダビデの筋書きに沿って、それに続く真の天を二分する天とサタン勢との死闘、
ハルマゲドンと二月十三日のサタンの滅亡、イエス様の約束された希望の世代へ
といった成果を生むことになりました。
しかし今、サタンの備えた悪の王国ソ連による共産主義世界の実現への野望が、
ダビデ死すとも、その謀略を貫徹した執念と怨念の深さに、
私達と私達を信じる正法者、並びに心義(ただ)しく、清き諸国の人々を、
かくも悩まし続けているのです。
あなた方は、真に天の神々が諸々の残酷な処罰と、預言者や聖人の虐殺、
そしてイエス様の十字架の死のような流血の悲劇を備えたとでも思われるのですか。
サタンの冷酷非道な頭脳からしか次々とあのような筋書きは生まれてきません。
私達のみならず、信仰深く先見の明ある人々が共産主義諸国をサタンの国と呼ぶのは、
そういうことなのです。
「エルバーラム」 天の現象と霊体の構成(補足)より 千乃先生 68頁
「園頭氏が手紙の中で消滅というのは高次元の霊が言うことではないと断言してこられましたが、
消滅というのは今更に始まったことではなく、
聖書の中で多分ヨハネの黙示録だったと思いますが、
"二度目の死を惧(おそ)れよ"というような事を二度ほどいっております。」
参考(「天の奇蹟・下巻」96頁 及び 「エルバーラム」69頁)
"第二の死" ー ヨハネの黙示録 二〇章六節、一四節、第二一章八節(新約聖書)
「この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。
この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。」(二〇章六節)
「それから、死も黄泉(よみ)も火の池に投げ込まれた。
この火の池が第二の死である。」(二〇章一四節)
「しかし、おくびょうな者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、
まじないをする者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、
彼らの受くべき報いである。これが第二の死である。」(第二一章八節)
"合体"( 人の中に住む魂) ー パウロの黙示録 第一四章(新約外典)
「彼が世を去ろうとするより早く、聖なる天使たちと不敬虔な天使たちとが
同時に彼の傍らにやって来た。わたしにはそれらが皆見えた。
しかし、不敬虔な天使たちはその人の中に住むべき場所を見出すことができず、
聖なる天使たちが彼の魂を支配し、それが身体から出て行くまでそれを導いた。」
(パウロの黙示録 第一四章)
【現象テープ№27 80年8月11日 ガブリエル様現象より
「正法流布の為に、自分に自信がない人は、自己確立が進んでいないのです。
何故、自己確立が進んでいないのかお分かりでしょうか。
それは正法に対する確信がないからです。
霊のことを言うと人に笑われはしないだろうか、そういう心が必ずあります。
そのようなものであって良い筈がありません。
私達はこうして現に存在しているのであり、あなた方も又、こうして存在している、
これは同じ事実なのです。」
このようにガブリエル様は仰しゃったのですが、
肉眼で捉えられる光の波長は限られており、霊体の波長を捉える視力を開発
(霊道を開くと言われている)し、霊体にエネルギーを加えた時、霊体が確認出来ると、
神々が霊体は物理的に存在する、この三次元に霊は存在する、
四次元などに霊体は存在していないし、四次元などないことを、神々が証して下さいました。
霊の事言うと笑われると思っている人は、霊の存在を、
神々の存在を当然のものであると理解していないと思います。
天上界の教えに納得していたなら、それを伝えられるように、
よく理解しようと考える筈だと思うのですが、自分が本当に解ったのなら、
解っていることを伝えればいいのです。
それで解らないのなら何が解らないのか聞くような、
相手に歩み寄るくらいの余裕を持ちたいものです。
真理など求めていない人と解れば、見込みのない人と見切ればいいのです。
イエス様は神を見ずに信じる人は幸いであると仰しゃいましたが、
霊は、見る側の能力によるもの、見える人もいるし見えない人もいる、
磁力の強い土地では、霊体は人の目に映るエネルギー、
波長を持つことが出来るから見えるに過ぎず、
存在していることには変わりはないということを天上界は教えられたのです。
納得しない人は信じる気がないのであり、イエス様のお言葉を逆の人について表現するなら、
神が見えないからと信じない人は不幸である、頭が固いからである。
魂は存在し、それは物質(分子)であることを理解された方には、
魂(分子)の破壊、神の裁きとしての消滅の理解も可能となることでしょう。
消滅を恐れる自己保存からであろうと神の善悪の判断を知ろうとするようになり、
善とは何か考え自らの判断の基準が神との違いが意識されるようになれば、
自らの心を支配してきた本能が理性の成長を阻んできた事を理解されることでしょう。
また神の救いの思いが理解されれば、
自己保存の本能を正しく生かす理性を育てることが出来るのではないでしょうか。
宗教とは人の心を救う、神の心へと導く指針であったことを、
現在の宗教が神の心に生きていないこともはっきり理解されると思います。】
二節 現天上界と古代イスラエル(「天の奇蹟」より)
(五) イエス・キリスト
キリスト教徒は、マリヤ様が聖霊によって身妊ったと信じてきたのであり、
真実は、人間の知らぬまに霊が精子を移動させて受精させた、
それを天上界が証したのは、人工受精ということが現実に行われるものとなり、
現代人に(体外受精による懐妊ということが)理解されることとなった故であった。
そのようにしてまで、イエス様が人間から生まれたのではない、
聖霊から生まれたと信じさせようとしたのは、サタン・ダビデであり、
そうすればイエス様を神格化させることとなり、
人々はイエス様に従うからとヤーウェ=エホバ神に提案したことも証されたのでした。
そのようなことを聞くまで、
イエス様を神の子と信じる者(のほとんど)は、聖霊によって身籠ったと、
ガブリエル大天使がマリヤ様に受胎告知されてマリヤ様は信じたと、
夢でミカエル様のお告げを聞いてヨセフ様は信じたと、
それを信じるのがキリスト教徒だと、それが信仰だと納得してきたのです。
現代になってもキリスト教徒はダビデの呪縛が解かれることはなかった、
現天上界の証を以てしても、目覚めることが出来ない。
人間が、生き物が自然の愛の中で育まれた心に宿る、
生命を生み育てる愛が基盤にあって初めて昇華し得るのが神の愛であること
(人間は神の愛を持つことが出来る、それが神の子になるということである)を、
真実の神を、ダビデは隠そうとした。
人間はどこまでも人間であり、
神の子(イエス様)は人間によらず、聖霊によって生まれた方である、
人間はどこまでも人間であると(人間に留まる者であると)信じさせてきたのです。
人間は神に(悪魔に)支配されるものでなければならないと。
現天上界が人間であることを、
人間が神になるまで自らを昇華させることが出来た人間だからこそ、
彼らは人間を神の心へと、神の子へと導くことが出来る、それを証されたのが現天上界でした。
現天上界によって真実を知らされ、キリスト教はサタンの計画を進める為に利用されてきた、
聖書はサタンの息が掛かっていることを、
そのサタンの言葉をはっきり天上界は示されたにも拘らず、
それを理解したのは正法者だけであった。
キリスト教会が理解出来ないのはまだしも、
キリスト教徒でない者も、現天上界の証を信じなかった。
聖書など信じていない左傾マスコミ(共産主義者)であったが、
聖書の誤り(即ちサタンの業であること)を神の名の下に証明した現天上界こそ真の神であると
理解するだけの知恵はなかった。
「JI」87年8月号初出 ガブリエル様メッセージより
「(天の奇蹟)下巻の内容について、補足説明をしたいと思います。
"イエス様の生涯が悲劇に彩られ、サタンと天王と天使達の闘いの狭間にあって、
