第一部 天の教え
第八章 宗教
三節 宗教の弊害
曾て人の心を解放した宗教が、時代の進歩(によって解明された真理)から取り残され、
人々の精神を縛るドグマとなりました。
"宗教の弊害"
「JI」85年2月号初出 ミカエル大王様メッセージより
&「天上界メッセージ集・続」49頁
「宗教は結果的に共産主義を産み、普及に貢献し、教義自体に誤り易い箇所を多く抱え、
それを改めようとして居りません。
改めるのは不可能でしょう。
何故ならそれは人の知性がまだ低いころに与えられた指針であり、
進んだ文明社会には基準が低く、科学否定の教義は、
真理を探求し、進化する人類の意識を停滞させる要素を持つからです。」
「宗教が産んだ共産主義の弊害が、人々の意識を低下させ、
現代社会の正常化に何が必要なのかを悟らせる知性と感性を鈍らせています。
宗教も共産主義も人類に必要ではないとするのはその点なのです。
神を求めることは必要だが、それを阻んでいるのが宗教宗派と共産主義だからです。」
「真理に関して、あなたの知性と感性が鈍っているならば、
私の言葉は理解出来ないでしょう。 世人の愚もそこにあります。
嘆かわしいことです。」
(一) 真理に盲いて堕落していった宗教
「慈悲と愛」81年2月号初出 ミカエル大王様メッセージより
&「天上界メッセージ集」129頁
「最初は、如何な天上界高次の者が始めようとも、時代が変れば、たとえ心を扱う宗教の分野でも、
全面的に通用することが難しくなります。」
「最初の者達は皆、純粋で、高貴なる魂の持主が多く、
二代、三代と繁栄するにつれ堕落してゆきました。
天上界は我が身を投げ出し、他人の幸せを天に祈り、
他人に尽す人にのみ助けを与えるからです。」
「キリスト教は、その非科学性を信仰の深さと勘違いして、
四千年も前の人間の地球観を振り回している宗教ですが、
情けないことに正法者は、その害が判っている筈でありながら、
キリスト教徒に強く進化論を否定されると、自分までも進化論は間違っているのだろうか、
と考えてしまうという気の弱さです。
キリスト教徒に触れたことのある人なら、誰でもその非科学性と排他性に驚くでしょう。
無論二つは個々には存在せず、非科学的である故に排他的であり、
排他的である故に非科学的なのです。
その論法の進め方は大旨、共産主義と似ており、一つの思想や宗教に凝り固まると、
こうも眼が見えなくなるものかと、祈りのポーズとは裏腹に、
狂信というものに恐ろしささえ感じる人もいるでしょう。
彼等キリスト教徒は羊のように大人しく、天に祈りを捧げますが、
その祈りは天には届きません。
何故なら天の守護する者は、その時代に於て最善の務めを為し、
可能な限り、自分と環境を認識しようとする者なのです。
又、そのような者でなければ、天の意図する計画の施行者たり得ないのです。
この意味で狂信、盲信に安住するキリスト教徒は、
神の名を語ることさえ許されない人々です(※)。
現代を生きるが故、現代の悩みを持ち、現代の方向を探らねばならない、
その為にはどうあるべきか。
そして、天の守護すべき人物像を考えた時、
自ずと正法者(天の法に生きる者)の姿が出てくるのです。」
(※注。
苦難に遭えば、何が為すべき正しい行為か顧みることなく自己保存に盲従する、
善なる心を忘れ、自分の救われることだけを考える、
その為に人が如何なる危害を受けることになっても顧みない偽我を恐れるが故に、
人が悪に、危害に遭って、人を思い遣る優しさの現れぬような心であってはならない、
己が悪に向き合わぬは善なる心なき偽善者であり、
神に導かれる者とは、神の心に繫がる、神の思いの伝わる者とは、
苦しみから逃げ、安楽を求めようとする心の現れる苦難の中にあって神を信じ抜いた者だけが、
邪心に、悪の誘惑に克って内なる神の心に立ち返ることが出来るのであり、
神が人を苦難に導くとは、それなくして人が神を求めることがないからです。
人類という種が絶滅の危機を生き抜くことが出来たのは、
苦難に屈しない、生きる力(意志)を獲得した種となったからであり、
