第一部 天の教え
第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について
 世にあって歪められてきた、本来は天により齎された徳と、
徳を理解出来ぬ偽我から生じる観念について、神々自身によって、正しい意味が与えられました。

「JI」81年1月号初出 ラグエル様メッセージより
&「天上界メッセージ集」128頁

悪霊の狙う善きもの、美しきもの、
とは地上に生けるあなた方の心の内にある善や自己犠牲、正義の観念なのです。


(注。
 ロシアがウクライナに侵略、悪の限りを尽くしている時に、戦争はいけない、
ウクライナはロシアに降伏すべきだとの主張をする者をマスコミは取り上げておりました。
 正義の観念を捨て去った者が人にも正義の観念を捨てさせようとしているのです。
 悪に手向かうものが虐殺されようと、
力のある者に刃向かうのだから、彼等が力を行使するのは判り切ってのこと、
自分達のように、逆らいさえしなければ、侵略国家でも共産主義国家でも生きていられる、
自分の生命を賭する(悪を許さぬ善の心から戦う)ことに何の価値があるか、
命あっての正義ではないか、彼等はそう言っているのです。
 正義の観念を捨てた者が神の心に繫がる者でない、
彼等の心が何に繋がった者か言うまでもないでしょう。

 善霊がその生命を賭して正義の観念を守ってこられた、
悪霊との戦いで多くの善霊が命を失った。
 善霊が悪の観念を許さぬは、愛に生きるから。
 悪霊が善の観念を許さぬは、憎しみに生きるから、
人の幸せを妬む心しか持たぬからです。
 善なる霊は生き続ける限り正義の観念を守る為に戦うであろう。
 彼等の心に正義の観念が生き続ける限り悪から逃げることはない。
 彼等の存在を知らぬ者なら、真に正義に生きる心が如何なるものか知らぬ者なら、
戦争はいけない、戦ってはいけない、正義の観念を捨て去れば、悪を悪と思いさえしなければ
(悪魔に魂を差し出し、悪霊となれば)生きていられるのだと、
そのようなエゴイズムの価値観を植え込まれてきた者ならば、
そのような考えしか持てないのかも知れません。

 しかし、善霊が命を賭して伝えた神の真理、正法を知った以上、
そのような思いが如何なる心から来るか、そのような心を許すものであってはならないのです。
 イエス様に、神に出会ったが為に神を憎んだ者は、真に悪魔に魂を渡したことを、
神を否定すれば悪魔の心になることを私たちは知らされてきたではありませんか。
 神の御心を知って拒むのなら、自らの内なる神の心に手を掛けることになるのです。注終)

「善きものの心は磨かねば、磨き続けなければ光らなくなるのです。
 良き魂を持った人でも心の醜い人間の中におれば
(善き観念を留めることが出来ず)、 やがてはそれに染まるのと同じなのです。
 悪に対して無防備、無抵抗で(いられるのは神の心ではありません)、
神の裁きを待つ、というのでは、何時までも地上に神の国の平和は来ないでしょう。
 神が裁いて下さる、と安易に問題を考えてはならないのです。」

一節 徳の観念を悟れず、知識のみに留まる者
「JI」83年12月号初出 ミカエル大王様メッセージより
&「天上界メッセージ集」177頁

揺るがざる信念がなく、エゴイズムや打算で毎日を過ごしてきた人は
他への思い遣りや感謝、奉仕や犠牲、忍耐や謙譲、人格の強さや正義の怒り、
(これらの徳の観念)を言葉で理解しても、実際にどのように振舞えばそうであるのかを知らず
自らの思いを通す為には雄弁で礼儀を知った者の如きでありながら、
それが中々叶えられぬ時は、掌を返した如くになる。
 そのように成りたくないと思う人には、再び教えましょう。
 幼児から大人になることは難しくはないのです。
 天の為に何かしねければならぬと思う時、まず人の為に何かを為して見なさい。
 無償の心で人に奉仕をしたり、思い遣りを持って接することで愛を悟り、耐えるとは何かを知り、
打算とエゴの衣を脱ぎ捨てられます。
 智恵を持ち、賢明であれとは、打算に長けよということではないのです。
 その積重ねで私達の説く法が一つずつ理解され、体得されるでしょう。」

〖備考
 理解するだけでは、理解してそれで満足するのでは、それで終わってしまいます。
 神から真理を聞くことが出来て、
"自分の求めているのではない人生を生きていた、
求めながら見出せないでいた生き方が今解った"、
そういった共鳴もなく、何時の日か心の目覚める時が自分に訪れるものと
思われているのでしょうか?

 自らの破滅を悟らぬ偽我を、偽りの道を行く盲いた心を明らかにする、
闇にあって支配してきた心を明らかにする光を齎さぬ真理など、只の言葉に過ぎません。
 心が闇でどうやって真理の道が歩めるのでしょう。
 天上界が苦労から逃げてはいけないと言われる時、
私達が盲いて生きていて苦しいと思わないで、
どうやって目覚めることが出来るのでしょう。
 間違った生き方をしていて、
"そうじゃないのだ、どうしてそのようにしか生きられないのか"と苦しむこともなく、
どのような世界の内に心の目覚めが待っていると考えられるのでしょう。
 安穏と生きる生活の中でそのような目覚めが訪れると思われるなら、
そのような思いの者に天が望まれるものなど何もないことも理解していないということです。
備考終〗

天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法