悲運の死を遂げられた"真実を、この巻に総て証し、語りましたが、
それは天に残された者の決断と勇気を必要としました。」
(中略)
「日本民族の精神基盤となった神道が、
本来の教義、教典というものを持たず、
多神を承認する故に、如何なる宗教も許容し得るので、
いい加減なものも、伝統的なものも、受け入れる土壌があります。
その日本でさえ、キリスト教と天との繋がりの歴史を証するのは
並々ならぬ決意と覚悟が必要でしたが、
正しいものを納得し得る理由と説明があれば、
正しいとして受け入れる公正な心を持つこの国の人達、
特に正法者や本誌の賛同者に接し、心から安堵しました。
しかしながら、キリスト教を国教と定めた四世紀のローマ以来、
迫害の時期を経て西欧諸国の文化と精神史に深く関わっており、
唯一神と選民意識をユダヤ教から継承する、排他性の強いこの宗教が勢力を持つ国 ー
米国などでは、漸くイエス様が神の受肉者ではなく人の子であるという概念が、
聖骸布の研究と実証により、受け入れ易くなったという程度です。
あれ程の長いユダヤ教やキリスト教史を持つ中東諸国も西欧諸国も、
天国というものの実体さえ諸説あり、はっきりした定義を持たない状態ですから、
その上に、教会史を通じて漸く定着させた、天国イコール絶対神、
イエス・キリストは人類の罪を贖う救世主、並びに聖霊の満てる所という三位一体、
三大支柱となる教義の概念が崩れることは、キリスト教信者のみならず、
キリスト教文明の精神基盤をさえ覆(くつがえ)す事になり、
到底受け入れ難いものであろうと思います。
例証として最近、『天の奇蹟』上、中巻を纏め、翻訳を依頼した
元牧師(米国人)が悩んだ末に、協力を断り、自分の経歴と立場から
他の人に紹介するのも一寸(ちょっと)憚れるということがありました。
"事実は小説より奇なり"という諺がありますが、
天のこの実体、この真実については、国外での正法流布の面で、
既成宗教に安住する国の人々にはかなりの難関であろうと思われます。」
「天の奇蹟・下巻」 第七章 黙示の時 168頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問十五 最後に聖書典外書に関して何か仰しゃることはございますか。
その評価、ユダヤ教、カトリック教会、プロテスタント教会の態度等について。
問十五解答 問十三の解答で一寸触れたように、サタン・ダビデはユダヤ民族を
エル・ランティ様のみならず、モーセ様や私達から離反させる為に、
まずイエス様を十字架に掛けること。
そして"律法"を絶対視させる方向に向け、
ユダヤ民族をして地上世界の支配者たらことで、
エル・ランティ様に対立した自分の王国を作る。
その計画を着々と実行に移す為に、
(1)処女懐妊、(2)十字架上の死、(3)復活により、
イエス様の神性を印象付ければ、より劇的にユダヤ民族を百%神に帰依せしめ得るのみならず、
他国民も同様に天に従うだろうとエル・ランティ様を説得したのです。
その経過を見るにつれて、ユダヤ民族がイエス様を全面的に拒否するなど、
ダビデの目論見が判ってきて、エル・ランティ様は総てを自分の全責任だとお感じになり、
私達やモーセ様、イエス様、エリヤ、イザヤなどの助力を得て、
小アジアのユダヤ民族への黙示文書や、離散し他国に定住の民に日本古謡や古文
のような形に託して天意を伝えられたのです。
黙示文は捕囚期の頃に確立されており、それを変化させて伝えられました。
しかし事は単純ではなく、サタン・ダビデも片方で同じ人々に
天意を歪める霊示と黙示を与えました。
他方では更に支配者をしてクリスチャンの迫害に拍車を掛けさせたのです。
例えば天上界の(エル・ランティ様の)霊示や黙示は"モーセの黙示録""モーセの昇天"
"パウロの黙示録""エノク書′′"ダニエル書"知恵文学全般に"トビト書"など。
サタン・ダビデのものは"エズラ書""バルク黙示録""モーセの遺訓""ヨブ記"
"ヨハネ黙示録"などで、ゾロアスター教の真の天上界の姿を歪めたもの、
異常な形での狂信を強いるもの、神を信じる者から理由なく生命と血を求めるもの
等が判断の基準です。
しかもその中でも正しい形の天の励ましはエル・ランティ様によるもので、
歴史を通して天と悪魔の双方が三次元の人々に働き掛けてきたのです。
貴方が分析したような必然的な条件や成行きが外典や偽典を葬り去ろうとした背景には、
必ずサタン・ダビデの企みと唆(そそのか)しがあったのです。
貴方が証明しておられる箇所で、ダビデの霊示として顕著なものは次の通りです。
(一) 「第四エズラ書」(七の二九)
「私の子キリストと人間の息を持つすべての者は死ぬであろう」
キリストが死に、キリストに耳を傾ける者はすべて滅亡する ー
これはダビデの奸計の証です。
(二) 「バルクの黙示録」(三十の一)
「そののち、メシヤの滞在の時が充ちて彼が栄光の内に帰還される時、
その時、彼に望みを繋いで眠っていた者は皆、復活するであろう」
及び第六章の破壊ののちエルサレムが永遠のものとして再興されることを霊示し、
書かせている箇所など。
"眠る"が象徴的に"離散のまま耐えること"を意味するならば良いのですが、
これは"使者がその日まで静かに墓地に休息し、
イエス様の召命の日に命を与えられ、活動を始める"
又は、"第二の死を定められる"としか把えられない文章により、
新約の「ヨハネの黙示録」にも繰り返される同様の表現は、
善なる人々に主を信じて墓地に静かに眠らせておき、
ダビデは自分の輩下に出来得る限りの悪事を行わせ、サタンの王国を確立してのち、
それらの霊を目覚めさせ、イエス・キリストと偽って、勢力下に入れてしまう。
そういった企みであったのです。
それが故に新約の(不可解な黙示文書である)
「ヨハネの黙示録」をプロテスタントのクリスチャンに、
カトリックには七大天使の記述あるもの(エル・ランティ様の霊示による)
は大半を偽典として軽んぜしめ、
ユダヤ教徒には「エズラ書」によりモーセ様の律法を絶対視させて、
イエス・キリストを否定するようにせしめた ー 。
更にユダヤ民族をして、モーセ様やダビデ王の再来がメシヤであると
思い込ませたのもダビデなのです。
"新約聖書成立の背景"
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 183頁
「イエス様昇天のはじめの数十年間、弟子達が正法流布に専念したあと、
イエスの生涯と教えとを書き誌(しる)さなければなたなくなったとき、
聖書記者達の心にあった基本的命題は、
イエス様が預言された通りの救い主であったことを内外に向かって証言することでありました。
この記述態度の基本的枠組みから資料が集められ、
また取捨選択されて出来上ったのが聖書であると認識することが、
聖書の奇蹟現象を考える場合、ことのほか重要となって参ります。
あらかじめ書く内容の枠組みが決められ、
一定の顕著な価値観・世界観に基づいて書かれたということは、
聖書がいわゆる歴史家が書くように、なるべく主観を去り、
ありのままの事実を伝えようとして書かれた歴史書とは異なる、ということになる。
もとよりそれが歴史上の人物を扱った限りにおいて、
イエスの事蹟を忠実に記そうという意図はあったに違いなく、
歴史上のイエス像を多く伝えてはいるのですが。
そこでドイツのプロテスタント神学者ブルトマンのように、
福音書が厳密な歴史書として書かれたものではない以上、
とうてい立証のできない奇蹟などの記述を鵜のみにする従来の素朴な読み方をすべきではない。」
(中略)
「新約聖書の神話的解釈を止めるべきである(『非神話化の推進』)と主張する人が現れました。
奇蹟現象を事実として信ずるのはあきらめてはどうか、と言うわけです。
しかしここに問題があります。はたして記された一切の奇蹟は起こらなかったのか。
そういうことに言及することは、すっかりあきらめてよいのだろうか。
いったいイエスの「復活」という一大奇蹟によって奮い立ち、
イエスの死を乗り越えて伝道に続く弟子達の行為というものは、どうなってしまうのであろうか。
物事はそう簡単には参りません。