種の生存を、幸せを願う愛への憎しみから、
人類の滅びを願う、自らを焼き尽くまで、その邪念に生きる、
神(の心)に抗う魂が(悪魔のイデオロギーによって)造られたのだから、
人類を地獄に突き落とそうとする悪魔の導きから、人の心を、愛に生きる世を守る為には、
悪に屈しぬ善に生きる力を、理性に生きる心を獲得しなければならない、
そのご意志を神自ら伝え、天へと続く道を明らかにされたのです。
苦難の中に在って神を見失うことなく信じることが神への愛であると
イエス様は仰しゃいましたが、神を信じるとは、神に導かれていると信じることです。
神の心へ導かれていると信じる、神が人を導くとは、人を生かす、育てるということです。
神が人間(の心)であったと語られたのは、神が真に愛であるなら、
人が愛するように願う神が人を導くとは、人を神と同じ心に導かれるということ、
神を信じるとは、人が神と同じ心を持つなら、その心は真の愛以外にない、
愛は人を生かす、人を信じる意志であり、
人を信じる心は、人を疑う偽我から神の心を守るものです。
苦しみを生む心、執着心を超えさせるもの、自分を忘れさせることの出来るものは、
人への、生き物への、愛するに値する(神の心を持つ)ものへ向かう真の愛だけです。
真の神の愛の響かぬ心、真の神を偽りのものと拒絶する心、
何故そのような心になったのか。
彼等がキリストの愛に生きてきたのなら、
今を生きるキリストの思いの伝わらぬ心とはならなかったでしょう。
キリスト教会は、悪魔の心から天上界の計画に背いてきたことを、
天上界が明らかにされました。
現天上界は悪魔(を心とした偽我に生きる人々)と戦い、
この世に平和を、神の国を齎そうとされた。
キリスト教会は、自らの宗教(組織の権力者)によって世界を支配する、
人々を自分達に従わせる為に教義を信じさせ、信じぬ者、他の宗教信者を排斥した。
宗教から共産主義が生まれ、宗教の信者が共産主義を信じている、
悪魔の邪念に繋ぎ止められているからです。
現天上界を信じることの出来ぬ彼等の心が、この真実を証しているのです。※注終)
現象テープ№20 「再び愛について」より
80年4月6日 ミカエル大王様現象
&「天上界メッセージ集・続」87頁
「宗教者の中には、愛を慈悲をと言う者も多いが、その行為の中に、
果たして本当の愛が含まれているかどうか。
私は、日本の宗教界でこれ程堕落しているにも関らず、
それを拝み崇める人達がいるのが不思議でならないのです。」
〖備考1
キリストの救いの教えは、自らの犠牲を厭わぬ他への愛が自らをも救うということを
知らない訳はないのに、人の心に潜むエゴイズムに、ナルシシズムに気付かせ、
その克服こそ真の救いを齎すことをキリスト教会の指導者は教えているのでしょうか。
彼等は一体如何なる真理を以て、信者を教え導いているのでしょう。
天国に導く真理に彼等自身が従っていれば、
偽我(エゴイズムやナルシシズム)に生きる限り、
彼等のように神の道を歩むことは出来ないと、教えないではいられぬ筈です。
彼等の心の内に真の導きを見出したのなら、信者は人に伝えないでいられるでしょうか。
世に真理が伝わってこないのは何故なのでしょう。備考1終〗
「天国の証(78年8月初版)」24頁 ミカエル大王様メッセージより
「(神の思いに、意志に生きんが為に、御心を知ろうとも、真理を悟ろうともせずに、
教義を理解しただけで慢心した宗教団体について)
そこには神は最早無く、天上よりの光も無く、善霊の加護も無く、
私達に見放された群衆に媚び、或いは瞞着する宗教家、聖職者及び教祖などが
詐欺師のように横行し、悪霊の助けを得てこの世を地獄と化す為に繁栄するのです。
そして再びこの世は闇となり、天上界よりの光は遠ざかり、
人々は地獄の日々と運命に操られ、只苦しみを耐えるのみに終るのです。
ー 戦争、宗教者の受難の時代、文明の暗黒時代などがそれに当り、
人々が精神的余裕と潤いの心を忘れた時、自然破壊、人類の滅亡、
そして地球は崩壊へと向うのです。結果は明らかです。」
現象テープ№20 「再び愛について」より
