第一部 天の教え
第一章 天の歴史

四節 正法に適った生き方とは
「天国の扉(77年12月初版)」143頁 ラファエル様メッセージより
「イエス様は、あくまで天の意志と理性に従って、その中で人間愛を、と教えられたのです。
 天の意志とは、正法の言葉に変えれば、宇宙や自然の法則を見習えという意志であり、
正しい形の調和の姿を指すのです。
 人間が自然の法則を見習った調和の形とはどういうものでしょうか?

 それは、互いに迷惑を掛けない、個人の自由と人格を尊重する。
 感謝を忘れず、必要であれば悪びれずに謝罪をする。
 常に誠意と義務と責任感を持って対し、互いの和を図る。
 必要があれば進んで助け合う。
 そしてお互いの望むところ、喜ぶところのものを賢明に判断して与え、為す。
 それが人間としての宇宙や自然に習った調和の形であり、愛という捉え難い言葉であり、

観念を正しく表現した形なのです。

現象テープ№32 「物の考え方について」より
 81年9月15日 ラファエル様現象
&「天上界メッセージ集・Ⅲ」316頁

「あなた方はただ単に生きているのではない。
 衣食住が足りれば生きてゆけるでしょうか。
 そうではない筈です。あなた方は考えて生きなければならない。
 何故考えて生きなければならないのか。
 それは、より良く生きてゆかなければならないからです。
 より良く生きるとはどのようなことを言うのか。
 生き易く生きるのではありません。正しく生きることを言うのです。
 正しく生きるとは自分に安易な方法で生きるのではありません。
 他者を生かす道へと生きなければならないのです。
 他者を生かすこと、どのようなことを言うか解りますか。
 他者の成長を促すことです。


 自己満足ではない善行を施すことです。
 反省をした、修行をした、善行を施した、
果たしてあなた方の身にどれだけ役に立っているでしょうか。
 善行をしたからといって自己満足に陥ってはいませんか。
 自己満足や自己犠牲の観念は捨てなければなりません。
 自分が満足するから善行を施すようでは何にもならないのです。
 それは徒に自己満足という虚栄心を納得させるだけの偽我を延長させるだけに過ぎません。

現象テープ№20 「再び愛について」より
 80年4月6日 ミカエル大王様現象
(「天上界メッセージ集・続(86年1月初版)」89頁掲載)

「一度、あなた方が今の生活の視点から目を転じ、目を閉じてごらんなさい。
 母なる大地の鼓動が聞こえ、父なる法則性のリズムが聞こえるでしょう。
 それは何故か。
 それこそが、神と呼ばれ、宇宙の法則と呼ばれ、
私があなた方に伝える所の、具体的な神と呼ばれるものなのです。

 才能のある者は、詩人となり音楽家となり、
天分のある者は、自然科学者となりました。
 それぞれに自然の喜びを享受していったのです(※1)。

 そして又、あなた方人類も、その自然から発生したのであり、
あなた方が今直面している様々な問題に関しても、
今あなた方は進化の途中にあるということで、決して行き詰りではないのです。
 末法思想は、終末思想とは違います。
 終末思想には、文字通り終りであり、先がありませんが、末法思想には次があるのです。
 新たな未来が控えているのです。
 末法思想とは、人類のあなた方の心の面による進化という意味に他なりません。
 あなた方は、今の混乱の時を経て、進化しなければならないのです。
 あなた方人類は、もう進化し終ったのではありません。
 肉体的な、生態学的な体の進化は遂げ終えましたが、
あなた方には重要な、心の進化がまだ終ってないのです。

 古くから、人類の文明は滅びては栄え、栄えては滅びしてきました。
 その度に一つずつ、人類は英知を学び文明を築き上げ、
高度な物質文明を造り上げてきました。
 しかし、その反面、心の文明、詰り、あなた方が良心と呼び、道徳と呼び、神と呼び、
宗教と呼び、私達があなた方に呈示してきたもの、それらの発達が無かったのです。

 もし、あなた方がそれらのものをその時代に理解したならば、
それらの宗教は今残っている筈はないでしょう。

 人類の心の面が少しずつ変化してきたように、神の概念も又少しずつ変化してきました。
 私達の今の正法が説く、愛の厳しい概念についても同じことが言えるのです。
 よく動物保護、自然環境保護団体等で、人類は自然から発生してきているのに、
人間だけが自然破壊を行い、動物を殺戮しているから人間は駄目だ、という意見を聞きます。
 ですが、私達は、少しそれに異を唱えなければならないのです。
 人間は、今の状態がもし最高の進化の状態であるならば、何故私達人類は、
己の造り出した文明の弊害に目を背け、心を傷めなければならないのでしょう。
 もし、これが最高の進化の形であるのならば、私達は良心に何の呵責も感じない筈なのです。