何としても奇蹟現象を避けずに正面から取り上げずには、
イエス様の真の働き、そして天上界の働きすらも見失ってしまうのではないでしょうか。
"福音書の奇蹟記述を篩に掛けるということ"
本書ではブルトマンのように奇蹟現象を問題にしないという態度でもなく、
かと言って従来のように、奇蹟を鵜呑みにするような態度でもなく、
中正で合理的研究と解釈、それに天上界の御助言を得て、
事実は事実とし、フィクションはフィクションとして、
福音書の奇蹟記述を篩(ふるい)に掛けて明らかにしようとしております。」
"処女懐妊"
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 189頁
「古代の偉人の生誕物語には、
その出生時に神の介入があったあったとする伝承が多く残されています。
これらの偉人は、一般の人とは違い、すでに出生時からして神の特別の保護を受けていたとし、
幼少時から神の子として記されるのを常としてきました。
イエス様の場合も例外ではなかったと考えるべきでしょう。
だがマリヤの処女性を強調することは、
イエスのダビデ王の直接の子孫であるとする主張に狂いを生じます。
つまりマリヤの子イエスだけでは、ヨセフの実子としての血のつながりは途絶えてしまうのです。
その矛盾を、マタイ伝は最初から犯してしまっている。
処女懐胎をあくまで貫くのなら、系譜を示すのをあきらめるべきである。
逆に系譜により、イエスがダビデ王の子孫であることを訴えるならば、
処女懐胎に触れるべきではなかった ー ということになります。
やはりマタイ伝の処女懐胎か系譜の一方、
それとも両方に無理があると認めないわけにはいきません。
《 ー と筆者は書き現代医学の常識から考えても、
人がまったく処女のまま懐妊することはありえないこと、
したがってマタイ伝とルカ伝の記述は脚色されたものに違いない、と結論づけました。
その傍証として、『天国の証』第八章の「用語解説」"受胎告知"において、
「イエス・キリスト生誕に関して、
ガブリエル大天使ならびにラファエル大天使が母マリヤに聖霊が宿り給うて、
救世主イエスが生まれ給うこと、
そしてその名はインマヌエル(神ともにいます)と名付けよと告げた。
その子イエスは処女懐胎の史実として記録されているが、
事実はそうではなくアブラハムの子孫大工ヨセフとナザレの町の乙女マリヤとの間に生まれ、
天上よりの指示により予言されし如く、神の子である証に処女が身妊ったとして伝えよ、
とヨセフにマリヤを通じて伝え、その如くなされた。(ガブリエル大天使の証による)」
(二五六 ~ 七頁)を引用しました。
ところが本書のチェック段階で、
思いがけない真相が千乃様を通して天上界より知らされましたので、
それを急遽挿入し、訂正いたします。
天上界によると、ー 実は処女懐胎は事実であった。
当時の天上界の王エル・ランティ様(ヤーウェ)の双児の実弟であったサタン・ダビデ
(当時は天上界で嫌われていたが、悪意ある本質を隠し、
当時のサタン・ルシファーをかげで操っていた)が、
精子のみの物品移動により睡眠中のエリザベツやマリヤの卵子に、
本人達やヨセフの知らないうちに、
受精させるという外科的手法によって懐妊させたということです‼
(体外受精が可能となる前にすでに現代医学でも試みられていた方法 ー
人工授精 ー と似た方法です。)
むろん、このような手のこんだことは、
エル・ランティ様、そして当時の七大天使方の好まれるところではなく、
サタン・ダビデが勝手に計画したことで、勝手にして下さいと、
しぶしぶ許可されて行われたことでした。
実はダビデの介入はこれのみに止まらず、
イエス様の誕生から十字架上の死と復活まで、
遠大なドラマ、ステージのセッティングの大枠はサタン・ダビデの提案でなされた。
当時の大天使方の出来ることはただ、エル・ランティ様の召命に応えて、
イエス様の守護と、イエス様の苦しみを最小限に抑えることだけであった。
「サタン・ダビデは、かのダビデ王を自分と同名にし、自分の理想像として育て全てを指揮し、
その末裔をイエス・キリストとして自分の分身による国王を望んだのです」 ー 。
という内容なのです。これは驚くべきことと言わねばなりません。
この深刻な事実は、一部の方を除き『天国の証』では発表を控えておられたそうです。
まだ当時は、あまりに奇異に受け取られてしまうことを恐れたからです。
(中略)
筆者は奇蹟について、あまりにも大がかりで、はでに見えるドラマチックなものは
人為的すぎる。つまり自然ではない。
それゆえ、真の天上界から出したものではないに違いない。サタンの業の可能性がある。
と考え、この書でも一部にそう書きましたが、
イエス様の生涯については、大枠は神の介入されたものとの先入観が残っており、
サタン・ダビデの舞台設定とは断定できませんでした。
だが今、真実が明らかにされたとき、
この書の後半をはじめから書き直すゆとりが残っていません。
そこで読者にお願いしたいことは、
これから、もし言いまわし等で事実とニュアンスで矛盾すると思われるところは、
修正的に判断しお読みいただきたいと言うことです。一九八六年六月十九日加筆》
筆者は自分の考えだけで、この書を書いているのではない、
真に現天上界の承認の下、天上界の伝えたいと望んでおられることを理解し、
それだけを伝えることを筆者が願っておられることが、
また、このような本人の全く予期せぬ変更に対応しなければならなくなった筆者のコメントに
現天上界の関与されていることが、如実に感じ取れるのではないでしょうか。
【注。
現代に於て、神は人間の霊である(無論イエス様に於ても)と、天上界は証されたのだから、
処女懐妊は当然矛盾することであり、
処女懐妊を人類に信じさせるようにエル・ランティ様に主張したダビデは消滅されたのであり、
また天上界に在りながら天上界の意志に逆らい、
処女懐妊は天上界の意志であると人類に信じ込ませようとしたサタンの思惑であり虚偽であると、
天上界が否定するのは当然であると思いますが、
サタン・ダビデの提案、即ち処女懐妊、人類の罪を贖う十字架の死、
そして復活によって人類は神に帰依する、現天上界に従う者となるからとの主張は、
偽りの神の業を、真の神に為さしめることで、偽りの神こそ真の神であると信じる心を
人類に植え付ける、その為に神を騙し自らに従わせるものであった。
天上界を滅ぼした後、自らがヤーウェ神を、イエス・キリストを名乗り、
悪の王国を以て人類を支配する企みがサタン消滅後明らかになったのです。
(それを実現させるべくダビデが計画した内容については
まだ明かされる時ではないと表明されました。)
人類の罪を贖い、人類を救うという愛の名の下に
イエス様を十字架に掛けることを考えたのはサタンであり、
そのような心を神と信じ込んでいる限り、その心はサタンに繋がれているのであり、
サタンの邪念に侵された己が魂の目覚めることはない、
現在のキリスト教(宗教団体)を信じる限り、永遠に真の神、現天上界の心を知ることはない、
人類を救おうとして来られた神に抗う者が自分達であるとは決して悟ることはない。
天上界を利用してサタンの為してきたことを、神の御業であると信者は信じてきた。
その為に彼等は真の神を、その御心を見失ってしまった。
ミカエル様はそのような宗教を解体して、
再び人類と繋がることを天上界は願っている(※1)と仰しゃいました。
(※1注。
「天の奇蹟・中巻」 第五章 モーセの出現 295頁
著者(岩間文彌)の質問へのミカエル大王様の解答より
「ユダヤ教が共産主義を産み、キリスト教が呪われたのは偏(ひとえ)に
このサタン・ダビデの故であり、呪われた宗教を私達は解体し、
三次元の人々との交流を再び正しい形で持ちたいと願っているのです。 」
「JI」85年12月号 ガブリエル様メッセージより
「"汝殺すなかれ"と戒められた天の父が、
犠牲を供物として殺し、血を流すのを聖なる儀式とされるのは、
正常な解釈では矛盾しているのです。
慈愛に満ちた神が何故イエス様の殺人を黙認なさったか。
血生臭い礼拝を喜ばれるとされたのは何故か?