80年4月6日 ミカエル大王様現象
&「天上界メッセージ集・続」90頁
「人類は英知を学び、文明を築き上げ、高度な物質文明を造り上げて来ました。
しかしその反面、心の文明、つまり、あなた方が良心と呼び、道徳と呼び、神と呼び、
宗教と呼び、私達があなた方に呈示してきたもの、それらの発達が無かったのです。
もし、あなた方がそれらのものをその時代に理解したならば、
それらの宗教は今残っている筈はないでしょう。」
〖備考2
人々に神が見出されていたなら、信仰を教える宗教は役目を終えていたでしょう。
愛が見出されて、人々が愛の心に生きていたなら、
愛が何時までも教えとして語られる必要は無くなっていたでしょう。
常識になれば信仰は要りません。
病気になったら、祟りだとお祓いなどせず、医者に行って治します。
昔は神頼みするしかなかったことも、(原因が解明された為に)
病気が医者に直せるものとなった時、
祟りも迷信に過ぎなかったことが解るのです。
(誤りや悪を明らかにする)真理が齎されれば、盲信してきたものが真理ではなかったと覚り、
人々は正しい、真の救いの道を見出せるのです。
ガブリエル様のメッセージから、障害者年というのを設けること自体が
障害者を差別していることをごまかす偽善であることを私達は教えられましたが、
先祖を大切にする為に、お墓や仏壇(に先祖の霊がいるのではないことを知っているのにです。
勿論そのような場所でなければ思いが通じないということでもありません。
偶像と同じで出所は悪魔の邪心です)が必要という考えも同じ心から来るものです。
肝腎なのは、大切に思う心(自分が今在るのは先祖のお蔭であるといった)であって、
その心に導けない、その心を知らない、真の道を悟れていないにも関わらず、
如何にもそれが御仏の教えの如くに、盲人(似非宗教家)が盲人(衆生)を導いているのです。
偽善を見抜けないのは、それが他を思う気持ちからか、
その人自身の自己保存(人に見られることを欲しない真の善行ではなく、
人に評価される為に見せようとする偽善による)からか考えようとしないからです。
人々が同じ自己保存に生きているからでしょう。備考2終〗
「慈悲と愛」79年12月号初出 ラファエル様メッセージより
&「天上界メッセージ集」80頁
「不法の者が来るのは、サタンの働きによるのであって、
あらゆる偽りの力と、徴と、不思議と、又、あらゆる不義の惑わしを、
滅ぶべき者どもに対して行う為である。
そこで神は、彼等が偽りを信じるように、惑わす力を送り、
こうして、真理を信じないで不義を喜んでいたすべての人を、裁くのである。
(テサロニケ人への第二の手紙 二章九節~十二節)」
今を生きる神の語り掛けに従わず、神が解体を命じられた宗教に従おうとする者に対して、
神(天上界)の御意志はこの言葉の中に明らかにされております。
〖備考3
宗教は真理に生きることでしか満たし得ぬ心の渇きを癒すことも、
人の心を目覚めへと導くことも出来ない。
真理を、神の御心を見出していたなら、自らが天の道を歩んでいたら、
如何なる(神から授けられた)宗教の門から入ろうとも、
心が盲いていては、人は天への道を歩むことは出来ないことを知っていたでしょう。
地獄(この世)で信者を奪い合うことしか出来なかったのが宗教でした。
宗教が人々から(神の心の)目覚めを奪っている、神の救いの妨げになっていることを、
天上界の神々によって告発されたのです。
もし彼等が真の神ではなく、今の(堕落した)宗教を擁護している者が
唯一の神として存在している(と宗教家は信じているのでしょう)ならば、
宗教団体の指導者達は、それ(宗教を擁護している神)を証明しないでいるのは、
証明し得ないなら尚更、真理に生きているなど欺瞞に過ぎないと言っているに等しい
(ことも解っていないのでしょう)のです。
彼等の信じる神は偽りの神、悪魔であると、現天上界の神々は告発されたのです。
それに何ら反論出来ないならば、
彼等の宗教は人々を地獄に導くものであることを承認したも同然ではないですか。
天上界の告発の誤りを指摘することが出来ますか?