 それを克服することが、今のあなた方に与えられた進化の条件なのです。
 末法を経て、あなた方は新たなるユートピアの時代、詰り、
人類の新たな進化の局面を経なければなりません。お解り頂けるでしょうか?
 今の行き詰りは、生まれ変わる為の行き詰りでしかないのです。
 末法思想になり、地球が滅びるから、人類はもう駄目になるから、
それだから神に縋って生きよう、そういう甘い心、そういう卑しい心では、
天はそういう者には救いの手を差し伸べません。お解りでしょうか?

 それでは、あなた方は今日、この私の話を聞き、そして講師方の話を聞いた後、
家に帰ったら、先ずこの事をよく考えて下さい。
 個々の人生に於て自分の心の進化とは何なのだろう、私はどういう変化を経て進化してきたか。
 進化という言葉は、生物学にのみ当てはまるものではないのです。
 それは、屡々成長といった言葉でも使われてきましたが、今新たなる言葉で、
進化という言葉で考えてみて下さい。それがあなた方の今月の宿題です。
 飛ぶ鳥は何故美しいのか、海を泳ぐ魚は何故清々しく見えるのか、それをよく考えて下さい。
 人間は、どうあるのが一番人間らしいのか、それを個々で考えて欲しいのです
※1
 これで私のお話を終わらせて頂きます。有難うございました。

※1注。
 自然の世界に、自然の法則に適応する、またその能力を高める、
世界が心(認識)を制限するものとして在るのではなく、
生きる物が望めば生きる世界が常に在る、生きんとする物を自然は生かしてきたのです。
 空に生きんとしたから翼を得たのであり、
水に生きんとすれば、水から酸素を得、光なき世界を音波で知覚し得たのです。
 進化とは自然(の法則)に生き物が適応する能力を勝ち取ることであって、
生き物にとって自然(の法則)は絶対であって、
適応出来ねば新たに適応出来るものを獲得するしかないのです。
(人間社会が自然の法則に準ずる神の法を見出せてない、
そのような真理を見出せぬ心故に、愚かな心を正す自らへの善をも持たぬ故に、
社会を自分に合わせようとする、
生きる為なら社会の法を神に背くものへ変える悪も顧みないのです。)

 自然に適応する生き物が、何故美しいのか、
自然の法が全ての生き物を生かすものであることを、
その生き物が真実であることを証明しています。
 それを生き物は認識できない、疑う心もありません、
それに生きることで十分なのかも知れません。
 すべての生き物がその法則に生きるが故に、その法則が善であるが故に美しいのです。
 その法に生きるのが辛いからと、法が悪いなどと考えません。
 その中で生まれ生きたこと、愛され愛したこと、
生き物が美しいのは正しい心しか持たず、
正しい心故に自然に生かされ生き抜き死んでゆくからです。※1注終)


"神の法を見出し、法に生きることでしか、
そのように導こうとされる神の思いは伝わらない"
「天国の証(78年8月初版)」67頁 エル・ランティ様メッセージより
宇宙の法則を系統だてて個々の法則に当てはめる※2という正法の大原則
を説くものは誰もいない。」

解き明かさなければならぬ宇宙の、自然の未知の法則がまだまだあるのです。
 科学の時代に生きる人々が、非科学的宗教論や神話や、神の実体について、
古代の人間の考えを採り入れ、さもそれが唯一絶対のものであるかの如く人々に誇示する。
 その埋め難い思考のギャップを見出すことが出来ないのでしょうか。
 宗教人は非科学的、知識人は宗教も霊の存在も全面的に否定して、
"解らぬは存在せぬ"と結論付けてしまう単純思考型、
それでは精神の成長もあり得ず、思考力の伸展も知能の開発もありません。

※2注。
 個々の法則に当てはめる、即ちこの世の法、常識、慣習として
無意識に人の心を従わせている法則を、
正法を通して、正法に生きる善我を通して善悪を明らかにする、
善に生きんとする心は間違った法に無意識に従うことを許してはならない、
神の法を見失っていてはならないということではないでしょうか。

「慈悲と愛」78年11月創刊号初出 ミカエル大王様メッセージより
「善霊の基準が大幅に変り確りした善悪の判断力を身に付けた方でなければ、
天上界に迎え入れることは出来なくなりました。
 微細な点に至る迄善悪の判断力がなければならないのです。※2注終)

天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法