そこに私達が証した天の悲劇 ー
天王エホバの最も近き所にサタン・ダビデが居り、
しかも天王を自らの意に従わしめていたことが証明されるのです。
私達が如何に天王に逆らえましょう。
その為に神の光を求め、愛に従う人々が、
サタンの教えを身に着け、流血を何とも思わない、
異端者を火刑にするキリスト教会や共産主義思想のキリスト者や、
聖戦を口にして好戦的なイスラム教徒を生み出すことになったのです。
最早キリスト教の歴史は贖罪の意味さえ伴わない流血の歴史と化し、
イスラム教の歴史は戦いの歴史としてしか存在しなくなりました。
イエス様の十字架の贖罪がある限り、それを信じる者を狂気の道から呼び戻し、
私達真の天が説く、良識的で正しい人生を歩ませるのは、不可能に近くなったのです。」
※1注終)
処女懐胎は、現実に行われたのであり、
人工授精を以て、聖霊によって身妊ったと信じる人類が神と従うのは自分であると、
ダビデは確信を以て天上界の破滅を企てていたことが、
ダビデ消滅後に明らかになるにつれ、ダビデの悪行をすべて明らかにし、
真の神の御意志であり、御計画を
現天上界はメッセージで明らかにされたのだと思います。
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 198頁
「私イエスには母の胎内にあってすでに、
天上界より降りてこられたビルナビルと言われる立派な方が合体され、
この方はベー・エルデ星より来った王の第二子で養子でした(『天国の扉』参照)。
(普通は三ヵ月まで合体霊は降りません。
受胎告知と同時にマリヤ様に入られたので、
"聖霊により妊り"と天上界より知らせを受けられたのです。ー 編者)』(『天国の証』123頁)。
天上界がこのような説明をされたのは、
まだ処女懐妊などの奇蹟がダビデの提案であったことを天上界が証される前のことでした。
天上界は自然こそ神である、自然の法の、自然の摂理の素晴らしさを悟り、
自ら従おうとする神の心に目覚めなければならない、そう教えられてきたのです。
自然の摂理を軽んじる(自然の摂理によっては神の子が齎されることはない、
自然の摂理を超越した神によるものと信じさせる)サタンの業を、
神のものと認めなければならなかった苦しみ(※2)を、
人類に伝えたくなかった故の説明であったのでしょう。
このような聖霊(ガブリエル大天使様)によって「受胎告知」が告げられると同時に、
聖霊(エル・ビルナビル・カンタルーネ様)が合体されるを以て、
"聖霊によって身妊った"ことの真意であると語られたのでした。
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 330頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問四 マリヤ様の処女懐胎は事実ではなかったことを論証し、
何故敢て天上界が処女懐胎を言わせたかは、
イエス様が予言されたメシヤであることを、
人々に印象付ける必要があったからであろうとしました。
これで宜しいでしょうか。
(後註。この質問については既に前の追加分によって答え(処女懐胎は事実であったこと)
が出た訳ですが、マリヤ様の処女懐胎について告白されること、
述べられたいことがございますか。)
問四解答 ありません。
このガブリエル様のコメントからも、(天上界の望んだことではなかったことが)
十分に伝わってくるのではないでしょうか。
(※2注。
"預言された救い主に、神の救いに従う者よりも、
神の思いを拒絶する者が、サタンの心を行け入れる者が多かったこと。
待ち望んだ救い主をユダヤ民族自らが十字架に掛けたということ"
生け贄を神は喜ばれる、サタンはそのような神を信じさせる為に、
幼児燔祭を信仰の儀式に定着させました。
アブラハムにイサクを生け贄に捧げるように命じた神とは、
サタンであったことを現天上界は証されました。
神がアブラハムの信仰を試みられたと聖書記者(ユダヤ教信者)は信じて、
聖書に神の御心をそのように証しました。
神は人類を救う為に、自らの子を生け贄にされた、
人類が神の導きに従わず、サタンに従った、神に犯した罪を悔い、
自らを罪から救い、神に帰る為に、その罪を贖う生け贄を神自ら人類に代わって捧げる、
人類が自らの罪が贖われたと信じるに値するもの、
それが神の預言された救い主、神の子であった。
そしてサタンは救い主の十字架の贖いも預言した。
その預言を、その成就を神によるものと信じる心とは、サタンと化した心しかなく、
サタンの心を受け入れた人類が、神の子を十字架に掛けたのでした。
キリスト教は、神が自らの子を犠牲にしても人類を救おうとされたと、
それが神の愛であると今も信じています。
全能の神の慈悲ゆえに存続を許されているに過ぎない、故にサタンは個人の信仰を試みる
(試みられる信仰とは個人に於てのみ在るものだからです)ものと信じられてきました。
故に神の人類の導きに介入する(人類の信仰を試みる、人類を神に背かせる)、
神の計画を、神の意志を試み(挫折させ)ようとするものであることを見抜かれた者は、
一人もいなかった、イエス様が現れるまでは。
病に苦しむ者を癒し、死んだ者を蘇らせる、神の愛を初めて人々は目にして、
「あなたこそ神の子、生ける神の子キリストです」と信じた人々に、
「人の子は十字架に掛けられ、三日後に蘇る」とイエス様が語られた時、
どうしてそんなことがあり得るでしょう、十字架に掛けられるなどとんでもないことです、
とペテロが否定したのは、真っ当な人間なら当然の反応であったと思います。
神の御心を伝える為に、神が御子を遣わされた、
その証を、奇蹟をその時初めて人々は目にしたのです。
神の愛を、神の実在を、神の子が自らの心と行為を以て、人々に信じさせました。
人々は自らの魂の救われることを、苦しみにある自分を神が顧みられたことを知った。
神が、天上界(聖霊)が救いの業を、奇蹟を為している、
この方が神の子であることを証されている、
そのような中でどうしてイエス様が十字架に掛けられることを信じられるでしょう。
神がこの世に於いて救いの業を展開しているこの時に、神の子を認めないばかりか、
悪魔と罵り、人類の手で、神の子を十字架に掛ける、神の救いの業を破壊するような、
サタンの意志を悟ったのは、残虐な悪魔の心を満たす為の犠牲を強いられた
イエス様以外にいなかった。
そのサタンの意志を以て齎された計画に神が従わざるを得なかった真実を理解した者は、
現天上界を信じた正法者以外にいなかった。
今も、あらゆる宗教の信者は、現天上界を認めることはない、
宗教の解散を命じた現天上界の御心を、真の神の愛を理解出来ないでいる。
天上界のすべての善霊がイエス様の十字架の苦しみを耐えたことを
ミカエル様が証言なさいました。
イエス様が使命の成就の為に与えることの出来た僅か3年の間に、
イエス様は悟られた真理、神の御意志を証されました。
人類の神の心を目覚めさせようとされました。
神の心に目覚めぬ限り、神を見出だすことの出来ぬ限り、
人は自らの為に生きようとする心、
サタンから与えられるものに満たされる心を以てのみ生きるからです。
サタンの喜びを喜びとする心は、神の愛するあらゆる心を他に見出す時、
サタンと同じ憎しみを抱かざるを得ないからです。
神の子の十字架の犠牲が、人類の罪を贖った信じる信仰は、
偽りの神への信仰であることを天上界は証明されました。
そのような苦しみの中で、
神の真理を伝え得る神の子の十字架に至る僅かな時の間
(十字架を実現することに関してはサタンの妨害はない、
その機会に天上界は懸けるしかなかった)に、
人類が歩まねばならぬ天への道とは何か、
その天への道を見出す為の道標である真理を天上界は伝えなければならなかったのです。
神の救いに従う心を滅しようとしたのは、
自らの内にあるサタンに従おうとする心であることを証したのが、
イエス・キリストを十字架に掛けた人類でした。
イエス様を何としても十字架に掛けんとするサタンの執念を、
旧約聖書に預言の成就(預言通りになったこと)を知ることで、
神の備えた道にしか、神の御意志の内にしか人は生きることは出来ないことを悟らしめる為に、
神に望むことがあるなら、神に愛を求めるなら、
このような神を信じること、このような生け贄を喜ばれる神を信じることであると、
そのような神を信じる心とは、人類の崇めるべき神を神と見出すのは、
自分(サタン)以外にない、そのように導く信仰を植え付けんとするサタンの執念を、
イエス様はその伝道に於て、はっきりと感じ取っていたことを聖書の言葉から解ります。
【参考
"サタンによるイエス様への迫害また天上界の計画の妨害"
(「現象テープ」におけるイエス様の証言:
行く先々で、石を持って、また投げられて追い返されたこと)
「現象テープ№17」 イエス様現象
行く街々では石を持って投げられたこともありました。
石を持って追い返されたこともありました。
けれど、常に神は私と共にあると考えたので、少しも辛くはありませんでした。
神はあなたと共にある、私はあなたと共にあるというのは、このようなことを言うのです。
如何なる苦難に遭っても、真理はあなたと共にあるのだから、
あなたの心の中にあるのだから、 あなたが人間である限り何時も付き纏う、
そして良心(天の聖霊に繋がる心)が命じるものだから一人ではないのです。
何時も何時も心正しき者には、心正しき霊が守りを与えます。」
(ガブリエル様による証:モーセ様とエリヤ様がイエス様に現れた時
彼等がイエス様に語られたこととは、
十字架に備えて心の準備をさせることであったと天上界は証された)
(ガブリエル様による証:天に昇られた覚(さと)き霊達が、
天上界の混乱を感じ取っていたという証。)
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 333頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問十四 イエスの変容の奇蹟が為された時、
イエスはモーセ及びエリヤとイエスの最後のあり方について語り合われた訳ですが、
更に詳しい状況をお伝え下さいますか。
問十四解答 貴方が推察された通り
モーセ様とエリヤがイエス様に心の備えをされておられたのです。
只それがサタン・ダビデの案であるとは、
永遠の生命に代えても誰もイエス様に伝えることは不可能であり、
又伝えるべきではありませんでした。
それ迄に天に昇られた覚(さと)き人々は天の混乱のすべてを知るようになって居りました。
高橋信次様も同じです(注。サタンの計略の犠牲になったこと)。
あの方は絶望しかなかった上に、私達迄悪霊だと誤解し、悲惨な結果を招かれたのです。
