"天に従う心構えについて"

「天国の証」 ガブリエル様メッセージより
「一つの社会があれば、そこに自ずから互いに住みよくする為
約束が出来、規則が出来、法律が出来ます。
 それを破るのが罪なのです。
 天国にも上下の区別があり犯してはならぬ規則があります。
 高次元の霊に反抗することは許されておりません。

 低次元の霊が三次元で高次元の名を騙ることも、申すまでもないことです。
 そして余程の奸計を用いぬ限り、その法の網をくぐることは勿論難しいのです。
 能力のある者、智慧の一際(ひときわ)秀れたる者の集団ですから。
 最高権威に反して、その指示通り行わぬ者は想像し難い罰を与えられるのです。
 天上界は徳の高さにより次元が異なり、
そして徳高き人の犯す罪は、その罰も一際厳しく、極刑が科せられるのです。

 それは当り前のことです。」

 真に優れた人格を理解するとは、そのような人格を愛する心であり、
そのような人を信じられる世界に生きることを願う、
そのような世界を共に作れるような人格へと向上することを願う思いの現れる心であり、
そのような良き心を信じる心があるからこそ、
自分の心の愚かさを認める素直な心に立ち返ることが出来るのでしょう。
 真の成長は自分を知ってから始まるのではないでしょうか。

 心のあり方までも組織の利益に沿って判断しようとするこの世の価値観など全く通用しない
天の基準、善悪を正しく判断する知恵、
その基となる正しい基準を与える天の法に準じているか、神の法によって自らを律しているか、
神の法を、それを与えられた神への信義を尊ぶ心を養っているか、
その心があれば、神の嘉される者を、神を愛する善なる魂を敬うのは当然であり、
そのような心を疎んずる者を神が戒められたのは、
天を侮る悪魔の心とは、己を高しとする心に現れるものであることを、
ガブリエル様は『天国の扉』に続く天の栄光の書『天国の証』で語らなければならなかった、
そのような者達がサタンと共に天上界を滅ぼそうとするまで、
一度でもその心を知った自らの神の心を捨て去るまで堕落するのが人の心であることを
戒めないではいられなかったと思います。

「天国の証」 ラファエル様メッセージより
「地球人類に先んじて、天国を創始し、人類に意識を通じて、文明を伝えてきた
先覚者とも言うべき私達及び他のベー・エルデの善霊達及び、
この人々の転生により新しく生まれた徳高き人々、偉大なる人々の魂は、
共にこの天国に於ける構成員であり、神であり、仏であるのです。
 神とは西洋の概念、仏とは東洋の概念
(神の多くは九次元以高、仏は八次元以下と考えてもよいのです)、
階位の差はあっても、立派な、尊敬されるべき貴方がたの師です。
 人類の恩人であり、賢明な先達でもあるのです。
 神との(仏との)連帯感や親和感を持ち過ぎ、しかるべき敬意を払わない ー
そのようなことがあってはならないのです。
 やはり天上の方々は、その啓示、警告、教訓に、歴史を通じての経験と叡知を含み、
善なる意志と救いを齎す人々として、謙譲な心を持って謹んでその言葉を傾聴し、
(盲従せよとは申されておりません)良きことであれば従うことが賢者であり、
善我の持主であると言えます。」

 天上界の方々の思いが少しでも解る心があるなら、
その心に応えたい、その望みに生きることに喜びが伴ってくるのが一般的だろうと思うのですが、
それが全く解らない心でないなら、盲従(服従)しろなどといった、
人の自らの意志を尊ぶことを知らない者でなければ言えないような言葉(黙って従え!)を、
この愚かな人類を何とか自ら救えるような知恵へと導きたいと苦心されている神々が、
人類自らその知恵を育てることを放棄させるようなことを言う訳がありません。
 人類が自ら考え、自らの意志で生きようとする主体性を、
自立した精神へと成長するのを奪ってきたのは、
力に服従(盲従)する心に留まらせてきたのはサタンであり、
その心に支配され、権力欲に駆られた宗教指導者
(現代にあって尚、宗教家が権力者である国もあります。
 権力を握る為に宗教家になったに過ぎない、
そのような者に神の心の理解出来る訳がありません)が、
神への盲従が信仰であるかのように、
神の心を知らずに信じるからこそ信仰であると本気で信じており(これを盲信という)、
信者の心に服従(盲従)する心を植え込んで来たのです。
 そのようなサタンに生きる者の心が、ラファエル様の念頭にあったのかも知れません。

 現正法の広まり出した80年代辺りの時代は、
宗教に神は存在しないと宣言された現天上界を嘲笑うように、
サタンは、真の神の救いを、導きを阻止する為に、救いは宗教にあると、
サタンの導きを実現する最高の媒体である宗教を以て、人の心に悪の種を蒔いたのでした。
 統一教会、オウム真理教、幸福の科学といった邪教の教えを以て、
人々は真の神に背を向けさせました。
 このような人々は神の加護がなかった、偽りの教えを見抜く知恵を養うことがなかった、
そのような神の導きがなかった者もあれば、
逆に神に愛された血筋ゆえに、サタンの嫉妬を招き、神の愛を貶めんが為の犠牲になった、
間違った道へ、破滅へと追いやられた者もあったかも知れません。
 いづれにしても、神の心を失った気の毒な人々でした。
 もし正法者が自分は現天上界に導かれたことを喜ぶだけで、
小鳥が囀るように神に感謝を捧げるだけで(
)、
現天上界を、現正法を知ることが出来なかったばかりに、
間違った道を歩んでいった人々に心を痛めることもなく、
何故宗教が人を救えないものかを明らかにされた現天上界の教えを知った者として、
人に正しい道は何れであるか明らかにしようとしないならば、
その者は自称正法者と言っているだけで、真に神の知恵に繫がるものではないと、
それは当時の正法者をご覧になった天上界の方々が私達に向かって仰しゃったことなのです。