悪を悪と判断する理性を持っていると証明することが出来ますか?
備考3終〗
第一部 天の教え
第八章 宗教
三節 宗教の弊害
(二) 誤った教義(迷信)
① 業(カルマ)
現象テープ№11 「正法を学ぶ人のためにⅡ」より
78年10月16日 ミカエル大王様現象
&「慈悲と愛」79年3月号初出
&「天上界メッセージ集」38頁
「仏教思想及び宗教思想では、個人の責任に呼び掛けても、
人々の意識や知的水準が低い場合には心掛けを変える事は出来ませんから、
前世の報いでこうなった、
だから今生ではその報いを来世に持ち越さぬよう一生懸命善事を為して、
その罪業の一つ一つを消して行きなさいと説き(※1)、
それが行き過ぎて、先祖を祀らないからその報いで一家が病気勝ち、
離散、事故に遭い、不運な毎日を過さねばならない、と言われるような、
新興宗教に口実を与え、喰物にされるような事になるのです。
人々の未知の世界への恐怖心を掻き立てるのです。
これは原始宗教と同じ性質を持つものですね。
現代の科学的合理的な生活をする、
少なくとも文明圏に住む知的水準の高いあなた方が
二千年前や三千年前の考えに退行し、前世があるから、来世があるから、
祭儀を完全に取り行わねば、霊となった死者の気嫌を損じ、どんな報復を受けるかも知れないとか、
三次元で所謂カルマを無くしてゆかねば、来世に持ち越し、困った事になるといった
幼児的考えは一切捨てて頂きたいのです。
こういった考えを迷信的と申します。
信仰の誤った道に迷い込んだ人々の形容詞ですね。
理性的、常識的に考える時、
自己の責任に於て考え、行動をし、語り合い、
他に迷惑を掛けない、傷付けないといった考え方を生活に採り入れる時、
すべての人々がそう務めて生きる時、
業だとか、カルマだとか、因縁或いは宿命といった他力的な、
原因が他から来たといった被支配的な考えは、出てこなくなるでしょう。
あなた方は神の前に平等であり、誰の奴隷でもなく、誰に屈従する者でもないのです。
天災は仕方がないとしても人災は他から来るものではなく、自らが作り出すものです。
業(カルマ)や原罪などという本人がどうにもならぬような印象を与えるものを
記憶に沁み込ませて(※2) 悲観的な人生を生きるのは止めましょう。」
(※1注。
来世に於て報われる為には、今生で善行をしなければならない。
人が来世で良い報いを受けたいのなら、
天の教えである、愛を慈悲を善を行うこと。
誰もが自分の為に、自分を愛する(本能を持つ故に)のであり、
(それでは来世は幸せになれないとの天の教えを信じる時)
天の教えである人に善を行う者が、天によって来世で良い報いを受ける教えが
人々の善我の支えになったのです。
大切に思う心が自分に対してしか持てないのなら、
そこから始めるしかないのです。
大切に思う気持ちが無ければ、何が善い行いなのか判らないでしょう。
イエス様が自分を愛するように隣人を愛せと仰しゃったことと同じです。
自分が良い報いを受ける為に行うなら、
それは善行ではなく、単にエゴイズムに過ぎないと、
現代の覚き者は思うでしょう。
しかし思うだけで善行を為さない者よりも、
自分の為であろうと、人にとって助けとなる善行を行うことで、
人の幸せに役立つことで、善我は育ってゆくのです。
人の喜びに生きることが自分を忘れさせ
(自意識から、我執から解放された、真の自由を知る)、
真の善我の目覚めを齎すことになるのです。※1注終)
(※2注。
日本を(悪魔の誘いに従った)エバの名を冠した名(エバ国)で蔑み、
罪の償わせる為との偽善の下に献金を強いたのが統一教会でした。
未だに男尊女卑を当然の如く考える非理性的民族の下に嫁いでいった、
エバ国と蔑まれた日本女子の統一教会信者がどのように扱われたか。
そのような世界から脱するだけの正気に戻れたなら、まだ救いはあるかも知れませんが、
真に奴隷根性を植え込まれたならば、精神を、魂を破壊されたに等しく、
邪教位で片付けてはならないでしょう。
(左翼メディアは、彼等の憎むべき反共の安部元首相が
統一教会の傀儡であることを知りながら、
統一教会を恐れて真実を公表することが出来なかったのです。
共産主義者の信念(偽我)が(正義を貫く)理性にではなく、
自己保存の本能に根差していることを証明しました。※2注終)
第一部 天の教え
第八章 宗教
三節 宗教の弊害
(二) 誤った教義(迷信)
② 原罪
現象テープ№21 「原罪について」より
80年4月13日 ラファエル様現象
「"原罪"とは何を指すのか。
"罪"という言葉によってそれは悪いものであるというふうに見做されて居りますが、
それは少し違います。
人間は何故"原罪"を背負うようになってしまったのか。
それは人間が他の動物と分れ、知性を持ち、自然から半分独立したからです。
それだからこその"原罪"なのでした。
"原罪"とは己で考えるが故に過ちを犯し、悪を犯してしまう。
それ故に善の方向に向かわなければならないということ。
悪の観念が生れた故に善の観念が生まれたということなのです。
即ち、人間以外の動物には善も悪も存在しません。
概ね生き方を見ていると、動物の生活史は善であると言うことが出来るでしょうが、
人間がそれを見て、野生動物はすべて善である、自然の法則に適い生きている、
だから人間は間違っているという議論は当てはまりません。
人間には人間の生き方があるのであり、動物には悪が存在しないからこそ善が無いということ、
人間には悪が存在する故に善が存在するということ、これをしっかり考えねばならないのです。」
天上界からのメッセージ - 神から授けられた正法
- 天上界メッセージ・エッセンス(はじめに)
- 天上界メッセージ・エッセンス 目次
- これからメッセージを読まれる方へ