(聖書に、人の子はサタンに従う者達によって、
十字架にかけられることを弟子達に予言されていたこと)
(彼等(パリサイ人達)が明らかにサタンに支配されていることを、
彼等の心の中にサタンの意志をはっきり見抜かれていることを聖書の言葉が伝えています。
(葡萄園の主の跡取り息子が、殺される譬えを以て、
ユダヤ民族の主(神)の子を殺そうとしている彼等の心を見抜いていることを知らしめた))
(聖書の伝えるイエス様の言葉:サタンの勢力に天上界が追い込まれている苦境を
直観されていた)参考終】
(サタンの意志の臨んだ)人々の狂気から、イエス様を守る、イエス様の信仰を守ることに、
天上界の聖霊(天使達)は集中されました。
十字架がサタンの計画であったことを知られていなかったイエス様が、
このような人々の憎しみの内に、神が救いの道を備えられたのか、
神の愛故の、罪の贖う為の十字架の道が、サタンの憎しみを成就する為のものとされたのか、
神の御心の伝えられることを願われるイエス様を、顧みられることなき
(理解し得ぬこと、説明の仕様のないことであったが故の)神の沈黙から絶望に陥らぬように、
天上界の聖霊(七大天使達)は愛と励ましを与え続けられたとのことでした。
天上界の苦しみとは、神を求めている本当の心を自ら閉し、
サタンに従う心を選んだということ。
神の教えを、神の救いの導きを、神の名の下に、
偽りの神(サタン)に唆されて、信頼の心を開いた人々の心を、
サタンは如何にして侵して行ったか、サタンの悪の心が如何なるものであるか、
悪魔の思想を以て人々の神の心を破壊していった真実を、今もって悟らない、
そのような悪魔の思想を今も野放しにしている、
共産主義を、社会主義を以て社会を支配しようとする政党の存在を、
未だに国法によって守っている。
悪魔の思想を宿した心の邪念さえも嫌悪を覚えぬ、神の心を育てぬ世の中を作って来た、
この世が、人の心が如何にサタンの導きによるものであったか、
現天上界は全てを明らかにされたのです。※2注終】(2026.1)
(全然関係のない俗な話に変わって恐縮なのですが、
「映画 ファンタジア」を作ったウォルト・ディズニーが人々に伝えようとした
天上界に繫がる美しさを、破壊し俗悪な世界に変えたのが、
産業化した、即ち金儲けの道具にした現代のディズニーと思われるのですが、
これなどは真を貶め偽を喜ぶ、誠実を嘲笑い、
虚栄心、偽りの心を飾って人を騙す、その心によって人が支配されるを良しとする心、
人類を善へと導いて来た神の業を自分によるものと騙し、
偽りの善(偽善)を喜びとする世界を作ろうとしたサタンの心と変らないように思います。
フレッド・アステア(私は好きですが)のようにトップハットを被り踊るミッキーマウスは
ウォルト・ディズニー(の齎した世界、ミッキーマウスを含めて)
を愛する心からは絶対に出て来ないと思うし、
ウォルト・ディズニーの齎した世界を愛する心を、俗悪を愛する心に堕としめる、
そのような人々からの賞賛を受けることに(彼等を堕落させたということに)
勝利感を覚えるのでしょうか。
自ら望んで堕落する、悪趣味に低俗に親しむ、その報いを受けるのは自分しかいない、
既にその報いを受けているのが虚しさを感じない心であるのなら、
そのような心は既に神の手を離れた魂でしょう。
魂を滅ぼす世界にあって苦しく思う神の心がない者が、
どうして神の救いを求めるでしょうか。
神の愛する世界を、観念を人々に伝えたいと具現化した芸術(音楽、文学、映画)を、
創作者の思いを無視し、破壊する、神の愛するものを、悪魔の愛するものに変えることは、
仮に著作権などの権利を得た者であろうと、サタンの業であることに変わりはないと思います。)
(一) イエスの誕生年月
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 331頁
著者(岩間文彌)の質問へのガブリエル様の解答より
問六 ベツレヘムの星は、紀元前七年の木星と土星の大接近であるとしましたが、
これで宜しいでしょうか。
これにちなみ、イエス様の誕生年月は、アウグスティヌスの人口調査も考慮に入れて、
やはり紀元前七年ないし六年となります。生まれられたのは十二月二十五日だとする通説と、
いや、羊たちが野営する時期を考えると、十一月以前である筈だとする説があります。
前者でよいのでしょうか。
問六解答 貴方が分析された通り紀元前七年で、
しかも木星と土星の会合日十二月五日であったかも知れません。
皇帝アウグストスの人口調査の年代の方が
ヘロデ王の死よりも正確な記録として残されている可能性が大きいですから。
只、ヘロデの死亡年の三月十二日か十三日に月食があったと記録されており、
その数ヶ月前にイエス様が誕生なさったので、紀元前五年の十二月とする説もあります。
人口調査かヘロデ死亡の年の月食の何れかが不正確な記録ですから、
前五年~七年までのどの年か確定できないのが残念です。
聖書の記録資料が不正確であったかも知れませんが、
ルカのような医師が自らも聞いたであろう人口調査や
ヘロデ大王の死について誤述するするとも思えないのです。
事情あって、イエス様は今地球に居られないのでお聞きすることは出来ないのですが、
冬十二月頃であったことは私達が覚えて居ります。
(尚、イエス様の霊言などが今何れかの国で行われているとしたら、
それは真に悪霊のものであり、悪霊の団体ですからよく注意して頂きたいのです。
これは私ガブリエルとミカエル様、ラファエルなど元七大天使が宣言するものです。
如何に尤もらしい霊が現れても決して信じてはいけません。
天の名誉に懸けてあなた方に忠告致します。)
"ベツレヘムの星"
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 208頁
「木星と土星との、イエスの誕生ころにおける会合は事実であり、
そのような異象を非常に重視した古代であったからこそ、
博士たちは行動した、と考えるのは理にかなったことではないでしょうか。
それでは、いったん木星と土星の会合が博士たちを動かせたという説に同意した上で、
最後にベツレヘムに到着した博士たちを導いたのがUFO宇宙船であった、
とする説が可能ですが、ルカ伝第二章の、羊飼たちを「王の栄光がめぐり照らし」、
御使が場所を教えたので、彼らは幼な子イエスを拝しに行った、という記述をヒントとし、
ベツレヘムに着いた博士たちをイエスまで導いたのは、天上界の御使(大天使)であり、
その際、星の輝きのように示した、と解する方が必然性があります。
なぜならば、一貫して人類の魂の進化に直接たずさわってきたのは、
神・聖霊・御使と言われた天上界高次元の方々であり、
地球外に根拠地を持つUFO宇宙船の人々ではなかったからです。」
(二) イエスの故里(ふるさと)
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 212頁
「イエスの故郷でもあり、主な活動舞台ともなった下ガリラヤの地殻について言えば、
中央カルメル山脈の地溝がナザレの西で北に延び、全体が上ガリラヤと同様、
断層と火山の活動で大きく乱されています(D・ベイリー)。
パレスチナ全体が巨大な死海断層によって縦断されていることと考え合わせるとき、
この地は奇蹟の起き易い地殻構造または磁場であることを暗示しています。」
(中略)
「イエス及びイエスの家族・親族、十二弟子のうち十一人、
そして多くのイエスに従う者がガリラヤ地方から出ています。
ユダ本土のエルサレムではなく、辺境の地と言われたガリラヤで、
何故イエスの宣教の火が燃え上がったのでしょうか。
それは、いずれの歴史も示しているように、
あまりに根強く伝統文化が根を下ろしてしまっている地では、
新しい思想・文化が受け入られにくいということなのでしょう。
近年ではヨーロッパ大陸からアメリカ大陸へ自由を求めての移住がそのことを物語っています。
新開拓地というのは、進取の精神がみなぎっているものです。
したがって、イエスや弟子達がエルサレム周辺で生まれ育ち宣教するより、
ガリラヤでそうした方が、はるかに条件が良かったはずです。
そのようなことを天上界は充分に見越した上で、
イエス様や弟子達に高次意識の一群の霊を合体ないし派遣されたのでしょう。」
(三) イエスの教育
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 218頁
「(イスラエルに於て)紀元後六十五年に時の大祭司が規定した、
六、七歳になった子はすべて学校に通わねばならないというのが、
確実に、世界最古の義務教育制度の実施だとされています(関谷定夫『旧約聖書の考古学』)。
これには男子のみが当てはまり、厳密な意味の近代的義務教育制度ではありませんが、
ヨーロッパ、アメリカ、日本という地方が義務教育制を採り入れたのが、
やっと十九世紀になってから、という事実を考えれば、
いかにユダヤの教育が進んでいたかが判ります。
イエスの時代は、上記の義務教育制が完全に実施されていたという明確な証拠はないにしても、
ナザレを含むガリラヤのあらゆるユダヤ人居住地にはシナゴーグ(会堂)があり、
律法学者たちも居りましたから、イエスは会堂付属学校で学んだことと思います。」
(中略)
「ユダヤ人が如何によく、教育や学問を尊重して来たかは、あまねく知られていることです。
旧約聖書中の『箴言』に、「主を畏れることは知識のはじめである。
愚かな者は知恵と教訓を軽んじる』(一の七)とあり、外典『ベン・シラの知恵』に、
「主を畏れることは知恵の成就である。知恵はその実をもて人びとを飽かしむべし」(一の一六)
(一の一六)とあります。
その教育の仕方は厳格なところがあったらしく、
「その子を甘やかす者はおのが傷をつつみ、子の叫ぶごとにその心を煩う(ざずら)わさん。
慣らさぬ馬は強情となり、わがままなる子はかたくなとなる」
(ベン・シラの知恵、三〇の七~八)などど書かれています。
時には鞭(むち)が飛んだようです。
それゆえイエス様自身の言われた、「父は厳格な人でしたが、信仰心篤く、
母マリヤは優しい一方の人で、子供達の面倒をよく見てくださいました」
(『天国の証』一二七頁)という言葉がよく理解できるのです。
そして子を育てるには、片寄らぬ中庸ということが必要ですが、
イエスの家庭は、父母がそれぞれの役を果たして、
全体として調和のとれた雰囲気のものであったことがうかがわれます。
以上のように、家庭においても、会堂付属学校においても、
聖書を中心に充分な教育を受けたであろうイエスが、十二歳になり、
慣例に従って過越の祭り(ユダヤの三大祭りの一つで、出エジプトの故事を記念するもの)
に両親とエルサレムの神殿に詣でた折、宮の中で教師たちの真中に坐って問答をし、