 今メッセージを学んでいる方もどうか昔の人に言ったことで自分には関係ないと、
自分は真理を知っているなどと、誰でも持てる知識に溺れることなく、
神の心に根差した謙虚な心に立ち返って受け止めて頂ければと思いお伝えしました。

現象テープ№17 ①「愛について」 79年12月23日 イエス様現象より
「まずあなた方自身で、自分で長所だと思っている点を日の下に、
天の光の下に晒してみなさい。
 忽(たちま)ち萎んでゆくでしょう。
 自分で長所だと思っていることのみが、本当は短所であるのです。
 長所だと自認する所に長所は何もありません。
 寧ろあなた方が分からない所に長所は隠れているのであり、また罪もそこにあります。
 自分で自覚する罪よりも、自分で自覚しない罪を恐れなさい。

 又、人を裁くなと言われているのはこのような為です。
 人を裁くということは、
既に自分が相手より有利な立場に立っているということに他なりません。
 私達天はあなた方に告げます。
 誰でも師のようになろうとする者は、その僕以上の者になってはいけません。
 常に僕に対しても、師のように振舞ってはならないのです。互いに得る所が必ずあります。
 どんなに低き者と見做した者でも必ず得る所があるから、
あなた方は天の者がするように、その者を突き放してはならないのです。
 天から見れば、どんぐりの背比べのようなものなのですよ。」

 目くそが鼻くそを嘲り合っているような、未熟な私達に対して、
あなたたちは、どんぐりが背比べしているようにしか見えないですよと、
イエス様は優しく諭されているのですが、
私達の高慢な心の底に目覚める時を待つ神の心を、天上界の方は信じておられるのでしょう。
 でなければそのような愛を私達に持てる理由があるでしょうか。
(天の前にあって尚)己を高しとするどんぐりのような小さな心に、
神の大いなる愛が注がれる。
 真の高貴な人格に、慈愛に満ちた心に触れ、
己を見つめる天上の心の前に、目覚める時を迎えるなら、
己を知ることの出来ぬ心故に高慢な心であることも解らぬ者であったことを悟ることでしょう。
 天の信義に、喜びを以て応える、真の神の言葉を聞く者となるでしょう。

注。
「 JI 」82年10月号 ガブリエル様メッセージ全文
「最近特に苦々しく思うのは、正法者の間で最も幸運を得ているのに、
その恩恵に値しない者がかなりいるということです。
 反面、価値ある人々は、報われない苦しみの日々を、歯を食いしばって生きております。
 夢にだに思わなかった幸運を与えられた、平凡な、まだ多くの偽我を持つ正法者は
(特に若者に多いのですが)エゴイズムやナルシシズムを、それと判らずに備えており、
"この幸運をどのように天に報いるべきか"とこれも同じように、感動的な文にして、
その誠意の証として繰り返します。

 私はあなた方に天を代表する者の一人として、申しましょう。
 天はあなた方の如何なる感動的な言葉にも、それが行為を伴わないならば、
動かされるものではありません。
 自分が三次元の幸運を与えられて、
多くの正法者が悪霊の災いによりその逆の物を与えられているが、
果してその幸運に値するか否かが判らない場合は、私達天は、あなた方が天に誓った言葉、
"どのように天に報いるべきか"と美しく文章に綴った、
或いは"必ず … を行い、天への感謝とします"
と千乃様を通して私達に約束した事柄を実現し、
実行する日を待っているのを決して忘れないで頂きたいのです。

 私達、特に私自身、現在その価値なくして思わぬ幸運を得た人々が、
それを天から与えられた物と考えることを厳しく戒めたいと思います。
 それは単なる好運の気紛れな落とし物であったかも知れないし、
悪霊の巧妙な罠であったかも知れず、私達が備えた愛の送りものではないからです。
 勿論あなた方が天に誓い、約束した事柄を実行するならば、
天はその幸運を相応しい物と認めましょう。
 実行なく、只己の幸せのみを小鳥のように囀
(さえず)るのみであるならば、
あなた方は、三次元の幸せは得たが、消滅宣言をされた者と同様に、
その幸運を天まで身に付けて来ることは出来ないと警告致しましょう。
 
何故ならば、苦難はあなた方の人格を磨くが、幸運は心の堕落を誘うものであるからです。

 同様に、疑いの目で罪無き人を陥れる態度を正見・正思と信じ込む者も、
誰についても善悪を問わぬを寛容と取り違え、
反省無く軽率なる行いの者を強く弁護し、価値ある者とする正法者も、
何れも天への道を歩んでいないと警告致します。」