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 一節 天の救いの歴史
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 二節 天の奇蹟について
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 三節 人類の歴史と共に天の伝え続けた教え、正法とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 四節 正法に適った生き方とは
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 五節 天の指導と方針
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 六節 サタンによる天の計画の妨害
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 七節 天上界の一員として神と共にありながら悪魔となったサタン・ダビデの人格(悪の想念)
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 八節 サタンの妨害と戦いながら、天の為した救いの業
- 第一部 天の教え 第一章 天の歴史 九節 現代に現われた神々が、神として語るとは何を以て言うかを証された
- 第一部 天の教え 第二章 最後の審判 一節 最後の審判の背景
- 第一部 天の教え 第三章 善我(神の心)を見失わない為に 一節 苦しみに神の信仰を見失う時、神の心に繋がる良き思いが失われる
- 第一部 天の教え 第四章 天上界に愛される人格 一節 天上界の良しとする、愛される人格とは
- 第一部 天の教え 第五章 德(心の糧) 一節 真理は神の霊から齎される
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 一節 徳の観念を悟れず、知識のみに留まる者
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 二節 真理
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 三節 愛
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 四節 正義(悪に立ち向かう)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 五節 信じること(信義)
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 六節 理性
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 七節 ユートピア建設
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 八節 使命感
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 九節 中庸
- 第一部 天の教え 第六章 天から齎された真理及び徳の観念(本質)について 十節 偽我から生まれる観念
- 第一部 天の教え 第六章 備考 一考察
- 第一部 天の教え 第七章 現代に於て初めて証された真理 一節 霊について
- 第一部 天の教え 第八章 宗教 一節 宗教の誕生
- 第一部 天の教え 第九章 共産主義(悪魔のイデオロギー) 一節 共産主義とそのシンパ
- 第一部 天の教え 第十章 病の分析と治療への助言 一節 精神面
- 第二部 神と人類の交流 第一章 天上界の世界 一節 神々の紹介
- 第三部 神から授けられた正法 第一章 正法を信じる
- 第四部 天への思い 第一章 天への信義 一節 真の神に帰れ
- おわりに
- 天上界メッセージ・エッセンス(ダイジェスト版)
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅰ巻 目次
- 第一部 「天国の扉(77年12月出版)」より 第三章 ある日の高校生クラスの討議より
- 第二部 「天国の証(78年8月出版)」より 巻頭 詩 最後の審判 千乃裕子
- 第三部 「天の奇跡」第一章 (天上界への質問と解答)
- 第四部 「天国シリーズ」巻頭メッセージ
- 第五部 現象テープ 一九七七年の約束(天上界よりの通信) ミカエル大天使長
- 第五部 現象テープ No.4「ある日の高校生クラスの討議より」
- 第五部 現象テープ No.7 「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ①ミカエル大天使長様
- 第五部 現象テープ No.7「『天国の扉』出版お祝いの言葉と共に」 ②イエス様
- 第五部 現象テープ No.8「正法講座」 イエス様
- 第五部 現象テープ No.10 ① 「正法を学ぶ人の為に① 天の方針」 ②「新天王の宣誓」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.11 ①「正法を学ぶ人の為に② 業(カルマ)について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.12 ①「正法を学ぶ人々の為に③善我と偽我について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ①「この場に集ったあなた方の何を信じて、私達が語り掛けているのか解りますか」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.16 ②「神を畏れるとは」 ウリエル様