聞く人がみな、イエスの賢さやその答に驚嘆した(ルカ伝、二の四一~四七)とあるのは、
故なきにあらずとしなければなりません。
その上、「子供の頃から神童と呼ばれ、頭脳明晰であることに加えて性格の良さのゆえをもって、
十五歳の時に是非にと、カンタルーネ王家の次男に養子として来られ、
成人して後、工学博士に成られ、カンターレ伯(エル・ランティ前天王)と共同研究をされた」
(『天国の扉』七九頁)方で、天上界にあっては当時如来界におられた(同書二〇〇頁)
エル・ビルナビルという立派な方が、イエスの受精後早々に合体して、
常に高い意識をイエスに注いでいたでしょう。
その上、当時天上界の太陽界最上位の「ミカエル大天使長(前)、
すなわちすべての天使の長(おさ)であられた方が守護・指導霊となり」
(『天国の証』一二三頁)、ビルナビル様と共に、「イエスの生涯を通じて主の道に沿い、
人々を教え導くため意識に働きかけ、悟りへと導かれた」のです。
他にもむろん、当時の天王エル・ランティ様、大天使方を初めとする高次元の方々が折にふれ、
イエスを守り、かつ導かれたことでしょう。
ですから、十二歳のとき、学者も舌を巻く知恵を顕わした、
ということは当然ありえたことでした。
またイエスの周辺には、賢明な父母や親類、
そして教師となるべき人が用意されていたことでしょう。
天はそのように計画したはずです。」
(四) 荒野にて
「天の奇蹟・下巻」 第八章 "人の子"イエスの訪れ 235頁
「福音書によればイエスは、バプテスマのヨハネより洗礼を受けて後に荒野に退き、
四十日間の断食をした、とのみありますが、
それよりもずっと長い間、イエスは荒野で修行されたことを、
「私は使命を与えられ、荒野にて真の悟りを得る為修業をし、サタンとの精神の戦いに打ち克ち、
その後、三十歳から三年の間、ガリラヤ湖周辺からカペナウム、エルサレムと福音を宣べ伝え、
そこに於て十字架に掛けられ死刑に処せられました」
(『天国の証』一二八頁)と告白しておられます。
これに関し「人の生き方、人生観、哲学は、人一人一人によりそれぞれ異なると思いますが、
やはり悟りを得て人類のために使命を感じ、それを果たすべく働き出すまでには年月があり、
人生における経験もいろいろ経なければならないのです」(同上)と述べておられます。
六年間、道を求めて森へ入ったブッタの行為が思い出されます。
その時ブッタは最初はやはり修行者の師と言われる人、仙人と言われる人々の間を、道を求めて巡りました。
道を求めて巡りました。
しかしのちに、もはや自分を教えるべき師はないと知ると、独りで修行に励んだのでした。
イエスの場合も、聖書には、少人数だが、人里離れて修行生活をする者が居たはずで、
はじめはそこへ赴いて学んだであろうと想像できます。
ユダの荒野でそのような人々を探すと、ただクムランの洞穴に籠って修道生活送っていた、
おそらくエッセネ派の人々しか見出せません。」
(中略)
「修行の方法は、エッセネ派のそれに近く、おそらく質素な生活に、
旧約聖書の朗読と研究と祈りと瞑想を中心としたものであったでしょう。」
(中略)
「バプテスマのヨハネは、イエスよりエッセネ派に近かった上、
イエスとは親戚関係にあったのですから、
ある時期、二人は共に生活したであろうことは十分に考えられます。
エッセネ派に触れるにつれ、その基となる精神を学ぶと共に(終末思想、メシア論等)、
エッセネ派の中にある狭さや潔癖性、さらに律法主義、儀式重視などに、
批判の心を持つようになり、ヨハネが独立して行ったように、次第にエッセネ派から離れ、
ブッタのときのように孤独になって独自の道を追及して行ったに違いありません。
イエスの考え・振る舞いにある、エッセネ派的であり、かつそれを超えた言動は、
そう考えることによってのみ納得しうるものがあるのです。
厳しい修行の日々、そして孤独の日々。
イエスは何を祈り、何に思いを巡らせたのでしょうか。
昼は暑い日射しを避けて洞穴に座し、夜は満天の星と月光の下で、
人生について、自然について、おのが使命について、沈思黙考を続けられたことでしょう。
俗世界から離れた素朴な生活になればなるほど、荒野という特異な環境に住めば住むほど、
霊感が強くなり、天上界との交流(意識上の)も増えていったに違いありません。
虚無の荒野が実は、精神の世界のためには豊かな沃野でありました。
次第にイエスの意識は澄み通り、熟してゆく。
やがて偉大な悟りへもう一歩のところまで来る。
そのとき、一人の預言者が立ち上がって、荒野で教えを宣べ、
かつヨルダンの岸辺でバプテスマを施し、人々に悔い改めを説きはじめた。
イエスもよく知っているヨハネである。多くの人々がヨハネの後に従うようになった。
或る日、イエスが内心の促しに従って、ヨハネの前に顕れる。それを一目見てヨハネは、
イエスの精神が自分をはるかに超えて大きく成長しているのを知った
彼はその瞬間、自分がその靴の紐を解くに足りないと語っていた、
その人物ではないかと直観する。
(続く)
天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法
- 天上界メッセージ・エッセンス(はじめに)
- エッセンス・目次
- これからメッセージを読まれる方へ
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 一節 天の救いの歴史
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 二節 天の奇蹟について
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 三節 人類の歴史と共に天の伝え続けた教え、正法とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 四節 正法に適った生き方とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 五節 天の指導と方針
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 六節 サタンによる天の計画の妨害
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 七節 天上界の一員として神と共にありながら悪魔となったサタン・ダビデの人格(悪の想念)
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 八節 サタンの妨害と戦いながら、天の為した救いの業
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 九節 現代に現われた神々が、神として語るとは何を以て言うかを証された
- 第一部 天の教え 第二章 最後の審判 一節 最後の審判の背景
- 第一部 天の教え 第三章 善我(神の心)を見失わない為に 一節 苦しみに神の信仰を見失う時、神の心に繋がる良き思いが失われる
- 第一部 天の教え 第四章 天上界に愛される人格 一節 天上界の良しとする、愛される人格とは
- 第一部 天の教え 第五章 德(心の糧) 一節 真理は神の霊から齎される
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 一節 徳の観念を悟れず、知識のみに留まる者
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 二節 真理
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 三節 愛
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 四節 正義(悪に立ち向かう)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 五節 信じること(信義)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 六節 理性
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 七節 ユートピア建設
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 八節 使命感
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 九節 中庸
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 十節 偽我から生まれる観念
- 第一部 天の教え 第六章 備考 一考察
- 第一部 天の教え 第七章 現代に於て初めて証された真理 一節 霊について
- 第一部 天の教え 第八章 宗教 一節 宗教の誕生
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 一節 共産主義者とそのシンパ
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 二節 国家を破壊する共産主義
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 三節 共産主義に洗脳されたイスラム教は、宗教とは名ばかりのテロである
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 四節 共産主義の本質
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 五節 イデオロギーの狂信者
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 六節 イデオロギーと精神
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 七節 共産主義(悪魔のイデオロギー)誕生の背景
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 備考 一考察
- 第一部 天の教え 第十章 病の分析と治療への助言 一節 精神面
- 第二部 神と人類の交流 第一章 天上界の世界 一節 神々の紹介
- 第二部 神と人類の交流 第一章 天上界の世界 二節 天上界の構造について
- 第二部 神と人類の交流 第一章 天上界の世界 三節 天上界の秩序
