"知る権利"
マスコミは政治家に説明する義務がある、
それを強制する権利が自分達にあると言う代わりに、
国民には知る権利があると言っているのではないかと思います。
そのように説明することを党が公約して政治家になったのなら、
そうする義務があるかも知れませんが、
国民に知る権利があったとして、国民は何を知ってきたのでしょうか。
誰も真理を知ることを邪魔していないのに、
真理を理解せず、偽りを信じるのが権利なのでしょうか。
偽りを信じさせることは悪ですが、正しいことを行うことが大切であって、
それを受けるのを当然のようにしか思わない者が、政治家を信じることもしない。
政治家が間違ったことをしたなら、咎めるのは当然かも知れませんが、
信じることもしないで、国民が何も知らない内に、行動することは許さないとでも言いたいのか、
知る権利とそのような権利があるかのように言ってますが、
マスコミ(左傾政党を含む)が政治を支配する権利を履行しようとしているだけではないか。
人間の価値のない左翼に政治をコントロールする資格があるかのような思い上がりは
共産主義者に、サタンの心に相応しい心なのでしょう。
正しいことが為されなければならない、その正しいことが何かを知る者は、
それを為そうとするでしょう。
それは責任感と名付けられたものですが、それを為さないならば、正しいと知っての、
それを知る心を蔑ろにして平気でいられる心(偽我)に自分を渡すということでしょう。
権利には義務が伴うと言われますが、これは金銭と同じです。
どちらの側にとっても成立するルールであり、善でも悪でも成り立つのです。
ただしどちらも同じ価値観ならです。
悪を善という悪魔(左翼)と神の善を善とする者の間には成立しないルールです。
そのような悪と共存し得ない所に善は存在する、善を行おうとする者の存在する世界です。
ですから左翼には善を行うを以て政治とすることは認められない、
彼等の信じる価値観の世界に引きずり込まねばならないのです。
(真の)善を行わせないために、善を行おうとする心に自由を与えてはならないのであり、
政治家が正しいことを実践する為に、悪を、左翼の権利を叩こうとするならば
それを見逃すことなくあらゆる難癖を付ける、詭弁を弄する、
その為に知る権利を主張しているのだろうと思うのです。(2026.7)