- 第五部 現象テープ No.17①「愛について」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.18 「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.19 「宗教と人間との関係について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.20「再び愛について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.21「原罪について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.23「心の美は」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.24「あなた方が賢くなる為に、私達が与えるものとは」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.25「天国語の語源について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.26「良き人間関係について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.27「正法流布について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.28「自己犠牲について」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.29①「愛と信仰」 イエス様 ②「クリスマス・メッセージ」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.31「天上界による質疑応答(天上界の見解)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.32「物の考え方について」 ラファエル様
- 第五部 現象テープ No.33「天上界による質疑応答(慈悲について)」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.34 ①「天による現象と霊体の構成」 ミカエル大王様
- 第五部 現象テープ No.35「クリスマス・メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.36「消滅について」 ガブリエル様
- 第五部 現象テープ No.37「メッセージ」 ①イエス様
- 第五部 現象テープ No.38「ユートピアについて」 ①ウリエル様
- 第五部 現象テープ N0.40「天上界からの苦言」 ①ガブリエル様
- 第五部 現象テープ 欠番 「正法を守る」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 機関誌「慈悲と愛」(78年11月創刊号から79年12月号まで) に掲載された天上界メッセージ 「慈悲と愛」78年11月創刊号 ①「神の恵み」 ガブリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年1月号「霊の能力について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年2月号「最後の審判」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年3月号 ①「精神的成長の齎す愛の昇華」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年4月号「民主主義と共産主義」 ウリエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年5月号「天上界の意志と世の人々に望むこと」 イエス様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年6月号「至高の徳」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年7月号 ①「思い遣りと尊敬について」 ミカエル大王様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年8月号「動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年9月号「再び動物愛護について」 パヌエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年10月号「人間の冷酷さ」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年11月号「天上界を軽んずる正法者について」 ラファエル様
- 第六部 天上界メッセージ 「慈悲と愛」79年12月号「天の真理を、意志を伝えた言葉」 ラファエル様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅱ巻 目次
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年2月号「政治理念」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年3月号「国防に無責任且つ無節操な政府を作った原因」 ミカエル大王様