- 第二部 神と人類の交流 第二章 (霊道の開かれた)古代人類に証された神の顕現と御意志、及び真実を封印されるのも、その解かれるべき時にそれを為すのも神である。 預言されたものを成就するは神であることを、神の証するに時があることを、神が現れる時、人類は悟るであろう 一節 現天上界と聖書
- 第二部 神と人類の交流 第二章 (霊道の開かれた)古代人類に証された神の顕現と御意志、及び真実を封印されるのも、その解かれるべき時にそれを為すのも神である。 預言されたものを成就するは神であることを、神の証するに時があることを、神が現れる時、人類は悟るであろう 二節 現天上界と古代イスラエル(「天の奇蹟」より)
- 第二部 神と人類の交流 第二章(霊道の開かれた)古代人類に証された神の顕現と御意志、及び真実を封印されるのも、その解かれるべき時にそれを為すのも神である。預言されたものを成就するは神であることを、神の証するに時があることを、神が現れる時、人類は悟るであろう 三節 現天上界と古代日本(「古代日本と七大天使」より)
- 第二部 神と人類の交流 第三章 神の心、神の愛 一節 神の御心の本質(心根)である善意、優しさ
- 第三部 神から授けられた正法 第一章 正法を信じる
- 第四部 天への思い 第一章 天への信義 一節 真の神に帰れ
- おわりに
- 天上界メッセージ・エッセンス(ダイジェスト版)
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅰ巻 目次
- 第一部 「天国の扉(77年12月出版)」より 第三章 ある日の高校生クラスの討議より
- 第二部 「天国の証(78年8月出版)」より 巻頭 詩 最後の審判 千乃裕子
- 第三部 「天の奇跡」第一章 (天上界への質問と解答)
- 第四部 「天国シリーズ」巻頭メッセージ
- 第五部 現象テープ 一九七七年の約束(天上界よりの通信) ミカエル大天使長
- 第五部 現象テープ No.4「ある日の高校生クラスの討議より」
- 第五部 現象テープ No.7 「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ①ミカエル大天使長様
- 第五部 現象テープ No.7「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ②イエス様
- 第五部 現象テープ No.8「正法講座」 イエス様
- 第五部 現象テープ No.10 ① 「正法を学ぶ人の為に① 天の方針」 ②「新天王の宣誓」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.11 ①「正法を学ぶ人の為に② 業(カルマ)について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.12 ①「正法を学ぶ人々の為に③善我と偽我について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ①「この場に集ったあなた方の何を信じて、私達が語り掛けているのか解りますか」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ②「神を畏れるとは」 ウリエル様
- 第五部 現象テープ No.17①「愛について」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.18 「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.19 「宗教と人間との関係について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.20「再び愛について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.21「原罪について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.23「心の美は」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.24「あなた方が賢くなる為に、私達が与えるものとは」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.25「天国語の語源について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.26「良き人間関係について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.27「正法流布について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.28「自己犠牲について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.29①「愛と信仰」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.31「天上界による質疑応答(天上界の見解)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.32「物の考え方について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.33「天上界による質疑応答(慈悲について)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.34 ①「天による現象と霊体の構成」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.35「クリスマス・メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.36「消滅について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.37「メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.38「ユートピアについて」 ①ウリエル様
- 第五部 現象テープ N0.40「天上界からの苦言」 ①ガブリエル様
- 第五部 現象テープ 欠番 「正法を守る」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 機関誌「慈悲と愛」(78年11月創刊号から79年12月号まで) に掲載された天上界メッセージ 「慈悲と愛」78年11月創刊号 ①「神の恵み」 ガブリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年1月号「霊の能力について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年2月号「最後の審判」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年3月号 ①「精神的成長の齎す愛の昇華」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年4月号「民主主義と共産主義」 ウリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年5月号「天上界の意志と世の人々に望むこと」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年6月号「至高の徳」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年7月号 ①「思い遣りと尊敬について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年8月号「動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年9月号「再び動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年10月号「人間の冷酷さ」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年11月号「天上界を軽んずる正法者について」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年12月号「天の真理を、意志を伝えた言葉」 ラファエル様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅱ巻 目次
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年2月号「政治理念」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年3月号「国防に無責任且つ無節操な政府を作った原因」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年4月号「イデオロギーの洗脳から自由な国家を守る為に」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年5月号「時事問題(前編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年6月号「時事問題(後編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年7月号「天上界が政治に介入する理由」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年9月号 ①「正法者間の親和力の足りなさについて」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年10月号 ①「GLAが天上界からの警告を理解し得なかった理由」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年12月号「善意から出る嘘と悪意からの嘘の人に齎すものとは」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年1月号「悪霊が滅ぼそうとするもの、天上界が守ろうとするもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年1月創刊号「"希望と愛と光"の意味するもの」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年2月号「宗教の弊害について」ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年2月号「道を誤った日本への警鐘」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年3月号「動物の中に生き続ける真の愛」 パヌエル様