- 「慈悲と愛」80年4月号「イデオロギーの洗脳から自由な国家を守る為に」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年5月号「時事問題(前編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年6月号「時事問題(後編)」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年7月号「天上界が政治に介入する理由」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年9月号 ①「正法者間の親和力の足りなさについて」 ラファエル様
- 「慈悲と愛」80年10月号 ①「GLAが天上界からの警告を理解し得なかった理由」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」80年12月号「善意から出る嘘と悪意からの嘘の人に齎すものとは」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年1月号「悪霊が滅ぼそうとするもの、天上界が守ろうとするもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年1月創刊号「"希望と愛と光"の意味するもの」 ガブリエル様
- 「慈悲と愛」81年2月号「宗教の弊害について」ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年2月号「道を誤った日本への警鐘」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年3月号「動物の中に生き続ける真の愛」 パヌエル様
- 「希望と愛と光」81年3月号 詩「ファンタジア」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年4月号「サタンの道を行くローマ・カトリック教会」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年5月号「怒りについて」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年5月号「人の気持ちを考えるとは」 ウリエル様
- 「 JI 」81年6月号「信じるということについて」ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年6月号「人に良く見られたいという心」 ラファエル様
- 「 JI 」81年7月号「ユートピア建設について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年7月号「天上界の美しさについて」 ウリエル様
- 「 JI 」81年8月号「理性について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年8月号「赦しについて」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年9月号「己を知った先にあるもの」 ラグエル様
- 「希望と愛と光」81年9月号「慈悲について」 ガブリエル様
- 「 JI 」81年10月号「奇跡について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」81年10月号「愛を受ける方法について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」81年11月号「使命感について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」81年11月号「強さについて」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」81年12月号「何故魂の研磨が難しいか」 ウリエル様
- 「 JI 」82年1月号「正法者について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年1月号「物の考え方について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年2月号「柔軟な心について」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年2月号「悪霊の甘言に騙されて天に背反した者達の偽我」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年3月号「正法の伝える真理とは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年3月号「判断力について」ラファエル様
- 「 JI 」82年4月号「正法を如何に役立てるかを考えるのは、人を生かそうとする思いから来ます」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年4月号「自由な心について」 ラファエル様
- 「 JI 」82年5月号「使命感の本質について」 ミカエル大王様
- 「希望と愛と光」82年5月号「慈悲について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年6月号「魂の研磨について」 ガブリエル様
- 「希望と愛と光」82年6月号「心に安定した支柱なき者」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年7月号「天と共にあるとは」 ラファエル様