- 「希望と愛と光」81年3月号 詩「ファンタジア」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年4月号「サタンの道を行くローマ・カトリック教会」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年5月号「怒りについて」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年5月号「人の気持ちを考えるとは」 ウリエル様
- 「 JI 」81年6月号「信じるということについて」ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年6月号「人に良く見られたいという心」 ラファエル様
- 「 JI 」81年7月号「ユートピア建設について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年7月号「天上界の美しさについて」 ウリエル様
- 「 JI 」81年8月号「理性について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年8月号「赦しについて」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年9月号「己を知った先にあるもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年9月号「慈悲について」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年10月号「奇跡について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年10月号「愛を受ける方法について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年11月号「強さについて」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年12月号「何故魂の研磨が難しいか」 ウリエル様
- 「 JI 」82年1月号「正法者について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年1月号「物の考え方について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年2月号「柔軟な心について」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年2月号「悪霊の甘言に騙されて天に背反した者達の偽我」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年3月号「正法の伝える真理とは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年3月号「判断力について」ラファエル様
- 「 JI 」82年4月号「正法を如何に役立てるかを考えるのは、人を生かそうとする思いから来ます」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年4月号「自由な心について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年5月号「使命感の本質について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年5月号「慈悲について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年6月号「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」82年6月号「心に安定した支柱なき者」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年7月号「天と共にあるとは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年7月号「正法を学び、見出した真の道を本当に歩いてきたのですか?」 ラグエル様
- 「 JI 」82年8月号「暖かい心と冷たい心」 ラファエル様
- 「 JI 」82年9月号「天を信じると言う人々は何を以て、その信仰の根拠であると天に証するか」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年10月号「人を愛する者へと導くのが神の愛であり、人を幸福の内に留まらせるものではない」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年11月号「天の戒めである"姦淫するなかれ"の真の意義について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年12月号「天の徳に生きんとする者が天の導きを知る」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅲ巻 目次
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様
- 「JI」83年2月号「義人の陥る不寛容という偽我」 ラファエル様
- 「JI」83年3月号「自ら神に等しくならんと努める人格とは」 ラファエル様
- 「JI」83年4月号「共産主義者の心の世界」 ミカエル大王様
- 「JI」83年5月号「優しさと慈悲魔の違いについて」 ラファエル様
- 「JI」83年6月号「人を信じることとは」 ミカエル大王様
- 「JI」83年7月号「一箇所に留まらない進化する精神とは」 ラファエル様
- 「JI」83年8月号「正しく躾を、指導を与えなかった保護者、社会人の義務感の欠如」 ミカエル大王様
- 「JI」83年9月号「嫉妬心について」 ラファエル様
- 「JI」83年10月号「神の与えた戒律」 ミカエル大王様
- 「JI」83年11月号「神を捨て、共産主義を信じて得た理想郷とは地獄のことであった」 ウリエル様
- 「JI」83年12月号「精神面の成熟に無知、無関心となった原因」 ミカエル大王様
- 「JI」84年1月号「天と共に働くことが出来る者とは」 ラファエル様
- 「JI」84年2月号「共産国の傀儡(エージェント)と化した全国紙」ウリエル様
- 「JI」84年3月号「他を救おうとする心が人を価値あるものにする」 ミカエル大王様
- 「JI」84年4月号「天の望む神の子に相応しい人格への成長と悟りとは」 ミカエル大王様
- 「JI」84年5月号「神に愛されぬ人生を生きて、何の喜びがありますか」 ミカエル大王様
- 「JI」84年6月号「神との関係か人との関係のどちらかしか大切に出来ない人」 ミカエル大王様
- 「JI」84年7月号「正法者の性格について思うこと」 ラファエル様
- 「JI」84年8月号「次期天王の予告、及び神(現天上界)が最後のメシヤであることの真意」 ガブリエル様
- 「JI」84年9月号「善霊に禁止されている霊現象を行うのは悪霊以外にないということ」 ミカエル大王様
- 「JI」84年11月号「正法の目的を、魂の研磨を忘れてまで霊能力に夢中になる正法者」 ラファエル様
- 「JI」84年12月号「世の終わりを来らせるもの」 ガブリエル様
- 「JI」85年1月号「人間の知性が滅びを求める時、天もそれを救い得ない」 ウリエル様
- 「JI」86年1月号「ノイローゼの原因」 ラファエル様
- JI」86年2月号「病的性格と未熟な精神」 ラファエル様
- 「JI」86年4月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(1)」 ミカエル大王様
- 「JI」86年6月号「ノイローゼ克服への助言」 ラファエル様
- 「JI」86年7月号「真の人格の向上に繋がる学問への向かい方」 ラファエル様
- 「JI」86年9月号「再び思い遣りについて」 ミカエル大王様
- 「JI」86年10月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(2)」 ガブリエル様
- 「JI」86年11月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因 (3)」 ガブリエル様
- 「JI」86年12月、87年1月合併号「天の方針」 ガブリエル様
- 「JI」87年3月号「共産主義に蝕まれた社会の現状」 ラファエル様
- 「JI」87年4月号「老人性痴呆となった者に表面化する(精神的障害の原因となった)歪んだ性格特性」 ラファエル様
- 「JI」87年5月号「天の証言(イエス様を通じてのサタン・ダビデの布石)」 ガブリエル様
- 「JI」87年6月号「弛緩した精神に蒔かれるリベラリズムという悪魔の種」 ラファエル様
- 「JI」87年7月号「"幸福の科学"の霊言は、総て天上界を貶めんが為の悪霊によるもの」 ミカエル大王様
- 「JI」87年8月号「既成宗教に安住する国々にとって受け入れ難い天の真実」 ガブリエル様
- 「JI」87年9月号「社交性やユーモアの解せないのは、精神がまだ成長途上にあるからです」 ラファエル様
- 「JI」87年12月号 「人の善意を信じず、自らの偏見を正当化する者」 ガブリエル様
- 「JI」88年1月号 「劣性遺伝子を持つ者が子供を産むことの問題について」 ミカエル大王様
- 「JI」89年1月号「精神病と霊障との差異について」 ラファエル様
- 「JI」90年3月号「夫婦間の思い遣りについて」 ラファエル様
- 「JI」92年1月号「再び偽我について」ラファエル様
- 「JI」93年1月号「魂の研磨で手にした智慧と信義と慈愛を持って、私達の許に帰って来なさい」 ガブリエル様
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様