- 「希望と愛と光」82年7月号「正法を学び、見出した真の道を本当に歩いてきたのですか?」 ラグエル様
- 「 JI 」82年8月号「暖かい心と冷たい心」 ラファエル様
- 「 JI 」82年9月号「天を信じると言う人々は何を以て、その信仰の根拠であると天に証するか」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年10月号「人を愛する者へと導くのが神の愛であり、人を幸福の内に留まらせるものではない」 ガブリエル様
- 「 JI 」82年11月号「天の戒めである"姦淫するなかれ"の真の意義について」 ミカエル大王様
- 「 JI 」82年12月号「天の徳に生きんとする者が天の導きを知る」 ウリエル様
- 「慈悲と愛」80年1月号「悪霊に支配され易い人格及び国家」 ミカエル大王様
- 天上界メッセージ・集成 第Ⅲ巻 目次
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様
- 「JI」83年2月号「義人の陥る不寛容という偽我」 ラファエル様
- 「JI」83年3月号「自ら神に等しくならんと努める人格とは」 ラファエル様
- 「JI」83年4月号「共産主義者の心の世界」 ミカエル大王様
- 「JI」83年5月号「優しさと慈悲魔の違いについて」 ラファエル様
- 「JI」83年6月号「人を信じることとは」 ミカエル大王様
- 「JI」83年7月号「一箇所に留まらない進化する精神とは」 ラファエル様
- 「JI」83年8月号「正しく躾を、指導を与えなかった保護者、社会人の義務感の欠如」 ミカエル大王様
- 「JI」83年9月号「嫉妬心について」 ラファエル様
- 「JI」83年10月号「神の与えた戒律」 ミカエル大王様
- 「JI」83年11月号「神を捨て、共産主義を信じて得た理想郷とは地獄のことであった」 ウリエル様
- 「JI」83年12月号「精神面の成熟に無知、無関心となった原因」 ミカエル大王様
- 「JI」84年1月号「天と共に働くことが出来る者とは」 ラファエル様
- 「JI」84年2月号「共産国の傀儡(エージェント)と化した全国紙」ウリエル様
- 「JI」84年3月号「他を救おうとする心が人を価値あるものにする」 ミカエル大王様
- 「JI」84年4月号「天の望む神の子に相応しい人格への成長と悟りとは」 ミカエル大王様
- 「JI」84年5月号「神に愛されぬ人生を生きて、何の喜びがありますか」 ミカエル大王様
- 「JI」84年6月号「神との関係か人との関係のどちらかしか大切に出来ない人」 ミカエル大王様
- 「JI」84年7月号「正法者の性格について思うこと」 ラファエル様
- 「JI」84年8月号「次期天王の予告、及び神(現天上界)が最後のメシヤであることの真意」 ガブリエル様
- 「JI」84年9月号「善霊に禁止されている霊現象を行うのは悪霊以外にないということ」 ミカエル大王様
- 「JI」84年11月号「正法の目的を、魂の研磨を忘れてまで霊能力に夢中になる正法者」 ラファエル様
- 「JI」84年12月号「世の終わりを来らせるもの」 ガブリエル様
- 「JI」85年1月号「人間の知性が滅びを求める時、天もそれを救い得ない」 ウリエル様
- 「JI」86年1月号「ノイローゼの原因」 ラファエル様
- JI」86年2月号「病的性格と未熟な精神」 ラファエル様
- 「JI」86年4月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(1)」 ミカエル大王様
- 「JI」86年6月号「ノイローゼ克服への助言」 ラファエル様
- 「JI」86年7月号「真の人格の向上に繋がる学問への向かい方」 ラファエル様
- 「JI」86年9月号「再び思い遣りについて」 ミカエル大王様
- 「JI」86年10月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因(2)」 ガブリエル様
- 「JI」86年11月号「(神の国の起点となるべき)"集い"の心を一つに成し得なかった原因 (3)」 ガブリエル様
- 「JI」86年12月、87年1月合併号「天の方針」 ガブリエル様
- 「JI」87年3月号「共産主義に蝕まれた社会の現状」 ラファエル様
- 「JI」87年4月号「老人性痴呆となった者に表面化する(精神的障害の原因となった)歪んだ性格特性」 ラファエル様
- 「JI」87年5月号「天の証言(イエス様を通じてのサタン・ダビデの布石)」 ガブリエル様
- 「JI」87年6月号「弛緩した精神に蒔かれるリベラリズムという悪魔の種」 ラファエル様
- 「JI」87年7月号「"幸福の科学"の霊言は、総て天上界を貶めんが為の悪霊によるもの」 ミカエル大王様
- 「JI」87年8月号「既成宗教に安住する国々にとって受け入れ難い天の真実」 ガブリエル様
- 「JI」87年9月号「社交性やユーモアの解せないのは、精神がまだ成長途上にあるからです」 ラファエル様
- 「JI」87年12月号 「人の善意を信じず、自らの偏見を正当化する者」 ガブリエル様
- 「JI」88年1月号 「劣性遺伝子を持つ者が子供を産むことの問題について」 ミカエル大王様
- 「JI」89年1月号「精神病と霊障との差異について」 ラファエル様
- 「JI」90年3月号「夫婦間の思い遣りについて」 ラファエル様
- 「JI」92年1月号「再び偽我について」ラファエル様
- 「JI」93年1月号「魂の研磨で手にした智慧と信義と慈愛を持って、私達の下に帰って来なさい」 ガブリエル様
- 「JI」83年1月号「天に役立とうとする積極性に潜む自己顕示という偽我」 ミカエル大王様